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先生のこと、教育のこと

 今日は、私が「教育」について考えるきっかけを作ってくださった人から電話をいただきました。
それは、私の小学校3年生の時の担任の先生です。先生が、小学校教師になって初めて受け持ったのが、私たちのクラスだったので、先生にも思い出深いクラスであるようです。

 先生は、4年生の1学期の時に病気になられ、長期療養をされたので、1学期の途中から別の先生の担任になりました。私を初めとして、クラスメートは、前の先生が懐かしく、自宅療養になられてからは、数人で今の広島市の十日市町から、牛田町の先生の自宅までよく行ったものです。

 私と友達はとにかく、その先生に会いたいばっかりに遠い道を歩いていっていました。勿論、帰る時のバス賃等なしでいき、夕方まで先生と一緒にいるのですから、帰りのバス賃金はいつも先生が人数分はらって下さっていました。

 今、鮮明に頭に浮かぶのは、お宮の下のバス停まで先生が送って下さって、そこから手を振って自宅に帰るときの風景です。そういうことを、何回繰り返したことでしょう。大好きな、大好きな先生でした。私だけでなく、みんなそうでした。

 だから、未だに60代半ばになっても、十数人で毎年クラス会をするのです。幸い、先生もお元気で喜んで来てくださいます。2年前、とても嬉しいことがありました。先生が、私の講演会に来てくださったのです。「自分の教え子の姿をどうしても見たい」とずっと思っておられたのだそうです。とても感激しました。私は、小、中、高校時代と、必ず私を励まし、見守ってくださる先生に出会っています。これらのことが、今「教育」について考えるきっかけになっています。

 今日も、先生と電話で日本の教育の現状をいろいろ話しました。先生が、「こうして、教育ことをいろいろ話せる人は、あまりいないの。でも、今日は、あなたといろいろ話せてよかった」といってくださいました。私が小学校3年生のときと比べると、日本は大きく変わりました。私が小学校3年生の頃の日本の教育は、歴史的に言えば、終戦後の混乱期であり「這いずり回る教育時代」というのだそうです。

 でも、現在より教師と子どもの距離は近く、親は教師を信頼していました。そして、親は、食べていくことに精一杯の時ではありましたが、ちゃんと家族の団欒がありました。親と子どもがよく話すことが出来ました。

 こうしてみると、貧しい食卓ながら、心はいっぱい満たされた時だったのだと気づきました。

by eastwaterY | 2005-12-24 21:16  

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