超高齢社会の小規模多機能ケア

今年は「平和」に重点を置いて、ブログを書いていきたいと書きましたが、もう一つ「これからの高齢者と高齢者を支える者の生き方」にも焦点を当てていきたいと思っています。

私は数年前から「高齢社会をよくする女性の会・広島」の会員となっています。会員は100%近くが65歳以上の高齢者で、高齢社会をより良く過ごすにはどうすればよいかを、会員みんなで考えていこうとするものです。

過日、当会の主催で会員の数人が小規模多機能ケアをしている施設を見学し、その報告会がありました。小規模多機能ケアの機能は「一人ひとりの地域での暮らしを継続させるために、通い(デイ)だけでなく、泊まり(ショートステイ)や自宅での支援(ホームヘルプ)、住まい)グループホーム)などを一体的に提供する」施設というものです。この施設の始まりは宅老所(民家などを使用し、家庭的な雰囲気の中で一人一人の生活リズムに合わせた柔軟なケアを行っている小規模な事業所)が認知症の高齢者やその家族の思いに向き合い、寄り添う中で、その方の暮らしを連続的に支援しようと、多機能化したサービスを包括的に提供することからです。

小規模多機能施設は広島市内では、約10か所あります。これらの施設では、地域との交流や地域活動に参加し、身体状況や希望を踏まえて「通い」「訪問」「宿泊」を組み合わせて提供しています。
「通い」を利用していない日は「訪問」を、というように、これまでの生活が続けられるようにしてあります。
また、症状によっては、「認知症グループホーム」への入所をスムーズに支援にするような取り組みが
なされており、顔なじみの人が担当者になって世話をしているので、認知症の高齢者には疎外感がないとのことです。

これらの施設では、「できる限り家で最期まで一緒に暮らす道を生きた」という形で親と子のきずなを強め、満足感をもたらす面があるということです。

ある宅老所を経営している人の話では「親と子が”つきあう”ということは”つきあいつつ”互いに人生の意味を”つきつけられる”ことでもあり、特養や病院など施設に親をぽんと入れてしまえば”楽になる”が、”共に生きあう”なかで"つきつけられることがない"ので、その分親子の絆が耕され、深い”魂の触れ合い”が失われるところがある」とのこと。

この経営者の言葉は、人生の最期が近い親を子どもが、どう送っていくのか、どうサポートしていくか、ということを表しています。「深い”魂の触れ合い”が失われる」と言う言葉が、いかに人間として生きていくか、ということに迫る言葉だと思っています。

そのような親と子の関係をつ続けて行くためには、小規模多機能施設にとっては、ボランティアとしての地域の人の協力が必要であり、受け入れる経営者側は「魂が大事」ということです。

つまり、人とのつながりがある地域づくりがあって初めて『介護される側、介護する側がこの町に住めて良かった』という「まちづくり」になるということです。また、地域住民のうち、さまざまな事情から「生き難さ」を抱えた人を受け入れ、その人たちの「人間力の再生の場」にもなりうるとのこと。その例として「生き難さ」を抱えた青年たちが元気になって高齢者と共にある姿を報告者は見せてもらった、と言っています。

事実、小規模多機能施設の小型の形式である「宅老所」の中には高齢者だけでなく障がい者や子どもなど、支援の必要な人全てを受け入れているところもあるとのこと。これらは、はるか昔、1980年代半ばから全国各地で始まった草の根の取り組みであるということです。あるいは。施設では受け入れてもらえない認知症高齢者に、少しでも安心して過ごしてもらいたいと願う介護経験者や元介護職員・看護職員などによって始まったのです。

しかし、宅老所にしても小規模多機能施設にしても、「利益が出にくい、デイサービス・宿泊のサービスの利用に定員制限がある」などによって、なかなか増えていかないのが現状です。これからますます超高齢社会が進むことが予想される日本においては、政治がこれらの施設の現状を知って補助金を出し、介護するもの、されるものが共に幸せな日々を送ることが出来るようにしてほしいと、心から願っています。
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# by eastwatery | 2011-01-05 22:34  

中国新聞の「ジュニアライターが考えたこと」~平和カルタより

現在、午後11時40分。2011年の幕開けもあともう少しです。ちょっと早いけれど2011年1月1日として
書いていきたいと思います。

昨年の日本は、政治、経済、国際関係など、不安定な要素が多く、将来日本国の行方はどうなるか?と考えざるを得ない1年でした。

私は今年は「平和」を重点的に考えていきたいと思っています。
戦場カメラマンの渡部陽一さんが捉えていらっしゃる「平和」とは、「子どもの笑顔が見られること」だと言っておられます。そのために彼は、命を失う危険性を冒してまでも、「平和とは何か」を多くの人に考えてもらうために、危険な国でも戦場カメラマンとして様々な写真を多く撮っておられるのです。

