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思いは伝わる

 このところ人間以外からでも「思いは伝わる」という体験を受けており、感動しています。
まず、初めに野ボタンの花。この花は、本来なら秋口に咲くのですが、昨秋には蕾をつけただけで咲くところまでは行きませんでした。4年くらい前、園芸店で小さな野ボタンの苗を見つけ買い求めました。この苗はニュージーランドでは、大きな灌木となって品の良い紫の花をつけており、その木が、そこ、かしこにある情景が忘れられず、買い求めたものでした。

2年間は、秋になると次々と花をつけていましたが、昨年は、1つの花をつけただけで、冬の間はずっと屋内に置いて育てていました。今年も秋にも、そのような感じでしたが、今年の私の思いは違っていました。今年は、どうしても多数ついている蕾は絶対に咲かせてもらいたい、咲かせたい、という思いが強く、寒くなってからは、屋内に入れても、天気が良く暖かな日の日中は玄関わきの日当たりのよい所に出し、午後3時~4時ころには屋内に入れるという繰り返しを毎日飽きることなく繰り返しました。 そうしたら、なんと健気にも小さい花ながら、高貴な紫色の花をどんどん咲かせ始め、これからも咲くであろう蕾が一杯ついています。「頑張って咲いてね」「良く頑張って咲いたね、嬉しいよ」と話しかけながら育てた甲斐がありました。

次は、ジンビジュムという蘭の一種です。これは、28歳の息子が生まれた時、夫の会社の方がお祝いとして下さったものです。28年の間には紆余曲折ありましたが、今では3鉢に株分けをして、その株一つにピンクの花1本をつけています。頂いて5年間くらいは、お正月の活け花用になる時期に5本位咲いていましたが、最近はやっと1本。それでもよくもまあ、28年間も生きてくれ、律義にお花をつけてくれるこの蘭には、大感謝をしているし、身内のような気がします。

そして、最後の「思いが伝わる」のは、私たちのウォーキングコースの1軒の家に飼われている柴犬の「ちくわちゃん」です。我が家は結婚以来40年近く、合わせて6匹の犬と家族として共に生きてきましたが、6年前に亡くなったハッピーちゃんを最後として、これ以後飼うことはあきらめました。というのは犬の寿命を15年と考えると私たち夫婦が最後まで世話をしてやることは無理だと思ったからです。
だから、それ以後は近所の犬を可愛がらせてもらうことにとどめていました。それだけでなく、ウォーキングコースを始めて「ちくわちゃん」に会い、親しくなりたいと思うようになりました。ところが、この犬は、人になかなかなつかない事で有名な犬でした。でも、名前を呼べば、ちょっと眼だけは合わせてくれるので、通るたびに座っていようと、寝転んでいようと「ちくわちゃん」と呼び掛け始めて6カ月たったころから、私たちの足音が解るのか、座って待ってくれるようになりました。

そして・・・・ついに「こっちへおいで、ナデナデしよう」と言うと、寄ってくるようになりました。そして、「もう行くからね。バイバイ」と言うとすり寄ってきて、「もっと、もっと」とねだるようにもなりました。

ここ1週間、天気の良い日が続いたので、「ちくわちゃん」は寝そべっている事がよくありました。そういう日は、私を見つけると、お腹を天に向けて大股を広げてナデナデをしてもらうのを待っています。 これは、もう完全に私に心許している証拠です。ここまで来るのに6カ月かかりました。 でも「ちくわちゃん」のお蔭で、どれだけ私たちのウオーーキングが楽しくなったか、実際に言葉を交わす事ができなくても、お互いの思いが通じることが、こんなに嬉しいものなのかと喜び、ちくわちゃんに大感謝です(ちなみに、「ちくわちゃん」は男性が、苦手なのか、夫とは目を合わせても、まだナデナデまでには、もう少し時間がかかりそうです)。
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by eastwatery | 2011-02-24 00:47  

映画「太平洋の軌跡~フォックスと呼ばれた男」

1週間前に、今話題になっている映画「太平洋の軌跡~フォックスと呼ばれた男」を夫とともに観てきました。私は終戦の時に3歳ですから、第二次世界大戦のことは、疎開した以外はほとんど知らないのですが、夫は中学1年の時に終戦を迎えています。そういう年齢ですから、当時、夫は中学校を卒業後は「お国のために兵隊になる」と心に誓っていたといいます。終戦の時の昭和天皇の終戦を報じる放送には相当のショックを受けたそうです。そういうことから、この映画は絶対に見逃せないと思っていました。

