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「学び合い」で支え合う(7月29日)

熊本から広島へ帰る新幹線の中で27日付の朝日新聞を読んでいたら、先生が黒板を背にして、子ども達に授業をするのではない方法で教育をしている群馬県高崎八幡小学校の取り組みが取り上られていました。

たとえば、小2の算数の授業。担任の先生が授業の最初に「10を23個集めた数はいくつ?」というこの日の課題を説明しプリントを配ります。その後、子どもたちは、それぞれに教室内を動きまわります。ある子は答えを教えてもらいに行く、また、ある子は教室の後ろから算数セットを取り出し、棒やカードを出して考える子、自分の考えた答えを別の子に説明して、正しいか確認する子などなど・・・・。座った子どもはほとんどいないそうです。

先生は説明せず教室を動き回り、子供たちの様子をじっと見ているとのこと。いい考えをしている子どものところに来ると「なるほど」と言って教室中に聞こえるような大きな声で感心して見せ、ヒントのような言葉を言うそうです。そうすると、その子のまわりにほかの子が集まってくるという具合。

授業が終わりころになると先生は「学び合いは、クラスみんなが分かるまでだよ」と声をかけると、まだ考えている子のところへ他の子が走り、説明するということ。最後には、分かった子の一人を前に呼び説明させるということです。先生曰く「本当は、子ども達に最後まで任せるのが学び合いです。今日は、理解が進んだか不安があり、まとめをしてしまいました」と反省する先生。

子どもの一人は「教えて、分かった人が笑顔になるのが好き。算数は得意で教えるし、国語は時々教えてもらうこともある」と楽しそうな様子。このような授業をしていると「自分で考え、答えを見つけ出す力がついたのでは」とこの学校の先生たちは考えています。

「課題を学級全体で分かる」という目標を明確にすれば、クラスメートは、ライバルから共同で作業する仲間になるという発想とのこと。子ども達に任せれば互いに考えを伝え、理解していこうと動く、そうしたコミュニケーション能力は社会で生きていく力にもつながるということです。

このような「学び合い」を取り入れた授業の中では、「自分はダメとあきらめていた子どもたちが、支え合う関係の中で変わった」ということです。しかし、「この方法を教師が取り入れるには、これまでの指導法を一旦捨てなければならず、相当な覚悟が必要。でも、学校全体で取り組めば挑戦しやすくなる。同僚からのアドバイスも大きい」「学び合い」提唱者の西川純教授は話しているということです。

この取り組みを読んで、これは単なる学習方法ではなく、学級経営の良きモデルだと思いました。この様な「学び合い」と「支え合い」の中では、進学塾のような一人一人が、すべてライバル、というのではなく、自分の得意分野で学び合いと支え合いができ、お互いを尊敬できるようになると思います。私が大学の初等教育学科生の時に受けた授業で、この取り組みに似た例を学んだことがあります。クラスメートに教えてもらった子どもは、教えてくれた子どもに「教えてくれて有難う」といい、それに対して教えた子どもは相手に「分かってくれてありがとう」という学級経営の方法でした。

現在の日本では、経済格差から教育格差が生まれ、少しでも人より優れていること、1点でも学力を上げることが将来幸せな人生を歩むことにつながる、というような考え方の人が多くなっています。そこには、人と人がつながって、お互いに自分ができるところで「支え合おう」という考え方はないと思います。あるのは、優越感と劣等感であり、勝者と敗者という単純で明確な考え方です。すべての事をそのように決めるのではなく、これら二つの間で揺れながら、ジレンマを感じながらも、人の温かさを感じ、そこから「支え合い」の考え方が生まれるのが人間として自然であり、あるべき姿のような気がします。
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by eastwaterY | 2008-07-29 23:13  

熊本にて、2日目(7月27日)


昨夜は、一人で熊本の繁華街を歩き通し、やっとビルの地下にある小さなお寿司やさんを見つけ、
夕食を摂りました。入れるお客さんは10人くらいで、一人で入った私はカウンターに座りました。
夫婦二人で営んでいるお寿司屋さんです。寡黙なご主人が黙々と握ってくださる握りすしは、ネタの鮮度がよくコリコリとおいしいものでした。

満足な夕食後、散歩にはかなり距離がありましたが、きょろきょろしながら、やっとホテルに着き、いつもより早めに床につきました。食いしん坊の私は、翌朝の朝食を楽しみにして・・・・・。

今日の講座は9時半に会場へ行けばいいし、会場までは1分の距離なので、朝はゆっくり起きようと思っていても、やはりいつもの5時半に目覚めました。朝食は7時からなので、それまでには本や前日の夕刊を読んだり、お風呂に入っているうちに7時になりました。そうそう、ベッドもシングルでの部屋であっても、セミダブルのゆったりした広さで快適な気分でした。

