「学び合い」で支え合う(7月29日)

熊本から広島へ帰る新幹線の中で27日付の朝日新聞を読んでいたら、先生が黒板を背にして、子ども達に授業をするのではない方法で教育をしている群馬県高崎八幡小学校の取り組みが取り上られていました。

たとえば、小2の算数の授業。担任の先生が授業の最初に「10を23個集めた数はいくつ?」というこの日の課題を説明しプリントを配ります。その後、子どもたちは、それぞれに教室内を動きまわります。ある子は答えを教えてもらいに行く、また、ある子は教室の後ろから算数セットを取り出し、棒やカードを出して考える子、自分の考えた答えを別の子に説明して、正しいか確認する子などなど・・・・。座った子どもはほとんどいないそうです。

先生は説明せず教室を動き回り、子供たちの様子をじっと見ているとのこと。いい考えをしている子どものところに来ると「なるほど」と言って教室中に聞こえるような大きな声で感心して見せ、ヒントのような言葉を言うそうです。そうすると、その子のまわりにほかの子が集まってくるという具合。

授業が終わりころになると先生は「学び合いは、クラスみんなが分かるまでだよ」と声をかけると、まだ考えている子のところへ他の子が走り、説明するということ。最後には、分かった子の一人を前に呼び説明させるということです。先生曰く「本当は、子ども達に最後まで任せるのが学び合いです。今日は、理解が進んだか不安があり、まとめをしてしまいました」と反省する先生。

子どもの一人は「教えて、分かった人が笑顔になるのが好き。算数は得意で教えるし、国語は時々教えてもらうこともある」と楽しそうな様子。このような授業をしていると「自分で考え、答えを見つけ出す力がついたのでは」とこの学校の先生たちは考えています。

「課題を学級全体で分かる」という目標を明確にすれば、クラスメートは、ライバルから共同で作業する仲間になるという発想とのこと。子ども達に任せれば互いに考えを伝え、理解していこうと動く、そうしたコミュニケーション能力は社会で生きていく力にもつながるということです。

このような「学び合い」を取り入れた授業の中では、「自分はダメとあきらめていた子どもたちが、支え合う関係の中で変わった」ということです。しかし、「この方法を教師が取り入れるには、これまでの指導法を一旦捨てなければならず、相当な覚悟が必要。でも、学校全体で取り組めば挑戦しやすくなる。同僚からのアドバイスも大きい」「学び合い」提唱者の西川純教授は話しているということです。

この取り組みを読んで、これは単なる学習方法ではなく、学級経営の良きモデルだと思いました。この様な「学び合い」と「支え合い」の中では、進学塾のような一人一人が、すべてライバル、というのではなく、自分の得意分野で学び合いと支え合いができ、お互いを尊敬できるようになると思います。私が大学の初等教育学科生の時に受けた授業で、この取り組みに似た例を学んだことがあります。クラスメートに教えてもらった子どもは、教えてくれた子どもに「教えてくれて有難う」といい、それに対して教えた子どもは相手に「分かってくれてありがとう」という学級経営の方法でした。

現在の日本では、経済格差から教育格差が生まれ、少しでも人より優れていること、1点でも学力を上げることが将来幸せな人生を歩むことにつながる、というような考え方の人が多くなっています。そこには、人と人がつながって、お互いに自分ができるところで「支え合おう」という考え方はないと思います。あるのは、優越感と劣等感であり、勝者と敗者という単純で明確な考え方です。すべての事をそのように決めるのではなく、これら二つの間で揺れながら、ジレンマを感じながらも、人の温かさを感じ、そこから「支え合い」の考え方が生まれるのが人間として自然であり、あるべき姿のような気がします。
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by eastwaterY | 2008-07-29 23:13  

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