昨年の広島は、例年より強く「平和」を考えるような機会が多くあったように思います。
秋葉広島市長が2020年のオリンピックを広島市で開催したいということを強く望み、
招致に関して、いろいろ活動している、ということがあると思います。

最近、地元の中国新聞が、<10代が作る平和新聞「ひろしま国」>という見出しで、広島の中高生に、仮想の国「ひろしま国」について考え、行動することを目的として、次のような試みをしています。

ひろしま国は子どもたちが生きる希望に溢れた仮想の国とし、公募したジュニアライター
20人が、週に1回平和に生きることをテーマに取材・執筆し、中国新聞に掲載しています。
以下は、「平和カルタ」と称して中高生が内容を書き、コメント(※)をつけたものです。

忘れないあなたと歩いたこの町を(中2女子生徒)
(※)大切なものは自分の近くにあります。自殺や戦争が絶えないのも自己を見失っているからでしょう。出発点を見直せば、何かみつかるかもしれません。

理解する気持ちが大切いじめの解決(中2男子生徒)
(※)いじめが原因の自殺が多いと感じます。いじめは先入観や思いこみからも始まりま
す。お互いに理解し合えば、いじめをなくせるのではないでしょうか。

ハッピーと皆が思えるために平和の輪を広げよう(高2男子生徒)
(※)幸せな人もそうでない人もいます。皆が平和で幸せな世界を作るために、平和を願う和を少しずつ広げようという思いを込めました。

「よろしく」と差し出した手は平和への一歩(中2男子生徒)
(※)お互いを知る、友達になる。国同士が付き合いを始める・・・・。すべての始まりは、
「よろしく」という言葉からだと思います。

明日もまた笑顔でいっしょにいられたら(中2女子生徒)
(※)みんなが心の奥で思っていることです。明日はどうなっているか分かりません。誰かと毎日笑顔でいられることが、私にとって本当の平和です。
  
 中高生が考えたカルタの言葉一つひとつが、「平和とは?」を自分の言葉で言い表しています。「大切なものは自分の近くにある」という言葉。 そうですね。自分の近くにある、というのは、まず一番近い家族からスタートし、そこから大切なものはどんどん輪を描いて広がって行くと思います。最終的には、国レベルまで広がれば、「平和」に近づいてくるのでは?

ある人の講演会に行った時、一人ひとりの人が外国に大事な人をもつようにすれば、戦争になることはない」と言われました。私にもアメリカ、カナダ、ニュージーランド、ドイツなど少しずつ大事な外国人の友達がいます。それらの国で何か起こったら、自然に「どうか無事でありますように・・・・」と祈っています。
 
最近の日本では、人と人とのきずなやつながりがなくなり「無縁社会」という言葉が昨年を表す言葉のトップテンに入ってしまう国となってしまいました。人とつながりながら、支え合って生きていける社会にしたいですね。
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# by eastwatery | 2010-12-31 23:41  

マイ・ハート『1ノート・1コイン』コンサートVo.19 in安佐南区(伝えよう笑顔と心)

昨日は、「マイ・ハート『1ノート・1コイン』コンサート(伝えよう笑顔と心)へ行ってきました。コンサートマスターの沖田孝司さんは、マイ・ハート弦楽四重奏団で「リーズナブルな料金で質の高い音楽を!」を合言葉として、今回の「1コイコンサート」(広島市内23か所)を開催されています。今回は私の居住地に近い安佐南区で19番目に昨日開催されたということです。それ以外でも「マイ・ハートコンサート」は広島県内はもとより東京・大阪などでも素晴らしいコンサートを開催しておられます。

マスターの沖田さんは、広島県三次市の出身で東京音楽大学を卒業後、ドイツに15年在住し彼の楽団に属してヴィオラを演奏していた人です。沖田さんは、ドイツに留学しておられた千春さんと結婚され、今では、千春さんと二人で広島県内の病院・学校・高齢者介護施設、はたまた植物公園動物園等で時にはボランティアとして、いろいろ活動していらっしゃいます。沖田さんのコンサートの特徴は、社会奉仕(ボランティア活動として)が多いのが特徴です。

毎年2月の「マイ・ハート・バレンタインコンサート」では、収益の一部を白血病の子どもたちの治療に使われる臍帯血の費用として、小児がんの子ども達を励ますためにマツダ球場に招待する、ということ等です。コンサートに行った人は、直接、自分がそういう行為をしなくてもコンサートを聴きに行くことで、社会奉仕に協力した事となり、有難く思っています。

今回は、安佐南区の区民センターで開催ということで、地域が限られているからか、2週間前に「来場者が少ないようなので、貴女の知人・友人に声をかけてもらえますか」というご依頼がありました。私は「マイ・ハート」の会員であり、何とかサポートをしたいという気持ちがあったので、安佐南地区の私が日頃から親しくさせていただいている知人・友人に、メール・ファックス・電話で声をかけたところ、直接当日券で来場してくださった方も含めて20名(孫の小学・中学・高校生・未就学児も含む)。が来場してくださいました。中には自分の友人にも声をかけてくださり、皆さんの温かな心と行動に「友達はいいものだ!」と大感激しました。

