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農業の妙味(9月25日)

中国新聞の朝刊に「農の妙味」について書かれていました。
その1~
 韓流スターのペ・ヨンジュンさんが日韓同時発売する観光ガイド本を執筆するために農の現場をのぞいたことにより、出版記念の中で「農家になりたい」といったとのこと。
農の現場では、夜明けとともに働きだし、暮れたら今日はおしまい。時計とのにらめっこをしばし忘れられた農業体験に心奪われたようです。彼は「大事を踏み、土を触りたい」と言ったそうです。

その2~
 人はおおらかな野良仕事に癒されるとのこと。給料据え置きで営業ノルマに追われ続けた脱サラ青年が農業にかかわり、「今はがんばった分、野菜がうまくなってくれる」と味の見返りに満足しているとのこと。

 作物そのものに育つ力は秘められており、それを引き出すのが人間の出番・・・・
これが農の妙味。「米を作る、ではなく、田を作る。それが本当の言い方」。これはベテラン農家の言葉とのこと。

 いつかテレビで、フリーターやニートの若者が、農家の募集に応じて、就職前のインターンのような形で、1週間の実習をしたら、早い人は半日、ふつう3~4日で多くの人が実習をやめたと聞いたので、上述の脱サラ青年の話を聞くとホッとしました。

 過日、ある人が「野菜や花、そして動物などは、人間と比べたらはるかに律儀です。人間がやったことに対しては、献身的に返してくれます」といっていました。確かにそうだ、と思いました。
私は、いくら忙しくても庭やプランターに植えている花々に対しての世話は怠らず、それによって毎日癒されています。・・・・・というのは、花たちがとても律儀に一生懸命私に応えて、次々に喜びを与えてくれるからです。

かって、飼っていた愛犬もそうでした。私が30代の時、メニエル氏病で1週間寝付いた時に、普段は足元で寝ている愛犬が、ずっと私の傍で寝て、必ず夜半に私の手をペロッと舐めるのです。私が「大丈夫よ」というと、安心して寝て、また、時々舐めて、私の反応を見て安心して寝ていました。
夫曰く「僕より、よっぽどあなたのことを心配し、看病しているね」と。その頃は夫は夜半に起きるどころが、企業戦士だったので、命がけで寝たいた頃でした。
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by eastwaterY | 2009-09-25 22:26  

楽しいことがありました(9月22日)

楽しみにしていた5連休も、明日で終わりますが、それ以前とその間に楽しいことが
ありました。

まず9月17日は、私の68回目の誕生日でした。私は、人の誕生日を憶えるのが苦手(単なる横着かも?)なのに、友人たちは憶えてくださっていて、4人の人からバースディカード、手作りの絵手紙、いかにも私が好きそうな絵入りの絵はがきなどが、バースディに届きました。もちろん、メールでも「おめでとう!」と祝ってくださった人もいました。
ホントに、幸せなことでした。もちろん夫からもカードと素敵なプレゼントがありました。
これは、ちょっと内緒です。

もう一つの嬉しいこと。これは9月20日のことです。小学校1年生の時のクラス会があったのです。担任のY先生は、現在81歳ですが、まだご健在なので、今のうちにクラス会をしようと、私が仲良くしている友人が企画してお世話をしてくださいました。

私達は昭和23年に小学校へ入学しました。その小学校は本川を挟んで向こう岸に原爆ドームがあるという場所にあり、名前は本川小学校といいます。私たちが入学した時には、まだ学校を建てることもできない状況でしたが、その頃には珍しくコンクリートで立てられた校舎だったので、あちこち傷んでいたり、崩れていてもその校舎で授業を受けることができました。

そのような状況だったので、今でも本川小学校では原爆資料室があって、海外からも見学
に来る人が多いようです。Y先生は私たちと13歳しか違わず、先生は19歳の時、臨時教
員として採用され、1年半後、広島大学へ進学して、再度小学校へ戻ってこられということ
でした。だから、Y先生にとっては、私たちが初めて担任した子どもたちであり、「そうい
う子ども達が68歳でクラス会を開催してくれるとはギネスもの」ととても喜んでください
ました。

私は、先生とは25年ぶりの再会であり、同時に毎年年賀状は写真入りで出しているので、
私のことはすぐわかってくださいましたが、他の人のほとんどは、60年ぶりですから、初
めの頃は「だれですか?」という言葉が交わされていました。

一人一人が、当時の思い出と近況を伝えあう中で、クラス会に参加できた人は本当に幸
せ者だと思いました。68歳にもなると、すでに逝去した人、健康に問題がある人、いろいろ
あって参加できない人もいるのですから。

小学校時代の話の中で「しらうお取り」がありました。当時の、のんびりとした教育の様
子を物語るものでもあり、教師も今のように追いまくられるような雰囲気も感じられない
話でした。

「しらうお取り」は、腕白坊主が4年生くらいの時に10人くらいで学校のそばの本川で、
春先にしらうおが泳いでいるので、みんなで力を合わせてたくさん取って、学校の近くの
料理屋さんに売って、小遣い稼ぎをしたという話です。しかも、しらうおを取る道具も、
放課後などを利用して仲間で作ったというのです。しかし、やがて、先生にそのことがば
れて、罰としてバケツを持って廊下に立たされたとのこと。

なんと逞しく、「生きる力」に溢れた子どもたちだったんだろう、と思ったし、その話をす
るA君は、まるで少年のような表情で、イキイキと話していました。その話を聞く私たち
も、彼の気持ちを楽しく共有しました。Y先生も「ふ~ん。そういうこともあったのね」と
のんびりとしたもの。

私たちは、食べるものには事欠く日々だったけれど、子どもが子どもらしく生きることが
できた良き時代に小学生生活を送ることができたのだと痛感し、その幸せをかみしめま
した。
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by eastwaterY | 2009-09-22 22:14