あらすじとしては・・・・・

1944年、サイパン島を統治していた日本軍でしたが、戦況の悪化により、守備隊の幹部たちは特攻命令を出すだけだして自決してしまいました。そのために、民間人も次々と自決をしてしまうという悲惨さ。しかし、生き残った大場隊(47名)は、隊の皆とサイパンの森のや林の中に逃げながら、孤独な戦いを続けていました。隊の中には自決を考える人たちもいましたが、大場大尉は「最後まで生きることを考えるのだ、生きて日本に帰ろう!」と何度も全員に語りかけていました。時には、アメリカ兵と戦わないために知恵を出して森の中に罠を張るなどして逃げているうちに、生き残りの民間人の団体数十人と出会い、彼らをも守りながら戦う事になりました。民間人の中には、攻撃的な性格の一団もありました。彼らは「米軍と戦い、日本が勝利するのだ」という思いで、すぐに銃を打つなど、大場大尉の思いをなかなか理解できない人たちでした。

その一方で、アメリカ軍は、絶望的な状況でも投降しない日本軍にいら立ちを覚え、殲滅を試みますが、先述のような大場大尉の巧みな戦略に翻弄されることになりました。そうはいっても、日本側は、日に日に食料や弾丸もなくなり、生きていくのも難しい状況になった頃でした。
「日本は降伏したので投降するように」というビラがヘリコプターによって避難していた洞窟の辺りにばらまかれました。このビラを信じるか、信じないか、「このビラをどう判断するか」大尉としては大きな決断を迫られます。いろいろな意見が出る中、大尉は、まず「全員が生きて日本に帰る」という思いを変えることなく、ビラを信じアメリカが投降した日本人を収容している収容所に行き、アメリカ軍のサイパンを支配しているトップの考えを伝える収容所長と話し合いました。

結果的には投降し大尉の軍だけでなく民間人も含めて自決した軍人一人を除いて無事日本に帰ることができました。ここまでに至るプロセスは涙なしでは見られない事が多くありました。アメリカ人が大場大尉を「フォックス」としたののは「狐のように賢い」という意味で、大尉に敬意を表してそう呼んでいたということでした。

大場大尉は最後まで日本人のプライドを捨てることなく、アメリカに対しても礼を尽くし、人々の命を守り抜きました。その陰には「人の命がいかに大事か、これを守り抜く」とする一貫した彼の哲学と人類愛があったのです。

この物語は、原作は、ドン・ジョーンズ著タッポーチョ 『敵ながら天晴』 大場隊の勇戦512日(81年刊行、現在は絶版)。著者がアメリカ人だということには、驚きました。この方が、この本を出さなければ、大場大尉の勇気ある行動は、日本では知られなかったであろうと思いました。そういう意味でも、原作者のドン・ジョーンズ氏に感謝の念をもつと共に彼自身も大場大尉に対して尊敬の念をもっていたことが伺われます。

この映画は、決して悲劇的な話ではないし、「お涙頂戴」な演出もなく、お国のために死ぬことに対する美談としてもいません。この映画で私が感じたことは、どんな団体(政治、企業、活動)においても、いかにトップの人格と判断が重要かということです。

さらに、「戦争について」、「日本の歴史教育について」は戦後の学校教育の中では近代史が詳しく教えられていません。 そういう意味からも世代を問わず、一人でも多くの日本人にこの映画を見て欲しいし、見るべきだと思っています。そこから「戦争することの愚かさ」と「いかに平和であることが大切か」、そして「第二次大戦で戦死したり戦った人たち、ヒロシマ・ナガサキで被爆死した人たちの犠牲の上にある自分の命」を考えてほしいと思いました。
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by eastwatery | 2011-02-23 22:16  

人の生き死にに人為ははたらかない

朝日新聞の「悩みのるつぼ」に、母親の立場から「子のいない長男夫婦がふびんで」という相談がありました。その内容は、保育士をしている長男の妻は、子どもが人一倍好きなので、自分たちの赤ちゃんをほしいと高度な体外受精を6回受けている。が、その結果が出ていない状況に対して、この世の不条理を感じている」というようなものでした。

この相談に対して、回答者の社会学者の上野千鶴子さんは「ご長男に子どもがいないことを気に病んでいるのはあなた自身では? もしかして、子どものいない女は、女として一人前ではないとおもっていませんか?」と疑問を呈しています。そして、最後に上野さんは「昔も今も子は授かりもの。
その気になったからといって計画通りにできるわけではありません。人の生き死にに人為が働かないことに、もうすこし世の中のひとびとが謙虚であってくだされば、と願います」と結んでおられました。