今日の演奏曲目は、「伝えよう笑顔と心~手話つき」(小学生・保育士さん出演)から始まり、前半はクラシック(G線上のアリア、弦楽四重奏変ロ長調(狩)全楽章、愛の挨拶など)、後半は、「赤とんぼ」、「ハッピー・バースディ・バリエーション」、「となりのととろ」、その後アンコールが3曲入り、「伝えよう笑顔と心~手話つき」を観客も一体となって手話をしながら、楽しみました。
歌と歌の間には沖田さんの温かなた人柄を思わせる心に響く小さな物語が語られるのも毎回楽しみにしているものです。以前のバレンタインコンサートでは涙が出るほど感動したのは、ヴァイオリン奏者の澄み切った高音の素晴らしさでした。今回は、最後に会場が一体となって手話をしながら歌った「伝えよう笑顔とを心」でした。

その歌詞は・・・・・・・

この世で一番輝くものは  あなたがくれる その笑顔
この世で一番  すてきなものは  仲間を思うその心
伝えていこう  その笑顔  伝えていこう その心

心がしぼんで 落ち込む時も  涙があふれて  しまっても  
君のまわりに  仲間はいるよ  こんなにたくさんいるからね
守っていこう  その笑顔  守っていこう  その心

帰っておいで  このふるさとに  都会の中で  疲れたら
君の登ったあのカシの木も  緑の風に揺れているよ
広げていこう  その笑顔  広げていこう その心
伝えていこう  その笑顔  伝えていこう その心

小学1年生と思われるような小さな子ども達等が一生懸命歌っている姿や歌詞の「優しさ、温かさ、つながろうという心」に感動し、少し涙がこぼれました。私の隣に座っている友人もしきりに涙を拭いているようでした。悲しくて泣くのではなく、感動して、温かさを感じて涙が出るのは、気持ちを爽やかにさせてくれます。

私の呼びかけで来て下さった友人たちからは、「心が癒された、やさしい気持ちになれた・・・・などなど」中には、「このようなコンサートがある時は教えてね!」など、たくさんの感想を頂きました。 友人との絆、つながりのありがたさを感じたコンサートでした。
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# by eastwatery | 2010-12-27 12:18  

オノヨーコさんからの提案

3日前だったでしょうか。オノヨーコさんがニュースゼロのキャスターの方との対談の中で話されたことが、深く心に残りました。

「自己否定感が強い人は、1日に3回、人が喜ぶことをすると、だんだん自己否定感は少なくなり、自己肯定感が増してきます」

オノヨーコさんは、ジョン・レノンさんと結婚する以前、一時期自己否定感が強く、どう生きていこうかと悩んだことがあるそうです。悩みに悩んだ末に、思いついたことが上述の事です。

私は、2月末まで2年半していた仕事の中で、自己否定感が強く、「自分で一生懸命やっている」という実感が持てるまで自分自身を許す事が出来ない時が長く続きました(もしかしたら、自分の能力以上の仕事だったかもしれません)。そして、今思えば、私自身にも多くの原因があったと思うのですが、事務局内のコミュニケーションがうまくいかず、その仕事が終了するまで人との関係に悩み続けました。

それまで経験した2つの職場では、休みが長いと早く職場に行って仕事がしたいと思うほど、人との関係も良く、仕事も意欲的に取り組むことができ、仕事の内容にも人との関係にも悩んだことはありませんでした。今、思えば、それはとても運の良いことだったと思えます。

それにしても、これまでの人生の中で2年半ほど、自己否定感を感じ続けたことはなく、また、仕事終了後10カ月たった今も、なかなか自己肯定感が戻ることはありません。何をするにも自信がもてない状態が続く上、以前ほど物事に対して意欲的になれないのは、どういうことか自分自身でもわかりません。

そういう時のオノヨーコさんの言葉は、私に対して励ましの言葉となりました。それ以前から「一日一善」は心掛けてはおりましたが・・・今度は3回。考えてみれば、「幼児の笑顔」には、心が洗われるし、明るくなります。「笑顔」を心掛けること、そして、自分よがりの善意ではなく(お節介ではなく)、人が喜んで下さることをしようとするところからスタートしようと思います。
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# by eastwatery | 2010-12-20 00:06  

障がい者に対して、思いやりと行動する勇気をもとう

このところ、街中で目が不自由な人と出会うことが何度もあって、考えさせられることがありました。
1回目は、市内電車に乗ろうとした時、体格のいい白い杖をもった一人の男性が、横断歩道で信号が変わるのを待っておられました。信号が青になった時、私が彼に「電車に乗られるのですか?」尋ねると、私と同じ方向の電車だったので、停留所まで彼と共に横断歩道を渡り、電車を待ちました。彼は、停留所に着くと堰を切ったように、いろいろと私に話しかけてこられました。初対面の私であっても誰かと話をしたかったようでした。
電車に乗車後も、自分の経験をいろいろ話してくださり、目的地で慣れた様子で下車されました。

