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就職・再就職講座「変革期に生きる」~その1~

ヨーロッパの紀行文を書いていたので、6月23・30日に2週連続で広島市女性教育センターで女性を対象に行った就職・再就職支援講座の報告が遅れました。

昨年度も、ほぼ同じ時期に女性対象の就職・再就職講座を開催しました。今年の講座は、全4回講座のうちの3、4回目を私が担当しました。昨年は、「キャリアとジェンダーを知ろう~就労と女性特有の問題~」(1.5時間)だけでした。が、今年は、まず3回目には、講座の持ち時間3時間の中で、10分間の休憩をはさんで、前半は昨年同様「キャリアとジェンダー・・・・・」をし、後半は「キャリアプランの考え方~キャリアの棚卸、経験の整理」を実施しました。

私は、第1回から講座内容、受講者の様子や変化を知りたかったので、第1・2回とも会場の後ろで講座に参加し、時にはファシリテーターとしてお手伝いをしつつ、毎回少しずつ成長していく受講生15名の姿を楽しみました。受講生の人数が少ない、と思う人もいると思いますが、これでも多いくらいです。

なぜかというと、1.5時間の間には、講演だけでなく、チェックシートにより受講生自身の価値観や仕事観、経験の振り返りを知ってもらったり、そのことを各グループ3~4人で話し合ってもらうという、受講生の主体性を高める参加型学習をするからです。えてして、講座は参加者人数の多さで評価をされるものですが、私たちはそうではなく、一人ひとりの姿や変化を見ることができる講座を目指しました。

今年の受講生は、第1回から講座への気合いの入れ方が、昨年とは全く違っていました。まず、講座の30分前には、すでに数人が会場に入り、準備を手伝ってくださいますし、講座10分前には、ほとんど全員がそろいます。また、やもえず欠席する時には必ず前日、ギリギリでも講座の20分前までには届け出がありました。
そういう学習態度ですから、全員講師を真剣に見つめ、微動だにせず聴講し、チェックシートをする場合もダラダラする人がいないので、予定していたより、より早く仕上がって、、その次のグループで話し合うこともスムーズに進行できます。グループの中で事前にリーダーを決めなくても、スムーズにリーダーが決まり、全員が発言します。

こういうグループなので、私が担当した回では、1・2回で同じ仲間のグループができていたので、3回目、4回目ではカードを取ってもらって、毎回グループ編成を変えました。こうすることで、より多くの人の考え方や価値観を知ることにより、自分の価値観に他者の価値観を取り入れて、新たな価値観を得やすくなってくるのです。

第3回の前半は、昨年と同じテーマでしたが、第1・2回の講座を見たので、今年の受講生に適したようにかなり内容を変えていきました。昨年の受講生は「今すぐ就職をしないが、再就職を考えておこう」という考え方の人が多かったのです。しかし、今年は、経済・社会状況が、1年の間に激変しており、5月末で解雇された人、シングルマザーで頑張っている人など、すぐにでも職を得たいと思う人が多かったのです。

そこで、私は、第3回目も4回目も参考資料を増やし、それに関して宿題も出しました。せっかく真摯な態度で受講して下さる人たちに何とか応えたいと思ったからです。これまで、いろいろな講座をしてきましたが、宿題を出して、きちんとしてくる人は少なかったのですが、今回の講座は違いました。受講生の必死さがはっきりと表われていました。

第3回目のアンケートでは「まず、自分の意識を変え、仕事と家族、自分の生き方を変えていきたい。自分を知ることの大切さがわかった。女性だからと諦めない。周りの人の目や意見ではなく、自分の意思・意志を大切にして生きていきたいなどなど・・・」、かなり自分自身の内面を知り、考えて意識を変える大切さを知った人が多かったようでした。

私が何度も、チェックシートを吟味したり、講座構成を考えたりするので、夫から「あなたの仕事は時間給10円だね」と言われましたが、時間給ではなく、受講生からお金には変えられないほどの喜びと充実感をもらいました。