さあ、朝食!驚きました。ゆかり、おかか、わかめと3種類の三角おにぎりに味噌汁。
この味噌汁は、出しがしっかり取ってあって、白菜、油揚げがたっぷり入っており、まろやかな
味の味噌汁でした。おにぎりも塩気が抑えてあって成人向きです。それにカリカリの小さな梅干し、沢庵、子つぼ漬けなど。食後のコーヒーもアメリカン、ブレンド、など選べて3種類。
みんな幸せな表情で、朝食を食べていました。だって、こんなおいしい朝食が、無料という信じられないことなのです。

そして…・講座。今日は昨日の講座企画の仕上げをして、模造紙に目的から始まって、講座内容、広報などなど、そして最後は必要経費。すべてを模造紙2枚に分かり易く、カラフルに書いて仕上げました。私たちのグループは、プレゼンテーション役、内容を深めていく役、模造紙に理解しやすく書く役の3人に加えて、私は案の作成者ということで、全体にちょこちょこかかわる役・・・と役割分担はぴったり決まりでした。これが午前中の作業。

予定では、ここで会場を後にして熊本城と水前寺公園へ行くつもりでしたが、各グループの
プレゼンテーションも聞きたいし・・・ということで、15:10発の「有明」に間に合うぎりぎりお時間まで、みんなと一緒に学習することとしました。やはり、残っていて良かったです。

他のグループの発表は、子育て世代への講座、そしてユニークな税務職員の説明力向上プログラム「税務署中堅職員の窓口対応の改善研修~コミュニケーション~」をして、税金の滞納の減少や、差し押さえの減少などを図る、というものもありました。このグループには30代?の男性の市会議員も含まれており、さすがにプレゼンテーションは的確に述べ、素晴らしいものでした。

私たちのグループも先生から講座終了後に相談会を設けるというアドバイスをいただきました。また、プレゼンテーションの模造紙2枚の明確で分かりやすいことを褒めていただき、内容も
良いので市民企画として応募し、助成金をもらうのであれば遠慮しないで300,000円くらいの予算でするようにと勧めていただきました。4人で、話し合いをしながら、短時間でこれだけのことができたのは、チームワークの良さと、なんでも話し合えたことだと思います。

2時過ぎには会場を出なければならず、帰ろうとしたら、先生が全員で写真を撮ろうと言ってくださり、熊本の人たちを忘れることのない良い思い出として、いい写真を撮っていただきました。
グルーの人たちが、「もしこの講座が実現したら、絶対に熊本に来て講義をしてね」と言われるので、その時には、また張り切っていこうと思います。
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by eastwaterY | 2008-07-27 23:14  

今、熊本にきています(7月26日)

広島で行われるキャリアアドバイザー講座のアドバンスコースの1日の講座を仕事の
ために受講できないので、熊本で開催されている講座に、一人だけ広島から来て講座に
参加しました。

ベーシックコースは、先日修了したのですが、今度はアドバンスコースなのです。だんだん難しくなっていますが、ともかくすべてのコースを受講し、試験を2回受ける予定。その後、半年間でキャリア講座の企画・運営をし、決められた単位数を取得して、はじめてキャリアアドバイザーの資格をいただけるという、なが~くかかる講座です。

今朝は4時半におき、広島を6:00発のツバメに乗って博多まで行き、そこから有明に乗り換えて、熊本まで来ました。10:00から始まる講座にギリギリで間に合い、早速学習が始まりました。3年前にキャリアアドバイザー資格を取得をした(株)TOTOの教育訓練をしている女性の方が、自分が実際にTOTOで女性たちに研修している実践を発表されました。

TOTOは、数年前に社長自ら女性が男性同様に研修を受けていないために、男性社員より昇進なども遅れいていると気づき、社長の命令1下で40歳代以後の一般職の女性たちに研修を始めたそうです。講座内容を見るとかなり丁寧に企画された講座でした。

午後は、4人一組となって、キャリア講座の企画を一人ひとりがしました。その中で1グループでひとつの企画を選択し、それを実際に企画運営していく方式で、最後は、経費まで算出しました。私の企画案が選ばれたので、私たちのグループ名は「キャリアアドバイザー東塾」で私が塾頭とのこと。私以外の人はみんな30歳代。面白いことを考える人たちです。