2回目の出合いは、市内電車の繁華街の停留所で電車を待っている時でした。反対方向の電車の車掌さんが、一人の女性に話しかけていました。耳を澄ますと「どこまで行かれますか?」ということ。ふと、その方を見ると、白い杖をもっておられ、車掌さんの様子から、彼女の安全を案じていらっしゃる様子。そこで、二人の会話から女性の向かう方向が私と同じだったので、私は「同じ方向に行きますので、私がご案内します」とお二人に告げ、車中の人となりました。
この日も、女性は席に着くなり話し始められました。東京から広島に来て2年なので、まだ十分に広島の事が分からない事、以前、タイに行ったことがあるが、タイの人々は日本人より経済的には貧しくても、心は温かで、やさしい人ばかりであること。例えば、彼女が歩いていると、どこでもすぐ人が寄ってきて、お互いに何とか言葉を交わしながらでも、バス停などに連れて行って下さったり、目的地に連れてってくださること等を話し、その点では、日本では不自由することが多いことを話されました。

彼女と同じ停留所に着いて、道が右と左に分かれる時に「私はもう大丈夫です。すみません。
でも、どうして私は“すみません”と言わなければいけないのでしょう」と言われました。
私は「そうですよ。貴女は”すみません”と言われることはないのですよ」と言いましたが、彼女は無言で目指す方向に歩いて行かれました。

彼女が言ったこの言葉の意味は、とても深いと思います。目が不自由な人であっても、目が見える人であっても対等であるし、人間としてお互いに支え合うことは当然です。日本人は、よく「有難う」の代わりに「すみません」と言いますが、これは間違った使い方だと思います。「すみません」というのは明らかに上下関係があるように思います。私は、車中で彼女と日本人の場合、多くの人が同じであることを良しとし、違うことに対しては厳しい考え方をもっていることを話し合いました。私は、長い間子どもに恵まれなかったために、いろいろな人たちの差別発言に悩みました。そのことを話したら、彼女は「目が不自由である」ということで、差別を受けていることを私に話されました。そして、タイは経済的に恵まれていなくても人々の意識の中には、何ら差別意識もなく、思いやりのある人が多いのだと言われました。

そして・・・3回目は、アストラムラインという「広島高速交通高架鉄道」に乗る時に、50代後半と思われる目の不自由な男性に出合い、エスカレーターで一緒にホームまで行きました。その時、彼が言われたことは「エスカレーターを降りるときは怖いのですよ。私が慎重に降りるので、後ろから押されることです」ということでした。この日は、少しラッキーでした。電車に乗り空席を探していたら、女子学生らしい人が、さっと立って彼に席を譲って下さいました。彼に降りる駅を尋ねたら、私の降りる駅より早いことが分かったので、「電車を降りられる所までは、私がご案内しますから・・・」と予めお知らせしておきました。

彼の降りる駅となり、案内をして駅のホームに降りられたのを確かめました。その時、20人くらいの人が降りたのですが、誰も彼に関しては無関心でした。彼は、エスカレーターの方向を杖で確かめていらっしゃるようでした。私は、最後に降りた4,5人の人に向かって「どなたか、この方をご案内してください!」と言いました。その時、助けに来てくれた人は、先程席を譲って下さった人でした。考えてみると席を譲って下さる人ですら、その後彼が困っている様子に気づくことができなかった、ということは、やさしさが足らないのではなく、今までそのような場面に出くわす事が少なかったか、どうしていいか分からなかったのだと思いました。

相手を思いやることは、「想像力が必要」と言われますが、その思いやりを行動に移すには、人がしない事でも、自分を必要とする相手がいる時にはサポートする勇気がいるのだということ。そして、想像力や勇気は、生きてい行く中で家庭や教育の中で学んでいくこと、そして直接、そういう場面に出会ってその経験をすることだと痛感しました。

2回目に出合った女性が言われた「どうして私は“すみません”と言わなければいけないのでしょう」の一言が忘れられません。
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# by eastwatery | 2010-12-15 22:40  

社会で活躍する女性の育成と支援

今日は、広島工業大学で「社会で活躍する女性の育成と支援」をテーマとして基調講演、学生からのキャリアアップの活動報告、パネルディスカッションが実施され、参加してきました。
広島工業大学は、理系の大学ですが、女子学生全体における、これからの時代に社会で求められている女性像や問われる資質、その育成のあり方について、広く学ぶ機会とし今回のシンポなどを実施しました。

基調講演においては、'08年のNHK大河ドラマ「篤姫」を手掛けた脚本家の田渕久美子さんと女性の准教授のNさんとのトークショー形式で、「女性が意思をもって生きることの大切さ」について講演が行われました。