第4回目の受講生の様子は、次回に書く予定です。
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by eastwatery | 2010-07-18 22:47  

小学校3年生の時のクラス会


6月24日(木)11:30~14:30のスケジュールで広島市内原爆ドームの横、元広島市民球場の斜め前にある「広島の宿 相生」で5年ぶりにクラス会をしました(私たちは、本川を挟んで原爆ドームの真向かいにある本川小学校の卒業生です)。

普通、クラス会と言えば、卒業年(小学校でいえば6年、中学校・高校:3年)の場合が多いのですが、私たちは、68歳になっても、まだ13歳違いの小3の担任だった女性の先生が大好きで、時々、こうしてクラス会をしているのです。
実は、5年前まではほとんど毎年クラス会を開催していたのですが、ここ数年間先生の体調が悪く(難病のため)、開催することができませんでした。私は女子代表、もう一人が男子代表のクラスメートで、何度も先生に「今年こそクラス会をしましょう」と提案し、何とか今年やっと開催にこぎつけました。

なにしろ、クラス会の前夜「Eちゃん、私は余り体調が良くないので、明朝、車で迎えに来てくれる? もしかして、もっと体調が悪くなったらだめかも?」という電話がかかって来ました。「先生、とにかく皆は先生に会いたくて集まるのだから、顔だけでも出してください。辛かったら、いつでも寝られるように和室にしているし、ホテルにも先生が横になれるようにお願いしているから、大丈夫ですよ。私が先生をお迎えに行けばいいのだけど、幹事として準備の都合があるので、いつも優しいA君にお迎えを頼みますから、大丈夫ですよ」と赤ちゃんをあやすように話して、何とか納得していただきました。A君にそのことを依頼すると、「いいよ、僕に任せんさい。Eさんにもいろいろ心配かけてごめんね」(広島弁)、といういつもながらのやさしいA君でした。

さて、無事に先生の体調も良くなって、クラス会を開催する運びになりました。今回は東京・横浜から二人のクラスメートの参加がありました。一人は、元広島カープの東京の応援団長をしていたTくんと、もう一人は横浜市で「古伊万里からくさ資料館」(約300年前に作られた花唐草模様の器皿150点など)を経営しているNくんです。

Tくんは、小学生の時は体格も良くクラス一のわんぱく坊主でしたが、今では2回の脳梗塞を患い、動作と言葉に少し難点があり、Nくんが介添えの役割も兼ねて参加してくれました。Tくんは、余程先生と会いたかったらしく、部屋に入った途端に不自由な体で急いで先生のもとに行き、抱きついて、しばらくワンワン泣き、先生も彼を愛おしそうに抱き、一緒に泣いておられました。この時、Tくんは、完全に小学校3年生のわんぱく坊主に戻っていたのでしょう。

二人のこうした様子を見ていたクラスメートもみんな、涙、涙でした。私は、この素晴らしい光景を見ただけでも、クラス会を開催して本当に良かった、と思いました。私は単なる連絡係、①小3の時のクラス全員の写真をスキャナーに取った後、パソコンに取り込んで、ハガキ版の写真に仕上げて皆に配布した、②花束を頼んだ③寄せ書きをのアイディアを出し、色紙を用意したことくらいで幹事らしいことは、していません。
しかし、共に準備してきたWくんは、それ以外の案内状の作成・送付、お持ち帰りのプレゼントの選定・配布、私が準備できなかった女性への案内状など、数えきれないほどの幹事の役割をして下さいました。

クラス会では、小3当時の授業の話、先生が途中で結核になられたので、皆でお見舞いに行ったこと、先生が自宅で療養中に数人くらいのグループで歩いて40分くらいの所へ先生に会いに行ったことなどなど、数えきれないほどの思い出の数々が語られました。