この結論を読んで「さすが、上野千鶴子さん!」とすっきりしました。上野千鶴子さんは社会学者であり、専攻は家族社会学、ジェンダー論、女性学。そして、63歳のこれまで事実婚はあったようですが、独身を通しておられます。これまでの日本では、独身をとおす、子どもを育てていない、という理由で上野さん自身、理不尽なことを人々からいわれたことがあると想像できます。そういうことの繰り返しの中から先の「人の生き死にに人為がはたらかないことに、もうすこし世の中のひとびとが謙虚であってくだされば、と願います」という考え方が出たのでしょう。上野さんが、述べたかったことは、この相談内容だけに限らず日本の人々の『一般の人々の常識』から外れた考え方や生き方に対してではないかと、私は思います。たとえば、外国人、在日外国人、性同一障害の人々や未婚の人、そして既婚であっても子どものいない人などに対しては、遠慮なく相手が傷つくような言葉を発します。人一人ひとりには、それぞれの生き方があり、人と同じように生きようとしても各人の事情により、そのように出来ないこともあるのです。上野さんが「もうすこし世の中のひとびとが謙虚であってくだされば、と願います」と書いておられるのは、上述のことではないでしょうか?私は謙虚であることだけでなく、もう一つ「思いやり」をつけ加えることだとと思うのです。「思いやる」=(イメージをする)でもいいと思います。

私自身についても、20年間子どもに恵まれなかったことに対して人々からは「子どももいない人には分からない、どちらが悪いのかしらないが自分たちは結婚後すぐに子どもができた、子どもがいない女性は一人前ではない」など無遠慮に言われ続けました。その後、長男を授かったら、今度は「子どもが一人ではかわいそう、二人は居なくては」と、人の事情も考えず、平均的な家族像を頭において、平均から外れることは、おかしいようなことを言われました。 しかし、私のこれから述べる二つのこと出来事から上野さんと同じように考えるようになりました。それは・・・・

夫は、輸出関連の仕事をしていたので、日本にいることは少なく、同居の義母(私にとっては姑)が1週間の病の末、亡くなった時には帰国できず、夫は死に目に会えず、私が喪主として葬式を出しました。

その後の、長男誕生の時には、夫はヨーロッパへ出張中で私一人で出産し、4日後夫は初めて長男と対面をしました。結局、夫は人生の中でたった一人の母の死とたった一人の息子の誕生に出合うことはなかったのです。この二つのことから、それ以後の私は「人の生死は自分も含めて、自分で何となかなるものではない。これからは、とにかく自分にも人にも精一杯できるだけのことをして生きていこう」と思えるようになりました。だから、上野さんが「人の生き死にに人為がはたらかないことに、もうすこし世の中のひとびとが謙虚であってくだされば、と願います」と言われたことが、すーっと何の抵抗もなく頭と心の中に入って来たのだと思いました。

まさに、上野千恵子さんに大拍手を送りたい気持ちです。
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by eastwatery | 2011-02-15 23:33  

目の不自由な方には、ハードとソフトでサポートを

12日付け中国新聞の「天風録」に目の不自由な方の安全を支える点字ブロックについて書かれていました。その内容は、東京のJR目白駅のホームから全盲の男性が転落して電車にはねられて亡くなられたということ。

その事故を受けて、目白駅では新たにでこぼこが分かりやすいように突起の数が少ない新型ブロックへの取り換えが始まったそうです。確かにハード面では、これ以後悲劇的な事故は減少するかもしれません。

しかし、私がもう一つ、皆で考えていきたいことはソフト面、心の問題です。目の不自由な方に出会った時、例えば、横断歩道で手をとって共に歩く、電車で出会えば空席に案内するなどのサポートをすること。さらに、ホームに降り立った方には、ちょっと時間を割いて、点字ブロックの位置に案内する等、手助けをすることが、どれだけ目の不自由な方の心が安らぎ、安全が確保されるか、と思います。

私の何度かの経験からいうと、目の不自由な方々は、どの方も隣に私がいることで穏やかな表情で、いろいろな話をして下さいました。中には、エスカレーターから降りる時に後ろから押されて何度か危険な目に会った経験を話されました。そのようなことをする人がいることに驚いたと同時に、自分のことだけでなく他者の身になって考え、行動することが、どれだけ大事か、と思いました。

