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働く女性を対象した講演(2)(2010年1月24日)


続きです。「ハッピーキャリアを築く」ためには、女性のやり方次第で「ハッピーキャリア」はできるということでした。その方法は、小さいチャンスを活かせば、次にそれが中くらいのチャンスにつながり、最終的には大きいチャンスをゲットできるということです。その詳細は、・・・・

①「今、ここにある仕事」がチャンスを運ぶ
②どんな仕事も面白がる
③「楽しいことをする」は×、「やっていること、することを楽しむ」は○
④目の前にいる人(上司だけでなく同僚・部下も含む)の信頼を、まず勝ち取る
⑤身近なロールモデルを探し、自らの枠を取り払う(自己否定をしない)
⑥経営者マインドをもって働く

最後に、麓さんは自分が44歳で編集長になった時に、子どもさん二人から、次の様なプレゼントをもらった話をされました。

①このチャンスを活かして身を粉にして働きなさい!
②仕事をしている時は幸せそうだね!

この二つのプレセントは、麓さんが働き続けていることを全面的に受容し、そういう母親を誇らしく思っている子どもたちからの、どんな品物にも変えられない大きなプレセントだったと思います。

麓さんは、保育所が午後6時で閉所されるので、それ以後誰かに子どもの世話をお願いするために、保育してくださる人を募集している旨のチラシを作成し、1軒、1軒、ポスティング(郵便受けに入れる)をし、やっと一人親切な人に恵まれ、仕事を続けることができたとのこと。配偶者も同じマスコミで働く人であり、全く頼りにすることはできないための苦肉の策でした。

そういう経緯がありながら、働き続けてきた麓さんにとって、二人の娘さんからのプレゼントはそれ以後、仕事を続けるうえで、支えとなり、励ましとなったことでしょう。

麓さんの講演は、今まで聴講した講演の中で一番心に響いたものでした。客観的データと具体例を示しながらも現状を踏まえ、これからの希望を与えるものでした。聴講した80名ばかりの人々に勇気を与えたと思います。同時に、女性自身も仕事に対して甘えを持たず、何ごとに対しても前向きに考えて自ら行動することの大切さを教えていただきました。

私が、この講演で一番感じたこと・・・・それは「働く女性が感じる罪悪感の払拭」でした。世間の「親が働いているから・・」
という視線や考え方を気にして、自分のしたいことができない事と言うのは、自分の人生を自分で創造することができません。そうではなく、世間の目である「出る杭は打たれる」にくじけず「出すぎた杭になる」事を通せば、自分の信じた人生を歩むことができるし、家族もそれを応援してくれると思います。「一生懸命の人」には応援したくなるのが人間です。だから、世間の目を気にしない生き方を通すことによって「罪悪感」をもたいない事が、働き続けることができる絶対的条件と思いました。

講演終了後、1対1で麓さんと話すチャンスを女性会議の理事長さんが作ってくださり、短時間であっても話し合うことができました。

帰宅後、彼女にお礼のメールを送ったら、翌朝メールチェックをしてびっくり! なんと午後11時頃に送信した私のメールに対して翌日の午前0時過ぎに丁寧な返信をくださり、「さすが!」と思いました。彼女は、講演中も私と話すときも、よくありがちな「講演者が上で聴講者が下」という意識ではなく、常に両者が水平の関係であることを感じさせる態度でした。

そのこともあり、メールの返信の素早さと共に「さすが!仕事ができる人、ハッピーキャリアを築いた人は、「人間力」があるのだ、感動しました
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by eastwatery | 2010-01-25 00:35  

働く女性を対象した講演(1)(2010年1月24日)


まだ、お正月気分も冷めやらない1月9日、(財)広島県女性会議主催の講演「ハッピーキャリアのセオリー~働く女性がニッポンを元気にする~」を聴講しました。講演者は『日経WOMAN』編集長麓幸子さんでした。

冒頭に、麓さんが言われたのは「幸せに生きている人には、人間力がある」ということでした。その後、麓さんは大学卒業後、日経BP社に入社し、結婚・出産を経て50歳の現在まで働き続けてきた概況を話されました。また、本論では、「ハッピーキャリアを築くためには」について、データと具体例を示しながらの講演でした。

まず、働く女性の現状においては、
1)女性の70%が出産前に辞職、
2)女性自身がやり甲斐のある仕事をしようとしても「女性だからダメ」という企業の体質、女性自身が30歳までに成果をたしたいと思っても難しい、
3)保育所不足、保育所の開所時間は午後6時か7時までというのは、ここ20年間変わらず。

これらのことから、20年間、女性の非正規就労が増加して男女における所得格差が大きさは変わらず、子どもを産みたくても産めないということから出生率低下は女性のストライキか? 
一方、西欧の現状を見ると
1)子ども手当が高く、
2)社会保障が実施されており出生率の低下はない

