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大晦日の有難う!Ⅱ(12月31日)

今年もあっという間に1年が過ぎました。「年齢を重ねるほど、月日は早く過ぎるものだ」と聞いたことがありますが、まさにその通りだと日々感じるようになりました。

今年を振り返ってみると、家族3人が健康だったことです。一人息子Kは今春からグラフィックデザイナーとして社会人の第一歩を踏み出しました。長年、この仕事に就きたいと思っていたことが実現したのは、本当に良かったし、本人も張り切って勤め始めました。しかし、なんと長時間労働であることか! 広告業界は時間が、不規則で、長時間労働だとは聞いていましたが、せいぜい午前12時ころに帰宅できると思っていました。それが・・・・なんと3時、4時帰宅が普通の世界でした。

そうであっても、本人は自分がしたかった仕事ができることに充実感を感じ、周囲の人々に助けてもらいながら、仕事を続けました。私が心配したのは、ただ一つ「健康」でした。でも、今日まで、自分がデザインしたものを見せてくれ、私はそれをファイルしながら彼の成長を楽しんできました。

翻って、私といえば、体は大丈夫で風邪ひとつひかずに1年を過ごしましたが、精神的に大きく揺れ、秋には辞職を真剣に考えるほど悩みました。これまでの人生で仕事や社会的活動を続けてきて、いつも人とつながりながら、充実感を感じ、少々のごたごたなどは難なく通り抜けてきたのに、それができなくなってきていたのです。

年齢を重ねると心が、気持が、気力が衰えるのか、自分で自分をどうすればいいのか分からなくなっていました。そう思いながら、昨年の12月31日のブログを読むとこう書いていました。

「よほど自分自身で自己コントロールをし、『自分を知る』ことをしないと、周りに迷惑をかけるのではないかということが一番の心配です。このお正月休みに少し頭の中を仕事から離して見ることも必要かも知れません」と書いていました。これを読むと、この1年の間に私は少しも成長していません。「あなたは、よほど周囲の人に恵まれ、甘やかされてきたのですね」と言われたこともありました。その一方で「あなたがこの1年間積み上げてきたものはどうなるの?この仕事を続けていくのはあなたしかいないのよ」と言われたこともありました。

そういう中で、ブログを訪れてくださる人たちや周囲の信頼できる友人たちからの励ましや慰め、時には厳しいアドバイスをいただきながら、この1年間辞職することもなく過ごすことができました。このブログのタイトル「人とつながる”結”日記」通り、多くの人とつながりながら、来年も悩むでしょうが、少しでも成長できるように一歩一歩、歩みを進めていきたいと思います。

皆さん、今年1年間本当にありがとうございました。来年も、今年同様よろしくお願いします。
ブログを通じて、価値観や人生観が似ている人たちと知り合うことができ、心強いです。
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by eastwaterY | 2008-12-31 20:21  

ちょっと危ないです(12月30日)


今年、あと1日となりました。来年の5日の出勤まで9日あるのだから、頭の切り替えをしようと思って、休みに入ったのですが、どうも頭のモードが切り替わらないままでいるようです。

仕事をしないことに対して不安があるのです。年明けの仕事はアレコレしなければいけないことが、分かっているのだから、今の間にリラックスして気持ちをゆったりしなければ・・・・・
と思うのですが、それができない!

これって、ワーカーホリック(仕事中毒)? あのデータを-持ち帰って入力しておけばよかった、
報告書をかかなければ・・・、 来年度の計画をたてなければ・・・・。

そうはいっても、いざ取りかかろうとするとその気にはなれない。

今日は、今日と明日の料理予定の諸々を早めに作って、自分が動くことで気を紛らわせ、あとはテレビ三昧。 

昨年の暮れの休みは、どんなに過ごしたかを思い出してみると、完全に仕事からフリーになって、純粋に休みモードに入っていたと思います。危ないですね。

でもね、最近睡眠障害は治ったみたいで、夜中に目が覚めて眠れないということはなくなりました。少し安心しています。後は、劣等感を少しなくさないといけませんね、そのために不安がいっぱいなのですから。

劣等感を乗り切る方法は、どうすればいいのか? いろいろ言われています。人と自分を比較しないこと、自分は自分流で自分らしく生きていくこと、すんでしまったことをクヨクヨ考えないこと・・・・・などなど。分かっていても実行しないとね。
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by eastwaterY | 2008-12-30 23:08  

不思議なことがありました(12月26日)


今日で今年の仕事は終わり、明日から1月4日まで、9連休に入ります。
今年は、今までにないほど忙しい日々を過ごし、心身ともに限界が来そうなこともありました。しかし、何とか乗り切ることができてほっとしています。一番つらい時は、キャリアドバイザーの試験前後で、文科省への進捗状況報告と協議会会議のための文書作成があって、身動きができない時期でした。