いつのまにか、先生の体調は絶好調となり、来年、私たちが古稀を迎えるので、お祝いとして全て先生がご招待をしてくださるという話となりました。先生いわく「あちこちが痛い、辛い、と言っておれないと思った。絶対元気になって、生きていて、あなたたちの古稀を祝うからね」。

後日、W君から集合写真、スナップ写真が送られてきましたが、先生を初めとしてみんな、本当に「しあわせ!」という表情を浮かべていました。みんなの提案で、今年から、とうとうWくんと私が永久幹事になりました。来年の私は、今よりもう少し時間に余裕がある予定なので、W君をもっと助けて、再び先生を初めとして、みんなの顔がもっとか輝きを増すようなクラス会をしたいと思っています。
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by eastwatery | 2010-07-16 22:06  

ヨーロッパ旅行(その6)


ヨーロッパの紀行文も今日で終わりとなります。5月20日に日本に帰国後、1ヵ月半もたっていますが、まだ、感動したことは、鮮やかに思い出しています。

第8日目は、午前8時にプラハのホテルを出発し、中世から残る城壁に囲まれた街、ドイツのニュルンベルクへ向かいました。ここでの観光は、大きく美しい噴水のある聖ゼバルドゥス教会、、その周辺に数多くある露店の店の数々を見て歩きました。

ドイツの露店は、日本のそれとは違っていろいろな種類の大小の露店が多く出ています。
例えば、チーズ専門店、ケーキやクッキーのお店、フルーツや観葉植物、花屋さん、ハーブの店など。そして、もちろんお土産の専門店ですが、大小にかかわらず、そのお店独特のものを売っていました。 ドイツと言えば、ワインが有名ですが、露店にはなく、私たちはそのあたりにあるスーパーマーケットで買いました。
その後、ロマンティック街道の起点の街、ヴュルツブルグへ向かいました。バスの窓からの景観は、マイン川沿いにそそり立つ要塞や、バロック建築物等を見ました。意外なことに、この街は若者の多い学生の街でもあり、また、辛口の名酒フランケン・ワインの生産地でもあるのです。

 この日は、旅の疲れも出るころでもあり、日程はゆったりと取ってありました。夕食はホテルではなく、いかにもドイツという雰囲気のあるレストランで、いかにもドイツという肉とポテトのメイン料理でしたが、ディザートに出たチョコレートムースは抜群の味でした。欲を言えば、コーヒーの味が、いまいちだったかな?というところでした。

 さて、この日は私たち夫婦がこの旅で一番楽しみにしていたドイツ人の夫婦ウォルフガング・フィッツナーさんとミラさんとの3年ぶりの再会でした。このご夫妻とは、夫の仕事の関係で10年以上も前から交流していて、このお二人が広島に来られた時には、私が広島の街をミラさんにご案内する、ショッピングを楽しんでもらうなどしていました。いつか、100円均一のお店に案内した時、ミラさんが大興奮されたことが印象深く残っています。でも、さすが堅実を重んじるドイツの方、よくよく吟味してショッピングされたのには、学ぶことが多くありました。

話が横道にそれてしまいました。今回のドイツの話に戻ります。実は、お二人は私たちが最後のヨーロッパ見物をしたヴュルツブルグの近くの街へ住んでおられるので、午後7時半ころ私たちの宿泊先のホテルへ来て下さいました。しかも、様々なドイツワインを持参し・・・。 お互いの夫婦の共通語は英語。どちらとも第二外国語を話す訳ですから、スピーキングの速さや単語なども、それほど難しくもなく表現も簡潔で分かりやすく、あっという間に3時間が過ぎてしまいました。
夫は、以前は仕事で頻繁に英語を話していたので、ほとんど不自由はないようでしたが、私の場合は、時々理解できない事もありました。やはり平素から英語を使うように努めることが大事だと痛感しました。 そうであっても、フィッツナーさんご夫妻は、二人とも陽気で、親切で、ドイツ人特有の堅苦しさはないので、お互いに本音で話し合うことができ、本当に楽しいひとと時を過ごす事ができました。