Nさんは、「最近の女子学生は、自分は何をやっていいかわからない、何に向いているのか分からない、そして、どうしたらいいか分からない」ために自己否定感が強い人が多い、ということから話を始められました。それに対して田渕さんは、ご自身の若い時は「先が見えず、将来どうしたらいいか分からず、全く未来図はなかった」とのこと。そこで、田渕さんの場合は、大卒後、1年間、郷里の島根県の実家へ帰って自分自身対して「自分はいったい何者か」を考えつめていたそうです。田渕さんは、子どもの頃から文書を褒められてきても、書くことを仕事にしようとは思わなかったのに、ずっと自分に対峙していた時、突然「脚本家になろう!」と思ったとのこと。今、考えると自分は人に対する興味関心が強かったので、脚本家、物書きには向いていたとのこと。  自分自身を振り返ったり、向き合うことはかなり厳しい事であり、なるべく避けたいと思うことが多いと思うのですが、私はその大切さを知りました。

田渕さんの話から現代の若い人たちを考えてみると、田渕さんが若い時よりいろいろな事がかなり進んでいるので、いままでの職業や職業感で仕事を見つけようとすると見つけられないと思うとのこと。したがって、「自分は何が好きで、何が向いているか」をじっくりと考えてみること。また、20世紀型ではなく21世紀型として「自分自身は何者か?」と自分で思い悩み、考えることが大事。仕事を考える時「好きではないが、得意な事を仕事にする」という考え方もあるということでした。

また田渕さんは、若い人は「生まれてきて以来、人生は楽しいことが多いと思っているかもしれないが、私はこの世は地獄のごとく」だと思っている。・・・というのは、「この世で良いことは基本的にはない、面白くないところで生きて行く覚悟をもつこと。・・・・そうするとその内、良いところがあると気づく」、そういう人生観で田渕さんは生きているとのこと。

そのように思っていると、田渕さんは、「人生に期待をもたないのだから、自分の身に起きることには全て感謝するようになった。女として生まれることは、男性と比べると厳しい事がたくさんある。例えば、様々な立場で生きること、女性は男性よりいろいろな事に頭をつかわなければいけない状況が多いこと」これらの事を覚悟すると、ダメな自分も含めてすべて受容し、自己肯定できるようになる。つまり、自分ができない事があった時には、他の人にやっていただき、人の有難さが分かって人に感謝ができるようになる。・・・・ということは「人と人つながり合っていく方生きるのが楽になってくる」 そして・・・・・・
「自分自自身が自分を好きになると、どんな時でもどんな自分でも自己肯定でき、自分を信じ、愛することができるようになる。大事なことは、外の情報に惑わされたり、人と比べて自分を嘆くことをしない事。そうすれば、自分を大事にすると共に他者をも大事にすることができるようになる。自己肯定をしていれば、常に人の身になって関わる人の事を思いやることができる」,  また自分にできない事を知る」「自分の中の良いものを見つけ出す」為には自分と対話をすることが大切、ということでした。

田渕さんが考えている「輝いている人生像」については、こう語られました。
「その人が、その人らしく生きている、自分の限界を知りつつ幸せを感じて生きている。力がある人ほど人々にやさしい。要するに“融通無碍”(一定の考え方にとらわれることなく、どんな事態にもとどこおりなく対応できること)ということ」

最後に、就職活動で悩み、苦しんでいる女子学生へのメッセージは次のようなものでした。
「女性である事は大変であるが、時が経つにつれて変わるから、あまり苦痛に思わず、自分の好きでない点を10回褒める。そうすれば自己肯定ができる。重要なことは、できるだけ早い時期に自分を知ること。自分を知ったら、必ず道は開ける。だから、"自分は何をしたいか、どこまでやってみたいか、ということを見極めること。それに応じた苦しみもあるが、あきらめない事が肝心」とのこと。

田渕さんの人生もいろいろあり、悩み苦しんだ事もあったそうですが、今は人生が面白い、いつ死んでもいいと思っている。厳しい人生の中で、どれだけ楽しいことを経験するかを自分に課すようにしている。自分が一生懸命物事をしていたら、その後、"天“がサポートしてくれる、ということでまあ大丈夫でしょう、とのこと。

田渕さんの講演の中では、何度も「自己肯定すること、自分を褒めること」という言葉が出てきました。田渕さんは、厳しい人生を歩んでこられたからこそ、こういう言葉の大切さを知っていらっしゃるのだと思いました。現在、私も含めて自己肯定ができない人が多く、そのことが何をするにも消極的な態度になっていると思います。「いやな自分も好きな自分も全て受け入れること」、そこから自己肯定が始まるのです。

ところで、田渕さんは、スレンダーでお洒落の感覚も抜群。何よりもチャーミングだったのは、あれだけの素晴らし脚本を書かれる人でありながら、尊大な態度はは全くなく、美人である上に心はかわいい人でした。何歳になっても年齢に関係なく「かわいいな」と思える人は純粋だと思いました。
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# by eastwatery | 2010-12-11 23:19  

社会人のための“まなびcafé”