自分を客観的に、冷静に見ることができない私は一生懸命になるだけで、自分がやっていることに対しても客観的に見ることができず、完全に舞い上がっていたと思います。その挙句に、その状態で受験したキャリアアドバイザー講座の試験は、自分からしたら悲惨なものでした。
試験日までの1か月は、とにかく必死に試験勉強をしたと思います。でも、だめだったと思っていました。

なんとか仕事の方は落ち着いても、試験のことで落ち込んだ日々は続いていました。
ちょうど、そのころ母の祥月命日がきて、家族で墓参りに行きました。
そして・・・墓前でお参りをしようとした時です。まぎれもない母の声で「合格してるよ、合格しているよ」と優しい声が耳元に聞こえました。それもはっきりとした言い方でした。

驚きました。よくTVなどでそういう話を聞きますが、まさか、私の身にそういうことが起こるとは思ってもいませんでした。すぐに夫と息子に「今、お母さんが『合格しているよ』」といってくれたの。びっくりした」と言ったら、二人とも驚いていました。墓前に立った時には、試験のことなど思ってもいなかったのですが・・・。

もともと、勘の鋭い私ですが、こういう体験は、今までの生涯の中ではなかったのです。平素楽天的な私が、あまりにも落ち込んでいるので、9年前に亡くなった母が魂を尽くして私を励ましに来てくれたのだ、と思いました。

それ以来、「私は、とにかく一生懸命学習して受験したのだから、不合格でも仕方がない。母が励ましにきてくれたのだから・・・」と気分が落ち着きました。その一方で、もし、本当に試験に合格しているとしたら、こういう不思議な体験をしたことは、すごいことだと思っていました。半分母が言ってくれたことを信じていたし、半分はただ「励まし」なのだと思っていました。

ところが、昨日「一次合格通知書」が届き、母が願ってくれていたことが真実になったことを知り、嬉しさと共にこういう不思議なことが起きることもあるのだと思いつつ、まだまだ、科学では解決のつかないこともあるのだと思いました。つくづく「人間は謙虚でなければならない」と思いました。

もともと、私は「人は死んで、肉体はなくなっても魂はいつまでも残っている」と思っていましたが、やはりそうなのでしょうか? 

今回のことで母は、死後9年たっても私のことを思い、守ってくれているのだ、という思いを強くしました。
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by eastwaterY | 2008-12-26 23:25  

誰かが、いつも君を見ている(12月25日)


「誰かが、いつも君を見ている」・・・・これは私が大ファンである小田和正さんの歌詞の一節です。大ファンなのに、どういう歌の一節なのか分からないのですが・・・・(誰か教えてください)
ずっと前から、このフレーズがずっと気になっています。

それは…人が生きていく上で、とても大事なことだと思うからです。どんな時も、どんな状態の時でも、「誰かが、いつも君を見ている」といわれることが、どんなに力になることか。
そう言われることで、「自分は一人ではない」と思え、自分がかけがえのない大事な人間なのだと思えるのです。

今年は、理由もなく「人を殺したかったから、誰でも良かった」という殺人事件が多かったように思います。また、その人たちは「目立ちたかった、人に気づいてほしかった」と言っています。
そのたびに「ああ、誰か一人でもいいから、この人に“自分に関心を持ってくれている、支えられている、愛されている”と思える人がいたら・・・・」と思っていました。

昨日TVの報道番組の特集で、二人の女性を刺した79歳の女性の生涯と彼女が経てきた人生を放映していました。彼女は「生まれてきて、一度も自分が幸せだと思ったことはない。」といいました。「これまで一人でいろいろなことをして生きてきた。79歳になって仕事もなく生活保護を受けて借りていた知人の住まいからも追い出され、行くこともなくて窃盗をして刑務所に入れてもらおうとした。それもかなわなかった。JRの駅に行ったら、幸せそう、楽しそうな
人がいて・・・・刺してしまった」。  79歳までの人生が誰からも愛された実感もなく・・・・、胸の詰まる思いがしました。

それとは対照的に刺された若い女性は、「刺されたことは、辛かったけれど、そのことによって自分はどれだけ多くの人に愛されてきたか、助けられてきたかを感じました。それまで、そのようなことを感じることなく生きてきたけれど、本当に自分は幸せだと思いました」と。

皮肉にも、被害者はこの事件により「自分の幸せ、人とつながりながら生きてきた人生を感じ」加害者は、そのことにより「ますます誰からも愛されなかったことを知った」のです。79歳の女性が、一人でも「自分を見ていいてくれる人がいる」と思って人生を送っていたら、79歳にもなって、世間を騒がすような事件は起こさなかったことでしょう。

こ番組を見ていて、本当に悲しくなりました。今、派遣社員として働いていた人たちが解雇だけでなく住む所まで失ってホームレスの生活を余儀なくされています。世代もさまざまな人たちですが、そういう場合、ホームレスではなく、実家とかきょうだいとか、一時的にでも身を寄せるところは、ないのでしょうか? そういう人たちが「誰かが、いつも君をみている・・・」という気持ちでいれば、一気にホームレスの生活を選ぶのではなく、解雇された人は「故郷に帰ろう」という気持ちになるのではないでしょうか?それほどの気持ちのやり取り近況報告などをしてこなかったのでしょうか?