夜も更け、さようならをする時には、お互いにハグして(抱き合って)、またの再会を約束して別れました。お二人とも仕事を持ちながらの忙しい中、車を40分走らせて会いに来て下さったことには大感謝でした。 今でもその時の4人の幸せそうな写真を出して、その夜の事を思い出しています。

翌日は、ヴュルツブルグ観光90分で大司教の宮殿として建てられた世界遺産・レジデンツの司教館へ行きました。現在のの司教は88代目ということで、いかに歴史のある司教館であるか、ということが分かります。観光後は、一路フランクフルトへ向かい、午後7時発フランクフルトよりアシアナ航空でソウル経由、帰国の途へ。そして・・・・10時間20分の飛行後、ソウル到着は午後12時20分。トランジットで日本へのソウル発は午後6時35分発なので、その間阪急交通社が手配してくださったサロンバスでソウル観光をしました。
・・・・ということで広島空港に着いたのは午後8時。数日は、時差ぼけが少し残ったようでした。これで、素晴らしい、思い出に残るヨーロッパ4カ国の旅は終わりました。長~い、紀行文を読んでいただき、ありがとうございました。
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by eastwatery | 2010-07-14 21:42  

ヨーロッパ旅行(その5)


第7日目はホテルでの朝食後、中世の街並みが残り、欧州屈指の美しい町として有名な世界遺産・プラハ歴史地区を約3時間観光しました。

最初に訪れたのは、緩やかなブルタヴァ川の街並みを一望できるプラハ城でした。このお城は名実ともにプラハのシンボルとのこと。9世紀半ばに城の建築が始まって以来、幾多の変遷を経て、14世紀に現在の偉容が整えられたということでした。
城壁に囲まれた広大な敷地には、旧王宮、宮殿、聖ヴィート大聖堂等を初めとして、博物館、美術館と、いろいろな建物がありました。

門の脇には衛兵が直立不動で立っているので、近づいて挨拶をしようと近づきましたが、微動だにせず、視線すら動かしませんでした。ロンドンのバッキンガム宮殿を守っている衛兵は、絵になるほどのファッショナブルな制服でしたが、チェコの場合は、お役人さんの服装にちょっと衛兵らしい服装を加えた感じで、それぞれのお国柄が表れていました。

聖ヴィート大聖堂は、ゴシック様式の見事なもので、内部では豪華なステンドグラスがあちこちに見られました。昼食後は、阪急交通社が特別チャーターしていた歴史トラム(電車)に乗車し、プラハの美しい街並みや有名なカレル橋などもじっくりと見ることができました。

午後は、フリータイムの後、セントニコラス教会(St. Nicholase Church)での約1時間ソプラノとパイプオルガンのクラッシックコンサートで、夢のようなひとときを過ごす事ができました。この教会は、ヨーロッパ各地でみられるような豪華な教会ではなく、ステンドグラスもあったかどうか憶えていないくらい地味で荘厳な感じのする教会でした。

楽曲としては、バッハ、ヘンデル、モーツアルト等でしたが、何といってもソプラノの独唱の素晴らしさでした。特に「アベ マリア」等は、教会の構造上、あれほどの音響効果があるのかどうか、素人の私には分かりませんが、涙が出るほど感動しました。今回の旅のNO.1と言えば、まず「セントニコラス教会でのクラッシックコンサート」を挙げるのは確実です。もともと、音楽には関心がない夫が、(いつものコンサートのように途中から眠ることなく)真から1時間のコンサートにのめり込んでいたのが、印象的でした。
このコンサートを企画してくださった阪急交通社には大感謝です。