私の友人が数年間夫の転勤で熊本に住んでいたとき、熊本人の温かさと優しさ、大らかさに助けられ、とても思い出深い数年間を送ったといっていましたが、今日の受講生たちも皆さんそうでした。だから、私は広島から来たことをすっかり忘れて、講座の間は熊本県人になって、グループワークをワイワイ言いながら進めていきました。

明日は、午後3時過ぎの熊本発のチケットを取ったので、午前中の講座も参加し、グループの仲間がプレゼンテーションをするのを応援して、帰ろうと思っています。午前中の講座終了後は、講座会場の「くまもと県民交流館」のすぐ近くに熊本城があるので、立ち寄り、もし時間があれば水前寺公園も近いので、行ってみようかと思っています。

私が泊まっている東横インは、会場のすぐ前にあり、PCも使い放題、電話も1回3分以内であれば、全国どこへかけても無料です。さらに、朝食はおにぎり、味噌汁、コーヒーがついて無料です。シングルの部屋も清潔で心地よく、合計6,190円です。安いでしょう?
まるで、東横インの回し者のようですが、満足しています。全国のあちこちに、このビジネスホテルはあるのですから、皆さんご利用を!

そうそう、今日乗った有明の指定席は、グリーン車で半分はファーストクラスとは仕切りで仕切ってあるだけで、シートも広く心地よく、ちょっとゴージャスでしたよ。
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by eastwaterY | 2008-07-26 21:10  

子どもは、おもしろい! 可愛い!(7月24日)

今日は午後からの勤務です。
先日、子どもが若い母親に言った感動的な言葉をTVで放映していました。

風邪をひいて病床にある時、なかなか幼稚園に行こうとしない息子に
母親「幼稚園に行きなさい。あなたは、ここにいても何もできないのだから」
息子 (4歳)「心配(すること)なら、ホクできるよ」  
                 
母親「~ちゃん、ちゃんとしてね」            
娘(6歳) 「わたしが、ちゃんとしていないと、わたしがきれいにしていないと、ママが笑われるの?」 


息子 (5歳)「ボク、おおきくなったら、ボクはママと結婚するよ」
母親「ママとは結婚できないのよ。ママはもうパパと結婚しているから」
息子「ボク、パパよりも、もっと早くうまれていたら、良かった」

どの言葉にも、「ママ、大好き!」という子どもの心が表れています。なんと、可愛いこと!

現在、我が家の25歳の息子が4歳になった時に言った言葉

息子(4歳)「ボク、大きくなったら、お母さんと結婚する」
私「お母さんは、Kくんが大きくなるころにはおばあさんになっているよ」
息子「その時には、ぼくもおじいさんになっているから大丈夫」
私「でも、お父さんが一人なっちゃったら、さびしいね、可哀そうだね」
息子「だいじょうぶ、ちえちゃんと結婚すればいいよ」

私は息子が「お母さんと結婚したい」と言ってくれたことは、とてもうれしかったです。ちなみに、「ちえちゃん」は、息子がよく遊んでもらっていた、当8歳の近所のお嬢さんでした。

4歳ごろというのは時の経過も、年齢を重ねることも、まだ計算に入っていないのですね。だから、こういう純粋で、可愛いことが言えるのですね。

子育てをして良かった!と思いました。
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by eastwaterY | 2008-07-25 10:01  

キャリアドバイザ-講座(7月23日)

今回受講したキャリアアドバイザー講座は、ベーシック(基本)コースで7時間×3日間の講座でした。講師は、午前中は講座を提供しているNPOの代表であり大学教授女性の方です。この方は、キャリア教育を早くから開発して来られ、私がキャリア教育に興味をもった約10年前、国立女性教育会館の研修の時に、初めてキャリアに関する本を買ったのが、このK先生のものでした。本だけでなく、キャリア教育の演習用テキストなども購入し、キャリアの講座をする時に使わせていただきました。

だから、今回はK先生とは10年前の縁が会わなくても、そのまま続いているのだと思いました。講座の2日目に交流分析の講義があり、その時の私の自己肯定値が、あまりにも低いのに驚かれ(20名中下から2番目)、講座終了後夕食を一緒にしながら話そうといってくださり、他の講師の方二人を交えて話をしました。一流のキャリアドバイザーが3人もいろいろ聞いてくださいました。親身になって相談にものていただきました。

私自身の経歴と今の様子を見て、「なぜ、そのように自己肯定感がないのか。それではあなたはキャリアアドバイザーにはなれないよ」とアドバイスを受けました。私は、どんな状況でもいつでも、誰にでも「いつもイキイキしているね」と言われてきていますが、自分自身の内面はそうでもないことが多いのです。確かに好奇心が旺盛なのと声が大きいのでイキイキしていると見えるのかも知れません。

