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ヨーロッパ旅行 その3

第4日目には、午前8時30分にザルツブルグを発ち、ヨーロッパ有数の美しい街ウィーンを訪れました。ここでは、約3時間で、世界遺産・ウィーン歴史地区観光をしました。

その場所とは、ハプスブルグ家が、フランスのベルサイユ宮殿を凌駕せんとして建てた夏の離宮と呼ばれる、世界遺産のシェーンブルン宮殿です。ベルサイユ宮殿も以前訪れていますが、この宮殿より、もう少し小さかったような気がします。中に入ってみると、豪華な部屋やホールもありますが、資金が続かなかったこともあって、ベルサイユ宮殿の鏡の間を模した部屋は、とても本物に及ばないほど貧弱でした。絢爛豪華風にできないのであれば、あまり飾り立てない質素で上品な雰囲気であればいいのに・・・・・と、またまた、ここで人間の卑しさを感じ、長い見学時間も退屈な感じでした。

しかし、広大な裏庭からグロリエッテの建つ丘を望むことは素晴らしかったし、そこかしこに建てられている多数の彫像には驚きました。また、この裏庭から遠くにシュテファン寺院が見える光景は美しいものでした。その他、宮殿構内に作曲家ブルックナーが住んでいた家等もありました。

その後、バスからの光景としては、懐かしい映画「第三の男」の舞台になった所なども見ることができ、そこにはまだ映画に登場した観覧車もそのまま動いているとのことでした。いかにも、一つ一つの物を大切にするヨーロッパの国々だと感心しました。
今回の旅行では8組の熟年カップルがいるので、「第三の男」という映画名を聞いた時に、熟年世代からは「はぁー」と感嘆する声が漏れました。

また、今は美術館とされているベルヴェデーレへ行く予定もあったのですが、ここは時間の関係で訪れることはできませんでした。この日は、グループの中でちょっとした事件がありました。
グループの中の二人の連れが、とてつもなく広いシェーンブルン宮殿で迷ってしまって、集合時間を過ぎても正門の集合場所に来られず、大騒ぎになりました。心やさしき添乗員さんが、あちこち走りまわっても、駄目でした。しかし、やっと30分後に二人がその場所に帰ってこられました。しかし、今度は、添乗員さんが2回目の彼女たちを探すために再び宮殿に入っておられ、携帯電話でやっと連絡が取れ、このドタバタ事件は一件落着ということになりました。

このことから、いかに自分勝手な行動が多くの人に迷惑になるか、また団体行動の時には平常の感覚や行動以上に自分をコントロールする自律心が必要だと思いました。しかし、これだけ心配をして駆け回った添乗員さんは、表情一つ変えることなく、この日の最後までにこやかに皆さんのお世話をして下さいました。彼女はまだ30代の前半だと思われますが、人間として、またプロの添乗員として優れた能力と人間力のある方であり、ますます彼女を尊敬し、信頼感が増しました。

 ウィーンでは2連泊ができるので、気分的にはリラックスできました。さらにホテル(NHダヌーブシティ)は一流ホテルで、その設備を初めとして、全て満足のいくものでした。このホテルはヨーロッパはもとより南アメリカ等にも多くのチェーンホテルを持っており、フロントの対応もこれまでのホテルよりホスピタリティを心得て、笑顔も良く気持ちのいい接客態度でした。

これまで、一度も料理について書いていないので、明日は料理を中心として書いていきたいと思います。
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by eastwatery | 2010-05-25 23:19  

ヨーロッパ旅行 その2


旅行の第3日目の5月13日には、ドイツのフュッセンのホテルを出て、モーツアルトの生誕地であり、音楽の都として名を馳せるザルツブルグへ向かいました。
ザルツブルグまでには、専用バスで約4時間を要するので、途中で、2回サービスエリアに寄りました。ドイツでは、労働者の人権を守るため働く環境が厳しく規制されています。例えば、ドライバーは2時間以上運転したら15分休憩、その次にさらに2時間走ったら必ず30分の休憩をとることを権利として保障されています。しかも、アウトバーンといえども、バスの場合は、速度制限があり、時速100kmでドライブするように統制されています。

したがって、ドライバーにはストレスが少なく安全運転をしてもらえるので、乗客としては安心して、居眠りすることもできます。さらに、私たちのドライバーは、ロマンチストで添乗員の説明が終わると、「禁じられた遊び」や「愛と死の・・・」などやモーツアルト等のクラシックのCDを邪魔にならない程度にかけてくださいます。