「誰かが、いつも君を見ている・・・・・」と感じられる日々を過ごすことが、いかに大切なこと、いかに自分は大切な人間なんだと感じられることか・・・・・改めて思いました。そして、私は、「あなたのことを見ているよ」と発信している人間でありたいと思うし、人から必要とされる人間でありたいと思いました。

今日、キャリアドバイザー資格試験の一次合格通知書を受け取りました。ずっと「不合格」だと思っていたので、信じられませんでしたが、ホッとしました。多くの人が、「合格を信じているよ」と励ましてくださっていました。ありがたいことでした。

仕事で再チャレンジの学習支援事業にかかわり、受講生を通してキャリア教育の大切さを身にしみて感じています。相談を受ける中で、特に女性には、企業側や社会が就職に対する女性差別が根深く残っており、就職したくてもできない人が多いし、女性の方にも甘えがあることも感じています。自分が学習してなんとかプロとして相談に乗れるような人になりたいと思っています。

現在はまだ、一次の合格です。次の段階としてはインターシップ(講座企画・講師・相談業務)20時間を経て審査され、さらに報告書、面接を受け、やっとそれに合格すれば初めて8月下旬にキャリアアドバイザーに認定されるのです。再び、仕事をしながら学習の日々が始まりますが、最後までキャリアドバイザーになるという目標と希望を持って2009年を生きて行きたいと思います。

 なが~いブログを読んでいただき、有難うございました。
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by eastwaterY | 2008-12-25 20:52  

広島の北海道「リンゴ畑」へ行ってきました(12月21日)

昨日は、土曜日でしたが、好天だったので広島県の北海道といわれている高野町に訳あって行ってきました。訳とは、私が勤めている協議会で来年5月に発行予定の再チャレンジをしようとする女性のための情報誌の取材に行ってきました。

2週間前にも、高野町へ行こうとしたのですが、その日は広島市内で雪が降ったくらいの天候ですから、取材先に電話を入れたら、「積雪35cm以上ですから、絶対に来ないでください」といわれました。何しろ広島の北海道といわれるくらいで、広島で一番積雪量が多く、広島の最低気温は常にこの町といわれるくらいなのです。

取材先は、高野町在住の熟年世代の3人の女性で、山菜や野菜を使った料理を中心とし和食
レストランを経営している「りんご畑」です。情報誌に掲載する再チャレンジしている女性の分野は、起業、結婚・出産後の就職、転職のため、あるいは主婦から大学・大学院進学をして就職、趣味や得意な技能を生かしてグループでSOHOで就業など、多種多様な人たち
です。

「リンゴ畑」のある高野町は、過疎地ではあっても、地元の人たちがそのハンディを乗り越えて、何とか町を元気にしようとしている人たちが多く、時々新聞にもその様子が掲載されています。

「リンゴ畑」も元気のいい60歳代2名、55歳の1名の女性3人運営しています。特徴は、食材の大部分、地産地消を心がけ、調味料もすべて添加物なしで、自然な味を生かした料理となっています。周囲には山菜も豊富にあり、3人が交代で山菜とりをしながら、山菜や野菜料理、おふくろの味のバイキング(1,500円)を提供しています。その他にも、手作りのシフォンケーキやコーヒーなどのデザートもあります。
            
建物は、木造で外観は普通の家ですが、内部は、知人から分けてもらった田舎の大きな古家の梁が交差して家を支えている様子も見え、何となく安心感と温かな雰囲気を醸し出しています。このような過疎地であっても、結構お客さんは多く、多い日で100人、これまで顧客が一番多かったのは、220名とのこと。
 
なぜ、過疎地に220名の人たちが訪れ、行列ができたのか?それは、地元紙「中国新聞」に「りんご畑」が掲載され、この記事に注目した東京がキー局のテレビ局が1週間、高野町に滞在して取材し、その様子を放映したからです。220名は放映後の翌日に訪れた人たちですが、その中には放映後すぐに山形県から飛行機で駆け付けたという人もいたそうです。

