星野富弘さんの幸せ(1月23日)

いわしを 食べようと くちをあければ
いわしも くちを あけていた
いわしを 私の口に運ぶのは母
見れば その母の くちも
アーン と大きく 開いていた

いわしは 水から 干されたため
私は それを 食べるため
母は 子を思う心から

たえまなく 咀嚼を続ける
“時”という くちのまっただ中で
二人と二匹の いわしが精一杯 くちを 開いている
ささやかな 昼めし時

これは、JAF (日本自動車連盟)が発行している『JAF Mate2007.1-2』の1ページ目に掲載されている星野富弘さんの詩です。この詩に対して星野さんとは、高校時代からの親友であり、自動車評論家、JAF理事の舘内端さんが[投語]をいい、次にB星野さんが[答語]として次のように答えています。

[投語]

食って幸せ  食われて幸せ  二人と二匹は  芳醇な時を過ごしましたね 
うらやましい 限りでです

[答語]

大きく開けた  口の中に  幸せが舞い降りる   こともあります

詩を読み, [投語] と [答語]を読んで、とても感動しました。
何で? よく[幸せは自分の中にある], [幸せは自分が決める]といわれます。その[幸せ]の定義が,そのまま当てはまっていると思うのです。 定義といったらあまりにも硬い表現ですが、要するに[幸せを探そうとすれば、どこにでもある]ということです。

星野さんは24歳のときに体育教師として指導中に頚椎損傷をし、首から下の運動機能を失いました。だから絵や詩は筆を口にくわえて描いています。しかし、初めのころには、思うように筆を運ぶことができず、お母様にその苦しさをぶっつけることもありました。それでも、自己表現をする手段として絵と詩を選び、努力をしてハンディを乗り越えてこられたのです。今では、多数の詩画集を出版し,私を初めとして多くの人たちが励まされています。さらに、今では小・中学校, 高校の国語,美術など15の教科書に作品が使われています。先に挙げた『詩』は,おそらく星野さんが辛い時に書かれたものだと思います。というのは、現在星野さんは彼が絵を描くときには,筆に色をつけて, 彼の口まで運んでくれる良き配偶者に恵まれていらっしゃるからです。

今では、星野さんの詩画集で多くの人が[生きる勇気]をもらっています。ここに書かれている詩は,いろいろなジレンマがある生活の中で母親と共に昼ごはんを食べる時に,星野さんは『口の中に幸せが舞い降りることもある』と感じられたのでしょう。私は今まで干したいわしを食べる時に,このような気持ちになったことはありません。このような何でもない風景の中で、しかも辛い状況の中で、それでも幸せを感じ、母親の自分に対する愛情を感じることができるとは、なんと素晴らしく幸せなことでしょう。だから、[投語]で親友の舘内さんが[うらやましい限りです]といっているのです。この言葉は、舘内さんの心の底から出てきた真実の言葉だと思います。

ただ単に、昼食に母親二人で2匹のいわしの干物を食べることに幸せを感じる星野さん。とても大事な生き方をしている人だと思うし、苦しみや悲しみを多く味わったからこそ、ささやかな[なんでもないこと]の中に幸せを見つけ出す[才能]が育ったのだと思います(あえて、私は、星野さんが苦労しながら努力をして育てた星野さん独自の[才能]だと思います)。
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by eastwaterY | 2007-01-23 18:49  

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