12月4日(土)には、広島市まちづくり市民交流プラザが主催、「社会人学生ネットワークきらめき」(私と夫がボランティア活動をしている)が協力という形で、社会人の大学・大学院進学をテーマとしている“まなびCafé”を開催しました。

“まなびcafé”のチラシには次のような呼びかけの言葉が書いてあります。

社会人学生の経験者と「学び」「生きがい」について一緒におしゃべりしてみませんか。
「何か新しいことを学んでみたい」、「資格や免許を取得したい」、「自己啓発は、どうすればいいのかなあ?」
その思いをアットホームな雰囲気で、みんなで話しましょう!
話しているうちに、なんとなく「自分が見えてくる」・・・・
そんなサロンのような相談会です。前半はゲストのお話で、後半はコーヒーを飲みながら、
みんなでおしゃべりしましょう。

「社会人学生ネットワークきらめき」(SGネッときらめき)は今年で創設6年になりました。その間の主な活動は、社会人で大学・大学院進学の希望者に学習相談・支援であり、生涯学習相談会や“まなびcafé”の開催をしています。
私と夫は、二人とも社会人として大学・大学院で学習・研究したので、その経験を活かすために活動しているということです。

12月4日には、ゲストスピーカーとして、56歳で山陽女子短期大学食物栄養科に社会人入学、栄養士の資格を取得後、60歳までは研究所勤めをされたTさんでした。
Tさんは60歳で退職後は、在宅栄養士として栄養相談、料理教室の講師、健やか食生活推進リーダーとして地域でイキイキと活躍していることや、Tさんの入学前の試験勉強から始まって若い人たちと共に勉学に励む様子や家族それぞれの応援など自然態でユーモアを交えながら話されました。

皆が「ホーッ」と思わず感心し、驚いたのは、入学後、朝は4時半に起きて6時まで予習・復習をし、その後リュックを背負って毎朝バイク、JRの電車、自転車の乗り継ぎをして約1時間かけて毎日通学。一度も遅刻・欠席もなく優秀な成績を残し、卒業式では若い人たちの中にも関わらず、総代として卒業証書を授与されました。(私は、Tさんの卒業式には保護者代表のつもりで勝手に出席し、その様子を見て感動しました)

もう一つ驚いたことは、ウェルネスディザイナーの資格を取るために「ハーフマラソンに参加すること」という条件があり、これに参加し完走できたという逸話。走り切った時には「やればできる」の自信につながった、ということでした。
Tさんの前向きで1本筋の通った生き方や生きる姿勢は、「短大進学をしたい」と「SGネットきらめき」を訪ねてこられて、私が学習相談した時から変わりませんでした。56歳の年齢で、かなり学習から遠ざかっていたにも関わらず、Tさんの前向きで主体的な学ぶ姿勢には、私も驚きました。

小論文を書く訓練のためには、新聞の社説の「まとめ」をすることから始まりました。最初のまとめを添削した時には修正の赤ペンで真っ赤になるほどでした。が、それにも負けずTさんは毎日、どんどん難しくなっていく「まとめ」やその後の小論文作成に対しては、必ず毎日メールで送信してこられ、、私も彼女の情熱に負けじと夜半になろうと必ず、すぐに添削文を返すようにしていました。そうした彼女の学習姿勢からお連れい合いは、Tさんの事を「学生さん」と呼んで温かい言葉をかけ、二人のお子さんは電子辞書のプレゼントをしたり、パソコンによる学習方法を伝授する等、家族全員で応援されました。

そのような話の内容から、参加者の中には感動して涙する人もおられました。体験発表の最後のアンケートには「これからの自分の人生を考え直したい、勇気をもらった、学ぶことに年齢はない、自分次第だとわかった」などなど、参加者の人たちの興奮が伝わってくるような回答でした。

そして参加者の中の2名の方が、「今後の人生のためにライフプランを考えたい、大学進学を考えたい」ということで学習相談の申込がありました。
夫と二人で運営しているネットワークですが、何とかみなさんの自己実現のお手伝いができれば・・・、そして「自分を生きている」という実感を持つ人たちをサポートしていきたいと思っています。
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# by eastwatery | 2010-12-06 21:16  

「働く幸せ」を感じていますか?(2)

11月13日に書いた「働く幸せ」を感じていますか?(1)の続きを書きます。

大山さんはジャパンタイムズの記者が大山さんに語った、日本と欧米の「雇用」に関する違いについて話されました。
つまり、
*欧米は、普通の仕事ができれば雇用する。しかし、障害があったら雇用しない。
* 日本は職人文化を持っており、手取り足取りで障がい者に解るように教えるので、
障がい者を雇用することができる。・・・・・・とのこと。