しかし、それは一時のこと。3年近くたった今でも、人を集めているということは、やはりそれなりの魅力があるのです。昨日、私たちは「リンゴ畑」お勧めの野菜と山菜を中心としたバイキング(1,500円)を食べてみました。食材の多さもさることながら、味付けが抜群においしいのです。これまで外食した中でもピカ一といえるくらい、まろやかで、上品な味付けでした。しかも、店内の雰囲気がゆったりとしていて、和やかで、まるで実家に帰って寛いで食事をしている雰囲気なのです。これが何度も足を運びたいと思うようなリピーターを生んでいるのです。

 取材で彼女たちが心がけていることを話されました。「来店してくださったお客様には、初めての方でも、どなたでも笑顔をして、必ず一声声を かけるようにしている」、「地域の人に支えられていると思い、地域とのつながりを大切にしている」ということ。
 再チャレンジしてよかったことは「この仕事を始めてから、人との新たな出会いがあり、楽しく、お客様が道を開いてくれていると感じている」、「家に居て家事や畑などをやっていても「1日」だが、このように人に喜んでもらえることは遣り甲斐があってがあって楽しい」ということでした。

これからの夢を尋ねたところ、開店した当初から10年間は「リンゴ畑」をやって行くと決めているが、それ以後のことは、10年が来た時に、3人で話し合って決める予定ということでした。

熟年世代の「再チャレンジ」に、自分らしさを発揮して、無理をせず、人とつながりながら楽しく、充実した日々を送っている彼女たちには、ぜひ、期間限定ではなく頑張ってほしいな、と思いました。
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by eastwaterY | 2008-12-21 21:04  

クリスマスが近いですね(12月7日)


12月ももう6日。現在午前8時過ぎです。
午前6時に起きて新聞を取りに行った時には、雪の一つもふっていませんでした。
新聞を読んで窓の外を見てびっくり! 何と辺りは雪景色。
わずか1時間の間に、こんなに降って。空を見上げると灰色の空から白い雪がどんどん地上に
降りています。
見ていると、あっという間に庭を真っ白にしてしまいました。

今年は、例年より少し遅く、数日前やっと海外の友人にクリスマスカードを送りました。一番親しく付き合っているニュージーランドの友人たちから、この1年のファミリーの様子や出来事を書いたクリスマスカードがぼつぼつ届き始めました。

私もやっと頭の切り替えが済んで、ブログのスキンもクリスマスモードにしてみました。
我が家にとって、クリスマスイブは、とても大切で記念すべき日なのです。
今年のクリスマスイブで一人息子は26歳になります。本当は、2月中旬に誕生する予定だったのですが、私が41歳で高齢出産のためか、あるいは、生来の活動的な性格のため、あまり妊婦らしい生活をしなかったためか、早産になってしまったのです。体重は1,850gで生まれました。
幸いだったのは、それでも「その日生まれた7人の新生児の中では一番元気な子供。体重が少ないだけで何の心配もない」といわれるほどの元気な子どもだったことです。今は175cmを超える大男に育ちました。

ここまでは12月6日に書いていました。これ以後は7日に書きました。

彼が小1、2の時バースディには、彼自身が、近所の遊び仲間に拙い字で招待状を書いて、各家のポストに配達していました。その後から、小学生4年生までは、クリスマスイブの昼間、男女の同級生10人くらいがバースディパーティーに集まりました。だから、毎年12月に入ると、玄関に入った正面の壁には大きなサンタクロースの絵を描いて貼ったり、いろいろなクリスマスの飾りつけをし、私も子どもに帰ってクリスマスを楽しみました。

ケーキも、いわゆる苺の代わりにポッキーや色とりどりのマーブルチョコレートを飾ったケーキを作りました。苺のケーキは、毎年私の親友がプレゼントしてくれていたからです。
その他では、息子の希望で息子の顔と愛犬の顔のクッキーを焼きました。 そうしたら、とても面白現象が起こりました。私の想像では、子ども達はプロが作ったケーキを当然欲しがると思ったのですが、みんなポッキーの林立しているケーキを喜んで食べるのです。犬や息子の顔のクッキーを面白がって食べるのです。 私は、毎年意外なことが起こるのを楽しみました。主食は、子どもたちが大好きで、手のかからないカレーにしました。

そういうクリスマスイブのバースディパーティーをしていたら、息子が小5のバースディが近くなった時に「お母さん、もう友達を呼ぶバースディパーティはいいよ」といいました。
それからは、クリスマスイブは、親子3人で彼のバースディパーティーをしていましたが、最近は、クリスマスイブにできなくなりました。

というのは、その日は、どうもガールフレンドと二人で彼のバースディを祝うらしいのです。だから最近は、クリスマスイブの1~2日前に親子3人でバースディを祝っています。

これからはどうなるのでしょうか?  楽しみです。
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by eastwaterY | 2008-12-07 18:47