また、私たちと共に観光をしたメンバーのどの人も「旅の疲れがとれた、余りの感動にまだ、ボーっとしている」等、ホテルに着くまで感動の渦の中にいる感じでした。
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by eastwatery | 2010-07-07 15:52  

ヨーロッパ旅行(その4)


6月1日に料理について書いた後、紀行文を書く暇もなく、相変わらずの忙しさの中で過ごしていました。その日々は、仕事だけでなく、プライベートの面でも、活動の面で時間をとってしまい、気分的に紀行文を書く余裕がなかった、というのが、正確な言い方かもしれません。その上、PCが故障して10日間は使用不可だったので、すっかり遅くなってしまいました。

さて、これまで4日目までの旅と調理について書いてきましたが、あのように書いていては、他に書きたいことが書けないので、旅の話は今回も含めて2回で終わることにしたいと思います。

5日目は、いつものバス(専用車)で午前8時時にウィーンを発ち、ハンガリーのブタペストに向かいました。ドナウ川をはさんだブタとペストの二つの町には、波乱に満ちた歴史の足跡がそこかしこに残っていました。地形的には丘が多く、王宮や遺跡、2世紀頃に栄えた建物が残る静かな町ブタ。

一方、国会議事堂や国立オペラ劇場等、政治や経済、文化を彩る建築物が立ち並ぶペスト。対照的な二つの町の姿を見ました。私たちは、ドナウ川が見える小高い丘にある「漁夫の砦」からオレンジの瓦屋根の家が木々の緑と美しく映えている街並みを楽しみました。

その次に訪れた「王宮」は13世紀に最初に建てられた後、ハンガリーの波乱万丈の歴史の中で戦争、火災、大改築を繰り返し、第2次世界大戦においても大打撃をこうむったとのこと。したがって、現在の「王宮」は1950年代に修復されたので、建物自体はそれほど古くはないのですが、その姿は威厳に満ちたものでした。

ハンガリーで買い物をする時には、ユーロではなくハンガリーの通貨を使わなければいけません。(しかし、お釣りの場合はお店によってはユーロで返してくれる時もあります)。
通貨の単位の名前はフォリント(Forint)であり、5月の時点で100フォリント=50円と換算してショッピングをするようにいわれました。ハンガリーのレストランでの昼食は、ハンガリーの典型的な料理である「パプリカチキン」でした。特別特徴はありませんでしたが、口当たりの良いものでした。相変わらず量は多く、やはり半分しか食べることができませんでした。

ハンガリーで気づいたことは、他の3カ国と比べて、まだまだ経済的に貧しいという感じの風景を見たことでした。地下道を通った時には、今の日本では珍しい風景・・・箱をおいて通行人から僅かのコインをもらっている人、いかにも生活が困難か、という服装でした。
また、他の国々では、多くの家や屋根にソーラーが備わっていましてが、ハンガリーでは、そういう家はめったに見ることができませんでした。ただ、風を利用して電気を起こす風車は、低い丘のあちこちで見られました。ドイツでは、国がかなり高い料金で各家の電力を買うということもあって、多くの家では、想像以上にソーラーが備わっていました。

第6日目は、ウィーンを発って、楽しみにしていたチェコへ向かいました。最初に訪れたのは、ボヘミアの深い森と大きく曲がったブルタヴァ川に守られる世界遺産の街チェスキー・クロムロフの歴史地区のでした。この街は世界で最も美しい街一つと言われています。
 石畳の敷かれた道が続く、中世そのままの雰囲気が残されている街中を抜けて、中世の面影が残るチェスキー・クロムロフ城へ行きました。13世紀に創建されたこの城は、その後次々に新しい建物が付け加えられ、それぞれの時代の様式が見事に調和した、巨大な複合建築でした。当日は、思い出に残るほどの感動はありませんでしたが、第7日目には、一生の思い出に残るチェコで素晴らしい体験をすることができました。

 このことは、第7日目のブログをご覧ください。
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by eastwatery | 2010-07-07 15:05