これらのことから、見えてくることは、
1)女性が真面目なために、子どもを産んで仕事をしている場合、”自分は~ができない“と自分自身を責め、罪悪感を持って悩むことである。
2)日本は、女性の生活体験を含めた女性の能力を活かしていない(家事・育児な度の体験は貴重)。

しかし、最近は企業が変化しつつある。
1)日本は、構造的な転換期であり、「変革期」に入っている、
2)企業は、性差を問わず、優秀な人材を求めているので、女性にとっては、「今の時代」はチャンス。

その理由・・・・
1)少子高齢化による労働力不足、
2)ダイバーシティ(多様性)マネジメントの広がり、
3)経済のグローバル化、市場の多様化など。

「女性が働きやすい会社ベスト10」において1988年と2008年を比較してみると、
1988年には、大きなデパートが6割を占めているが、1998年では、P&G,日本IBM、ジョンソン&ジョンソン等の外資系会社が入っておりデパートはわずか1店。

また、それらの会社の特徴は
1)女性が管理職に登用されてイキイキと働いている、
2)出産・育児に関わらず、働き続けることができる」(既婚女性33.5%、女性が社長20.8%、育児経験者20.7%、男性の育児休暇者がいる等である。

その一方で、
1)企業は、働き続けたい女性が多いと思っていないが、実際には、女性活用をしている会社は業績が上がっている、2)女性の場合、ロールモデルがおらず、相談する人がいないために、働き続ける難しさもある。

男性の場合、2007年7月、『日経WOMAN』の調査(平均年齢30.8歳:300人)によると35歳以下の男性においては、
1)専業主夫OK68%、
2)女性の地位・給料が男性より上OK76%、
3)仕事とプライベートは分けたい85%、エコ・ロハス・スローライフに憧れる58%、であり、多くの男子が「結婚するなら看護師がいい」とのこと。

では、「ハッピーキャリアを築くために必要な事は?」についてと私の感想については、(このブログが長すぎるので)次の(2)について書きます。 ここまで付き合っていただき、ありがとうございます。
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by eastwatery | 2010-01-24 22:57  

ウォーキングを楽しんでいます(1月19日)


仕事もやっと落ち着き、1週間に3日だけ出勤すればよくなりました。まだ、すべてがOKと言う訳ではありませんが、ほぼ大丈夫というところまで来ました。

そうしたら、どうでしょう。あっという間に2kg、体重が増えました。友達いわく「今まで、やせすぎだったのだから、今がちょうどいいよ」と。そうかもしれません。今の仕事に就いて2ヶ月後には6kg減ってしまったのです。完全にストレスでした。食欲はあるのですが、睡眠が十分とれず、これが一番の悩みでした。だから、夫にもずいぶん気を遣わせたと思うし、夫にすればひたすら私を支える方に回るしかなかったと思います。

でも、今はもう大丈夫です。ゆっくり寝られるようになりました。

だから、夫との時間を大事にしたいと思い、今は、休みの日には必ず1時間くらいウォーキングの時間を持っています。我が家から歩いて5分くらいのところに「せせらぎ公園」があり、上流から下流まで歩けば1時間くらいの所です。
ここでは、鴨や鴨の一団、そして何種かの鷺がいたり、冬以外は、いろいろな木々や花が咲いています。

夫は長年、腰痛を抱えていましたが、3年前に手術をして完全復帰をし、今では8,000歩くらいは平気になりました。私は今の仕事に就く前は、30分くらいのウォーキングをしていましたが、その時、夫婦でウォーキングをしている人を見たら、うらやましく、いつかそういう日が来れば・・・と思ったものでした。

夫は2月中旬で77歳になります。現在68歳の私と共にあと何年一緒に過ごせるか(もちろん、私が先に逝くこともありますが・・・)を考えてみたら、過ぎゆく時間のひととき、ひとときは
二人にとって本当に大事なんだと思いました。

夫が企業戦士の時には、深夜帰宅、たびたびの海外出張。最高に離れていたのは、夫がビルマ(ミャンマー)へ駐在所長として居住していた時でした。私は、夫の母(義母)の世話があり、その役割で日本で生活しました。その間に義母が突然亡くなりなど・・・・夫が定年退職をするまでは、二人が共にゆっくり過ごす日々はありませんでした。その上、二人が社会人学生として大学・大学院でへ進学したりなど、いろいろあって・・・。

それぞれの人に、それぞれの人生があり、起伏もあるので、皆同じだと思いますが、そうだからこそ、今、私は夫婦の時間を大切にしなければ・・・と思っています。そういう意味では、ウォーキングを二人ですることは、自然の中で気持ちが穏やかになり、のんびりとした会話ができると思うのです。

散歩の時には、必ず食パンを何枚か持って行って、鴨や鳩などに与えます。ちょっと遠くに花離れていても、こちらが、パンをやろうと思う時には分かるのか、パーっと鴨の一団が来るのです。それと共に鳩たちもやってきます。