私が思うに、欧米の場合は、福祉が整っていて障害者を単なる「障害をもった人」と解釈するだけで、そこには「どんな人にも可能性がある」と捉えていないのだ、ということです。
しかし、日本の場合、「一人ひとりの可能性を信じ、そこに障がい者に対する思い・心があって
健常者と同等に考え、思いやる心がある」と思いました。
ただし、私は「健常者」という言葉をあまり好きではありません。というのは誰も好き好んで障がい者になったのではないからです。健常者でもいつ何どき、交通事故や病気で障がい者になるかわからないし、高齢者になれば、程度の差はあれ、ほとんどの人が障がい者になると思うからです

ベルギーでは、字を読めない重度の人を雇用した場合、国が企業”に対して給料を払う制度がある、とのこと。しかし、これは企業には国から給料に値する金額が入ったとしても、これは障がい者の立場に立った雇用の考え方とは思えません。"物“だけの考えで"心"がないように思います。
障がい者の立場に立ったスキルを身につけるという考え方はありません。

ところで、「福祉」の意味とは? 漢和辞典で調べてみると「福祉」に共通するもの「ネ」(しめす偏)の意味は“
神様が人間に幸せを与える”ということであり、同時に「福祉」とは“物心両面が揃って幸せである”ということです。
 
福は・・・・人間が物に困らないための幸せ
                                   2つを合わせて→ 神様の恵み
祉は・・・・人間の心の中に宿って人間を幸せにする

この考え方からするとベルギーの方法は純粋な「福祉」とは言えないと思います。
かって、日本理化学工業は、「本来なら施設で見るべき人を雇用し地域貢献した」という理由から
渋沢栄一賞を授与されたそうです。大山さんの考えでは、障かい者が一生就職できていることは「国、企業、障がい者、障がい者の家族」の四方両得だということ。
障がい者が一生働き、地位の中で自立した生活ができるということは、家族にとって、特に両親にとっては将来について不安感を持つことは少ないと思います。
大山さんは、障がい者の従業員が、退職までに少しでも自立して生活できるように、障がい者用のグループホームを建てました。このグループホームでは、障がい者の人たちのためにホームのスタッフが金銭管理をすると共に社会の常識等を教えているとのこと。そして、退職後は、川崎市に退職後グループホームを出た人たちが、高齢者施設のホームに入居できるように依頼して、そのように実施されているとのことでした。

また、大山さんは、作家の村上龍さんの「人のために一生懸命行ったら、ブーメランのように、その人に幸せが戻ってくる」という言葉を紹介し、自分の考え方、生き方として・・・・・・
「人間が幸せになるためには、人のために働くことであり、そのことが人に幸せをもたらす」と
いわれました。

この会社で素晴らしいことは、最初に雇用した二人の障がい者の人たちは、66歳で今でも元気で働き続けているそうです。この会社では、定年制度ではなく健康で働くことができれば、働くことができるシステムになっているということでした。

最後に、大山さんは、「“働く”とは、人に必要とされ、人の役に立つこと、そのために一生懸命頑張れば、みんなに応援してもらえる。このことを知的障害者に教えてもらった」と感謝の言葉で締めくくられました。

福祉については後進国だと思っていた私にとって、会社のトップの人たちの考え方によって、
欧州の福祉以上の事を実践している会社が日本にあるということに対して、たとえ一社であろうと日本人の良さを再発見し、将来に少しながら灯りがともったような気がしました。
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# by eastwatery | 2010-11-17 22:30  

「働く幸せ」を感じていますか?(1)

人間の究極の幸せは、 人に愛されること
人にほめられること、 何かの役に立つこと、
人から必要とされること。

このうちの愛以外の3つは、
働くことによって手に入れることができる。

しかも一生懸命働けば、
愛すらも手に入れることができる
それを知的障害を持つ人々の
懸命に働く姿から教えてもらった。   『働く幸せ』 大山泰弘 著より

今日は、午後6時半~8時半の2時間、『働く幸せ』の著者、日本理化学工業(株)会長の大山
泰弘さんの「“働く幸せ”を感じていますか?」というタイトルの講演を聴講しました。
講師の大山さんは、「働く幸せ」について知的障がい者雇用の取り組みの実践から講演してくださいました。
 
大山さんが会長をされている日本理化学工業(株)は1937年創業でし、事業内容としてはダストレスチョーク(粉の出ないチョーク)、キットパス、プラスチック部品製造・販売です。従業員は
76名でその内70%(56人)の人たちが知的障がい者です。では、なぜ、大山さんは多数の知的障がい者の雇用モデルの工場をつくったのか、ということです。

昭和34年、養護学校の先生が「知的障がい者を雇用してほしい」と依頼された事が契機になっています。最初は、「そういうことはできない」と、大山さんは断ったそうですが、3回目の訪問の時に先生より「就職することができないのであれば、知的障がい者は一生施設に入り、働くことをしなくなる。せめて2週間だけでも2名の実習をさせてほしい」と依頼されたとのこと。当時、大山さんは、それを決定することに迷っていたそうですが、尊敬しているお寺の住職さんに相談したところ、「人間の究極の幸せ」について、このブログの冒頭に掲載している5つの事を教わったとのこと。
そして、こうも言われました。「知的障がいの人たちの幸せは、福祉施設に入って大切にされることではない。幸せにするのは施設ではなく、企業が彼らを幸せにする」と。