しかし、そうであっても、そうそう寝てはおられません。窓外の景色は郊外であれば、広葉樹の木々がずっと続き、時にはマロニエ、八重桜等もみることができるのです。また、広大な平野にはジャガイモ畑や牧草の緑のところどころにドライバーさんが「黄色の海」と表現した菜の花畑が、ものすごい広さで植えられており、ずっと走っていてもその美しさに飽きることはありません。ちなみに菜の花は、菜種油をとるために植えられているのです。

さて、この辺でザルツブルグの話に移ります。ザルツブルグ歴史地区観光ということで世界遺産となっています。また、この地は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」ゆかりの街としても知られ、落ち着いた街並みが大自然に囲まれている美しい古都です。ここでは、約2時間の余裕があったので、まず、「サウンド・・・」でおなじみのミラベル庭園を訪れました。訪問する季節としては5月が最適という通り、西洋式庭園として整然とデザインされた庭には、さまざまな花々が咲いており、旅の疲れが癒される思いでした。

次には、街並みの中にあるモーツアルトの生家(少し装飾的な黄色の建物)の3階・4階にモーツアルトが生誕以来、その成長に合わせて写真や楽譜などが丁寧に展示されており、説明文も
ドイツ語の下に英語が書かれていたので、日本人にも理解できるものでした。幼い時から天才と呼ばれ、その才能発揮して輝かしい人生を歩んだモーツアルトでしたが、結婚後、35歳という若さで亡くなってしまったのは、大変残念なことでした。

その後は、石畳の赤い屋根、花で飾られた家々のある美しい街並みを少し歩きました。が、当日のホテルはザルツブルグ郊外に位置しているので、早めに街を発ち、田舎風のホテル「アレーナシティ」に到着したのが午後5時。その後、夕食を摂りましたが、午後8時でも外はまだ少し明るいので、ホテルのはすかいの方向に12日に訪れたノイシュバンシュタイン城を望むことができたので、ぼんやり浮かび上がるこのお城を見て、第3日目の旅は終わりました。
 
明日は第4日目の5月14日、ザルツブルグから世界遺産・ウィーン歴史地区観光(シェーブルン宮殿等を訪れたことを書きます。4日目は、朝8時30分にホテルを出て、午後8時にウィーンのホテルへ到着という長~い1日となりました。
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by eastwatery | 2010-05-24 22:48  

ただいまぁ~・・・帰りました(ヨーロッパ旅行 その1)

5月11日、午前11時半に家を出て、広島空港発9時40分(韓国)アシアナ航空のソウル経由でフランクフルト(ドイツ)へ旅立ちました。(時間差は7時間、飛行時間約1時間30分)フランクフルトには午後5時にやっと到着しました。そこから、専用バスに乗り、旅仲間29人+添乗員1人+専用ドライバーの31人で宿泊先のハイデルブルグへ向かい、午後7時30分にホテルへ到着しました。長~い1日でしたが、ホテルは心地良いもので、ぐっすりと眠りました。
今回の旅では、添乗員さん、ドライバーさん共思いやりがあり、機転が利いて、仕事に対しても責任と誇りと喜びを感じているお二人でした。参加者とも楽しいおしゃべりができ、今までで一番人とのつながりを楽しんだ旅でした。

(ここまでは、21日に書いたのですが、途中で眠ってしまいました。22日は1日中相談員の
研修があり、疲れ果てて、眠ってしまいました。どうもまだ、時差により、日中でも眠くなる傾向があるようです。以下は、23日に書いたものです。)

5月12日、白鳥城とも言われているノイシュバンシュタイン城へ。
ディズニーランドのお城は、このノイシュバンシュタイン城をモデルにしているとのことです。
このお城は10年前にドイツへ行った時に訪れているので、この城が未完成だということは知っていましたが、今回も外壁を工事中でした。城主のルードヴィヒ2世は、この美しい城をつくることに一生をかけました。借金をしながらも城の建築に固執して、その挙句最終的には精神病と周囲から言われ、不幸な最後を遂げたということでした。
以前も、この話を聞いているので、いくら城の外観が素晴らしくても、貧しい人々からの税金や借金をしてまで自分の思いを遂げようとした心情を理解できず、私は、真からこのお城が美しいと思えませんでした。「幸せに生きるとはどういうことか」を考えさせるお城でした。

その後、世界遺産のビ―ス教会を訪れました。この教会は、先の白鳥城とはま逆で、古く廃れていた教会を、ある神父さんが再興したことを信者たちが喜び、信者からの献金が多く集まり、ステンドグラスの美しい大聖堂が出来上がったのです。白鳥城と全く違うのは、白鳥城は、内部がいくら金や宝石でさまざまな装飾が施されていようと、温かい雰囲気が感じられないということ。

その一方で、ビース教会は、ステンドグラスの多さもあると思いますが、大聖堂全体に心を和ませる雰囲気が満ち溢れおり、もう少しゆったりと教会の椅子に座っていたい気持ちでした。