こん仕事が2月末に済んだら、また、新たな仕事が始まりますが、これは個人でタイムマネジメントができるので、自分の時間を持つことができます。散歩に限らず、コンサートに行ったり、映画を見たり、読みたい本を読んだり、今まであまりできなかったことを二人でしていきたいと今から楽しみにしています。
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by eastwatery | 2010-01-19 22:20  

昨年12月30日に嬉しいことがありました(1月2日)


仕事が休みに入り、我が家に帰ってきた息子のKに彼の親友Jくんから突然、これから我が家に立ち寄るという電話がありました。年末の忙しい時に、突然、ある届け物をしたくて電話をしてきたということでした。

彼は、Kの大学時代の同級生でアルバイトの帰りに、良く我が家に泊りに来ていました。弟も大学生と言うことで自分の学費は自分で稼ぐために深夜まで飲食店でアルバイトをしており、時として、電車の最終便に間に合わず、下宿に帰れないときに泊りに来ていました。
まじめな彼は、いくら夜遅くなっても必ず朝は早朝に起き、Kを起こしてくれて大学へ行っていました。Kが親に甘えたことを言ったりすると「それは違うんじゃない?」と言ってくれるような人でした。

やがて卒業の季節。J君には、卒業式の前に愛する人との間に子どもが誕生しました。しかし、J君のこと、それ以前に上場1部の会社に就職をし、父親になっても大丈夫の準備はしっかりできていました。J君の子ども誕生には驚いたけれど、彼のまじめで一生懸命な性格は良く分かっていたので、大いに彼が父親になったことは、喜びました。

その後、時々彼は電話で近況を知らせてくれていましたが、面と向かって話したのは、5年ぶりでした。彼が私たちに見せたかったもの、それは、二人の父親になった私どもへ送るはずの住所を書いていない年賀状でした。彼とは、いろいろと話しました。現在は、同期入社のでは、トップで出世をしているけれど、仕事は本当に厳しく、決して自分には合っていない。しかし、生活のためにひたすら頑張っているとのこと。そこには、2児の父親の逞しさと責任感をもった彼の生き方がありました。

彼が一言いいました。「久しぶりにK君の家に来たけど、僕の実家に帰ったような気がする。
この家に何日も泊ったけれど、朝食にはヨーグルトまでついている朝食だったし、夕食でカレーライスをいただいたけれど、おいしかったなぁ。年明けには転勤で、山口県に行くけど、広島へ来るときには、また、こうして寄ってもいい?」

もちろん、その答えはOKです。5年前のこと。私は、彼がどのくらい泊ったか、どんなものを
彼が喜んで食べてくれたか、何にも憶えていないのです。まさか、彼が5年ぶりに我が家を訪れてくれて「実家に帰ったようだ」と言ってくれるとは思ってもみない事でした。

翌日の31日の夕方には、またJ君からのサプライズがありました。Kに「近くまで嫁さんと子どもと来ているから、ちょっと立ち寄っていい?」もちろんOKです。本当に幸せそうなJくん
一家で、他人事とは言え、本当に嬉しいことでした。

山口県へ転勤しても、こうしていつでもふらっと我が家へ立ち寄ってくれることを願っています。
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by eastwaterY | 2010-01-03 00:17  

2010年 明けましておめでとうございます(2010年1月1日)


あけましておめでおうございます。
広島では、庭全体が雪に覆われ、神聖な気持ちで新年を迎えました。
皆様の地域は、いかがですか? 私のブログを読んでくださり、コメントの交換をしている人の中でも岩手、金沢、東京、大阪、そして、広島にもいらっしゃるので、それぞれの地でお元気で新年をお迎えになったことと思います。

昨年は、励ましをたくさんいただき、ありがとうございました。また、キャリ支援、教育のことなどについて意見交換をさせていただき、感謝申し上げます。今年もよろしくお願いします。

私ども一家3人は、新年が明けると同時に、自宅近くの神社に参拝に行ってきました。雪道には、参拝に行く多くの人が往き来い、日本の平和の有難さを痛感しました。

考えてみれば、こうして3人が元気で、そろって新年を迎えることは奇跡だと思いました。
今までそういうことは、あまり感じなかったのですが、2月には夫が77歳、9月には私が68歳になることを思えば、巡りくる1日1日を「奇跡」と思い、大事に生きていかなければ・・・・
と思いました。

これまで年齢で、自分の寿命を決めたことはなく、呑気に年齢など考えず生活していきました。しかし、今年はさすがに、「昨年のように徹夜で文書作成するなどしていては、いけないな」と思うようになりました。(一人息子の結婚もきになっているし・・・・)。今年もやりたいこと、やるべきこと、いろいろありますが、今までと違うのは私生活と仕事の境をはっきりと分けた日々を送りたい、と思っています。

そして、何よりも、このブログの趣旨である「人と人とのつながり」を大事にして、楽しんで生きていきたいと思います。
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by eastwaterY | 2010-01-01 09:20