大山さんは最初は障がいの人たちへの同情から、とりあえず2名の人を実習生として受け入れました。ところが、2週間の実習が住んだ後、共に働いた従業員の人たちが「二人は一生懸命、まじめに働いている。今後も自分たちは彼らと一緒に働きたい」と言い、翌年には二人を採用をし、それ以後、多くの人が雇用されるようになって、現在、56名になっているということです。
彼らを雇用するにあたって、大山さんは知的障がいの人たちが、従業員と共に効率よく働くには、どうすればよいかを熟考されました。字も読めない、書けない、計算も出来ない人達。
いろいろと考えている時に、彼らが信号を渡って一人で会社に来ていることからヒントを得て、
赤、黄色、青の3色のチョーク用の筒を作り、そこに各色野チョークの素をを入れていくことを思いついたとのこと。

一旦、このシステムが出来たら、彼らは本当に真面目に、しかも正確に作業を確実にしていくので、品質が良く、しかも考えた以上の本数ができるようになりました。職場では、上司が彼らの仕事に対して冒頭の言葉の一つである「褒める」ことを実行していきました。
要するに、「知的障かい者だからダメなのではなく、彼らに働いてもらうためには、その理解に合わせて段取りをすれば彼らはできる。そして、「できればそれを褒める」をやっていけば、ますます意欲的になって仕事がはかどる」ということです。また、知的障がいの人たちは、純粋で、やさしく丁寧なので、ある程度経ったら、一人で3人の従業員を指導できるようにまでなっているとのこと。

ある時、小学校5年男子が工場見学に来て、知的障がいの人たちが働く様子を見て驚いたことを手紙に書いてきました。「びっくりしたこと・・・・字も読めない人がチョークを上手に作っている、すごい人たちだ。神様はどんな人でも才能を与えてくれるのが分かった。」と。

これを読んだ大山さんは、「神様は”役立つ事が人間の幸せ”として障がい者の人たちをつくってくれたのだ」と、感動し、障がい者人たちから多くの事を学んだ、と言われました。

私はこの話を聞いた時に、大山さんの謙虚さに心を打たれました。もちろん、神様がそのように人間をつくってくださっているとは思いますが、障がい者の人たちが、どうすれば働くようにできるかを考え、そのシステム(方式?)を立ち上げた大山さんの寛容さと思いやりの深さに大山さんの人格の素晴らしさに感動しました。

まだまだ、書きたいことがあるので、続きはまた、後日続きを書きます。
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# by eastwatery | 2010-11-12 23:27  

60歳後半~70歳前半の友人との対話

このところ「お話しがしたいね!」という60歳後半~70歳前半の友人から声をかけられ、手作りの料理を食べながら、そして、食後のデザートを楽しみながら、話し続けることがありました。

話の内容は、お互いのこれまでの人生・・・・夫のこと、子どものこと、きょうだい&親戚のこと
そして・・・・最近の社会の動きや将来へ不安など、話せばきりがないほど話がはずみます。
お互いに結婚生活40年~50年近く。古稀を迎える頃となり、改めて自分の人生をふり返る時期かと思います。それぞれの子どもは、もはや社会人で育児からは手が離れているものの、「母親」というものは、いつまでも子どもの事は気になるものです。

もう一つの、気になることは年々、夫婦が年齢を重ねていくに従って、「これから夫婦で残り少ない(?)二人の日々を、どのように過ごしていくか・・・・心配であったり、楽天的であったり、この種の話も話し出したらきりがありません。
その中で思うことは、私たちの年代は、「夫の考え方や生き方に、歩調を合わせよう、とずいぶん気を使ってきた」ということです。厳しい職場環境で働いてきた夫たちは、定年後も「自分が上役であり、妻は部下」という気持ちがなんとなくあるようです。

そのような場面になったら、私は「すみません。私は、貴方の部下ではありません」と、ちょっと茶化しながら答えます。(「それは良いアイディアね。それ、いただき!」と言った人もいました)。私たちの年代は、ふり返ってみれば、妻は姑や小姑に気を使い、夫は、企業戦士として家庭を顧みることもできずに生きてきました。

そして、今・・・金婚式が近くなって、何が大事かと思うこと。「健康、そして二人で楽しく生きること」。そのためには、楽しめるだけの金銭的背景もある程度求められますが、これは「何に価値をおいて生きるか」によって、何とか解決できるのではないか、と思っています。

将来のことをいろいろ考えながらの日々ですが、小さな事に喜びを見出して生きること、6月から続けているウオーキングを、その日の体調に合わせて、これからも続けていくこと、少しでも自分で出来る社会貢献をしていくこと・・・・そして1日も早く孫をこの手に抱きたい!
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# by eastwatery | 2010-11-08 21:10