5月13日は、華麗な中世の街並みを残すザルツブルグ市街の歴史地区を訪れました。
これは、明日のブログでご紹介します。
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by eastwatery | 2010-05-23 21:57  

「母の日」の贈り物


母の日(5月9日)の2日前、ゆうパックで息子からプレゼントが届きました。
昨年も、ゆうパックで花の寄せ植えを贈ってくれたので、「もしかして?・・・」という
熱い気持ちをもって箱を開けてみました。

当たり!でした。十数個も蕾をつけた真っ赤なカーネーション、斑入りの弦の小鉢、白い花が4つついたスパティフラム、もう一つは小さな花がいっぱいついたサボテン系の花(ちょっと名前を忘れてしまいました。もう年ですねぇ)

1昨年は、薄緑のカーネーション、昨年は今年と同じ赤のカーネーションと他の花々の寄せ植えでした。今、薄緑のカーネーションは、ボツボツ蕾が開き始めています。
そして、昨年の花たちは、1年間でずいぶん成長し、子どもから大人になったようなサイズになっています。

今夜は、明日、私たち夫婦が旅立つので、息子が夕飯を一緒に食べると言って帰ってきました。何時も深夜まで働いているのですが、今日は早めに切り上げることができたようです。
家に着くなり彼が言った言葉は、「贈った花たちはどう?忙しかったから早めにゆうパックで、カタログをみて頼んだので、実物を見せて」ということでした。

きっと、彼はそう言うと思いました。なるべく早くかごに4つの植物が入っているのを、大きな鉢に移し替えなければいけないのですが、彼がアパートに帰った後でも移し替えればいいことで、すから、プレゼントをしてもらった、そのままの姿を息子には見てほしかったのです。

だから、息子がリビングに入るなり「花は?」と言ってくれた時は、本当に嬉しかったのです。
私は、人にプレゼントをしようとする時には、この人には何をプレゼントすれば、喜んでもらえるか、を考えます。そこには品物だけでなく、その人に対する思いやりや愛があると思うのです。だから、息子が写真で頼んだプレゼントを、すぐに見たいと言った時に、本当に嬉しかったのです。

来年まで、今日プレセントしてもらった花々の子どもたちを元気で、逞しい大人にするよう、
育てていきたいと思います。 ありがとう!Kさん、また1年元気に仕事をし、活動をしていくよ。
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by eastwatery | 2010-05-10 21:57  

10日間、お休みします


このところ、温かい、というより“暑い!”という感じの日々でしたが、皆様にとってはいかがでしたか?

今日は、朝一番に「せせらぎ公園」でウォーキングを楽しみ、帰宅後は、ひたすら夕方まで庭仕事に専念しました。なぜ、そんなに長時間庭仕事をしたかといえば・・・・。

私たち夫婦は実弟夫婦と共に11日から20日まで中央ヨーロッパへ旅行するからです。
中央ヨーロッパに当たる国は、いろいろありますが、今回、私共が訪れる国はドイツ、オーストリア、チェコ、ハンガリーです。わずか10日間で4カ国ですから、忙しい旅になると思いますが、
3年前から訪れたいと思っていた国々なので、楽しんで来たいと思います。

私が、2月末まで勤めていた協議会に就職する前から、夫から、ぜひこの4カ国の旅をしたいと言われていました。夫は、現役時代に仕事で様々な国へ出張していました。
しかし、いくらを多くの国を訪れても企業戦士の出張には、当然ながら観光は、そのスケジュールには入っていませんでした。退職後、夫は時々、今回訪れる国のドイツ以外の3カ国へ何時か行きたい、と願っておりました。(ドイツは、すでに訪れているので・・)。  ところが、2007年に私が就職をし、多忙な日々を送ったために、その夢はお預けということになってしまいました。

その間、夫はひたすらこの日が来るのを待ちながら、多忙な私をいつも気づかい、励ましてくれました。だから、今回の旅は夫へのお礼と、待ちに待った二人の夢の実現となります。
ヨーロッパまでは12時間かかります。現在77歳の夫にとって、このように長時間かかる旅は、今後できるか、どうか分かりません。精一杯楽しんでこようと思います。

そうそう、このたびが実現するには、もう二人強力な応援者がいました。息子が庭や室内花々の世話をすると快く引き受けてくれ、安心して行ってくるように、と言ってくれました。私も、そのつもりでいましたが、同時に何時も夜中まで働いている息子には申し訳ない気持ちがありました。