それ以来、私は、心の目をもって目の不自由な方々とお付き合いをして行きたいと思いました。
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by eastwatery | 2011-02-13 23:21  

女性のエンパワメント支援セミナー<2>

1月22日(土)には、シンポジウム「働く女性の現状とこれからを考える~非正規化する働き方の中で~」を受講しました。(シンポの前に鹿嶋敬実践女子大学教授の基調講演がありましたが、長くなるので省略します)。

現在、女性の働き方は多様化し、選択肢が増えた一方で女性たちの多くは、派遣やパート等の非正規労働者として劣悪な労働条件を強いられ解雇されやすいなど、不安定な弱い立場に置かれています。法律・制度面が整備されても、その恩恵を受けられるのは限られた層にとどまり、正規労働者との格差は大きな社会問題となっています。

そこで、シンポでは女性労働の専門家が非正規雇用や格差等の問題を通して見えてくる働く現場の問題や課題について様々な角度から検証し、解決への糸口を探っていくことを目的として開催されました。

非正規の問題は決して女性だけの問題ではないのです。男性も女性も、働く一人ひとりが不安定な立場に追いやられることなく、自分の選択で、自分らしく働き続けることができる社会を実現するために必要とされることは何か? 「働くこと」を通じて、「これからの時代をどう生きるか」を5名のシンポジスト(放送大学教授、ジャーナリスト、日本労働組合総連合会副事務局長、評論家、企業の顧問)によりパネルディスカッションが行われました。
5人のシンポジストの発表をすべて伝えるのは、多すぎるので、私が学習したと思ったものを書いていきます。

宮本みち子さん(放送大学教授)
 ①非正規雇用化は男性と比べて女性の方が顕著→事務職縮小、サービス職の
  増加(大卒女性1/3)
②日本型終身雇用の変容→中核の人材だけ正社員(周辺を女性の非正規雇用)
 ①、②の結果、「女女格差」(女性の中の格差拡大)・・・・

これらに加えて、現代は
③「晩婚化と非婚化」がある。これは、日本女性特有の標準的ライフコースの消滅・
 リスクの拡大の実態。
④定まらい女性の生き方→母親は社会の変化に気づいていない。娘の学業成績には関心大。
 しかし、就職については、「就職より結婚の方が大事」となる。
⑤女性たちは、今の給料では結婚後は共働きが必要、生活基盤や子育てについて不安感あり
⑥シングル女性の増加、母子家庭の増加による女性の貧困化→女性の経済力は緊急課題

●これらの事に対して、どうすればよいか? 目指すべき方向は?
・企業の多様性、女性のライフサイクルに添った働き方の多様化、正社員・
 非正社員、 フルタイマー・パートタイマーの格差是正・・・・・・・それに加えて
・個人の自立・自律を目指して力強く生きる(アメリカ型、自己責任型)か?、
国民共助のシステムをつくる(北欧型、国民負担率70%を受け入れる)か?
・これまでの終身雇用の会社の人間関係等が重要であったが・・・・・・
 これから → ①人との関係を築く力、②人を見抜く力、③移動することを前提に、
 自分に役立つ資源(人・情報)を確保する力 ・・・・・・を育てる

●これから生きていくためには満足度・幸福感を高めることが重要
 ・幸福感:社会的つながりは幸福感を増加する
 ・会社と家庭以外の生きる場を作る → 多面的な生き方を求める。

つまり、人は結婚・家族・身内・会社以外の社会を豊かにしなければ生きられない
そのためには → 無縁社会に歯止めをかける営みへ、自ら参加すること。

大学生の就職活動において、学生たちは自分の考え方というより、両親の考えを重要視する傾向にあると聞きます。そうであれば、いつまでも日本の高度成長期の価値観やものの考え方から職業を選択することになりかねない。いわゆる「誰が聞いてもわかる有名な会社への就職」「安定した大企業や公務員」などなど・・・。学生たちには日本だけでなく世界の国々の現況を学び、そこからこれからの自分の人生を考えて行く力強さ、逞しさが必要と考えます。

また、若い世代は人とのつながりが希薄となっていますが、宮本さんが提言して
いるように、多面的な生き方をするためには、「社会的なつながり」を大事に
していくことを認識することが必要であり、社会の中でお互いが支え合い助け合っ
て生きていくことが求められます。
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by eastwatery | 2011-02-09 23:13