そこへ、中学以来の大親友のKさんが、「息子さんは仕事で大変なのだから、全て私に任せてね」といってくださったのです。幸い、彼女の家は、我が家から歩いて数分の所にあるのです。彼女とのお付き合いは、すでに55年に及んでいます。Kさんからのこの申し出を、ほんとに有難く思いつつ、心おきなく明後日広島空港からヨーロッパへ行ってきます。
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by eastwatery | 2010-05-09 22:10  

友、遠方からも近場からも来る


私が福山市へいって以来、次々と友人が私宅を訪れてくださっています。

例えば、息子の幼稚園時代、「母の会」での絵本研究会での出会いから20数年来の友人。
私が仕事を忙しくしている時には、電話で短時間話すくらいだったので、仕事終了後には、なるべく早く会うということを約束していました。

彼女はフラワーアレンジメントと水彩画が得意な人です。素敵な器に彼女の自宅の庭の花をアレンジして、お土産に持ってきてくださいました。当日は、夫はゴルフへ行っていたので、簡単なランチを作り、二人でお互いの家族こと、仕事のこと、趣味のこと、次から次へと話は終わりませんでした。

そして・・・・その翌日は、オーストラリアに移住して30年、やっと広島に帰って来た友人夫婦が訪ねてくださいました。このご夫妻とは、以前私がニュージーランドから帰国後、オーストラリアに移住しようと、書類を取り寄せたところから縁が深くなりました。 我が家は、夫が「日本大好き人間」で移住はダメとなりました。それを知った、このご夫妻は移住にチャレンジし、ブリスベンから100kmの所で30年近く、日本料理レストランを営業していました。

その間には、1週間のうち4日間営業という生活でしたが、日本人の少ない地域にも関わらず結構繁盛したとのこと。しかし、彼らも夫が76歳、妻が67歳ともなると、さすがに日本に帰国したくなった、ということで広島市に近い、瀬戸内海の島で釣りを楽しみながら第3の人生を送る夢を実現させるために帰国されたということです。話はそれだけに終わらず、実は、半年はオーストラリアに居住(日本が寒い時には南半球で過ごすということ)、後の半年を瀬戸内海の島の別荘で(?)で暮らすということです。そもそも、彼らが日本脱出をしたときは、日本の高度成長期で、企業戦士の彼は、「このままで人生を終わっては、後悔する。オーストラリアで釣りをしながらのんびり過ごしたい」という思いでオーストラリア移住を決めたのですから、30年たって、やっと夢が実現できることになったのです。

その翌日は、中学校以来の私の親友が、訪ねてきてくださいました。彼女は結婚の時に、お互いに行き来が楽にできる所がいいと、先に結婚していた我が家の近くに家を構えました。そこは、我が家から5分くらいの所で、何かにつけて、さりげなく思いやりを持って、私が困っている時、
動きが取れない時に、助けてくれ、励ましてくれる人です。彼女がいなかったら、私の生活は、スムーズニ送れなかったこともあった、と思います。考えてみれば、お互いに支え合って53年、真実、親友として、付き合ってくださいました。彼女とのおしゃべりも夫も含めて数時間に及び久しぶりに、再び彼女の寛容で、温かな人柄に感動しました。

それから、1昨日は、私の友人ご夫妻が来宅。彼女とは、相談員仲間で、相談員になりたての頃には、相談の員の先輩として、いろいろ教えていただきました。
ところが、ある日、胃を全部摘出するほどの手術となってしまいました。当分の間、食べる量もわずかの日々でした。何とか一緒に食事をしようともう一人の仲間と共にバイキングレストランに彼女を誘いました。それがきっかけとなって、野菜主体のランチは彼女に食欲を取り戻させました。なんと、その日以来、彼女は少しずつでも食欲を増すことができました。
そうであっても、放射線治療は、大変です。薬や治療の副作用で、最近、背骨が圧迫骨折となって杖に頼って歩く生活になってしまいました。どこへ行くにも、夫のMさんが彼女のアッシーとして付き添い、ご夫妻ともその現状を受け入れ、できる範囲で行動をしておられます。約1週間前「Eさんと話したい」と彼女から電話があり、ティータイムをしながら話すこととなったわけです。
ご夫妻に来ていただいて、いろいろ話すうち、二人とも定年退職者ですが、Mさんと私の実弟とは同じ会社(部署は異なる)ということが分かりました。急遽、我が家から車で15分の所から弟夫婦もティータイムに参加し、3夫婦そろってのおしゃべり会となりました。

こうして、この何日間を振り返ってみると、様々な人生を歩んでいる人と共に自分の人生のページを作って来たのだと、改めて人とのつながりの大切さを感じました。
まだ、これから夫の後輩夫婦2組を自宅に招待して食事会をしたい、という夫の要望が出ているので、無理のない日程を計画し、おしゃべり会を開催したいと思っています。
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by eastwatery | 2010-05-04 22:28