しかし、私自身の内面は日々葛藤が多く、その結果が「自己否定」につながっているのです。それが、シートを使ってチェックしてみたら、自己肯定感が低い、となってしまったのです。このような数値が出てしまうには、①真に、自己否定をしている時、②自分に対する理想像が高く、そのためにそこまで達しない自分を否定する、③仕事をしている場合は、その仕事の内容で求められるものが多く、それに対応しようとするときにプレッシャーがかかったり、自分自身の無能感を感じる、などがあると思います。私は現在、①③があるのです。

自己肯定ができていないということは、自己理解ができていないということであり、同時に自己肯定ができていなければ、他者理解も難しいということで、確かにキャリアアドバイザーになるのは、無理なのです。でも、私は、これまで何人もの相談を受け、その中にはキャリアに関する
相談もありました。過去においては、その相談にもうまく対応できたと思っています。

その当時、私は自己肯定もし、内面的にも安定していたと思います。自分が目指す生き方ができていたとも思います。では、今・・・・・ということです。一番大きな原因は、私には事務局長が適職ではないと思っているのす。今までトップ的な仕事をしたのは母校の大学の同窓会長を8年、長い期間でしたが、役員全員が同窓生ですから、お互い考えていることなどもりかいしやすいし、話し合いもよくできました。私は会議でもトップダウン式ではなく、ボトムアップ式をとり、何かを決める時でも必ず全員の意見を聴き、まとめていきました。トップダウン式をとるべきという人もいましたが、私の性格には合っていません。若い人からは私たちが思いつかないアイディアや考えが出てきて、ずいぶんいろいろな改革もできました。だから、自分にはこの仕事は合っていると思っていたし、事実この仕事は充実していました。現在の仕事を受けて以来、余裕もなく同窓会長は辞めさせていただきました。

ところが、現在の職場では、話し合いをすることが難しく、私の性格からして強く主張できなところがあったり、総合的にも物事を把握し、客観的な視点からに問題解決を図っていく力も弱いと思っています。そのような思いが日々積み重なって、そうした自分を否定する日々が続いているのです。何か月前にもシートでチェックしてみたら、「仕事」では0点でした。今回のシートは、もっと詳しくチェックをしたので、内面的なものが如実に出るのかと驚きましたが、もし、自分がこのまま今の仕事を続けるのであれば、他人を変えることはできないので、自分が変わるしかないと思いつつ、日々逡巡しています。
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by eastwaterY | 2008-07-24 09:20  

メンター養成講座とキャリアアドバイザー講座を終えて(7月20日)

7月18日~20日(今日)までの3日間10:00~18:00まで「キャリアアドバイザー講座」を受講しました。毎日7時間にわたる、講義、グループワークなどの学習形式で、常に時間に追われるように多くの学習を積み重ねてきました。

1日目は講座終了後、受講生20人に講師の先生方も加わって、2時間にわたる軽食付きの交流会もしました。講座の初めに受講生一人ひとりが自己紹介をしましたが交流会のおかげで、柔らかな雰囲気の中で一段とお互いのことも分かりあうこともできました。

2日目は、私にとっては超多忙の日でした。というのは、キャリアアドバイザー講座が開催されている広島市女性教育センターの隣室で6月14日から私が勤めている協議会主催の「メンター養成講座」の最終回の講座も行われたからです。私はこの講座についてはここ何ヶ月間、企画し、講師の選択、講師との交渉、広報、運営とかかわってきました。

したがって、最終回に講座担当者として「メンター養成講座」を欠席することもできず、「キャリアアドバイザー講座」を午前中だけ受講し、昼食もそこそこにして、講座の会場整備から始まって、一通りの講座準備を済ませ、参加者と共に講座を受講しました(その後、再びキャリアアドバイザー講座を受講)。今回の「メンター養成講座」も昨年度と同様、素晴らしい講師に恵まれ、毎回、受講生からは賞賛の言葉を聴きつつ講座を進行していくことができました。私は時々ファシリテーターやコーディネーター役を務めながら、参加者とともに講座を楽しむことができました。

最終回の昨日は、最後に参加者にはアクションプランとして「自己宣言シート」に“なりたい自分(キャリアゴール)へ向かって”」を書いてもらいました。その内容は、「私は、こんなメンターになりたい」、「そのための行動として・・・1. 2.  3. 」そして、シートの最後に「この宣言をした今、10年後のあなたに、どんな言葉をかけてあげたいですか?」、「10年後のあなたからは、どんな言葉がもどってくるでしょうか?」を記入してもらいました。

その後、参加者は1名ずつ前に出てみんなの前で、自分の記述した内容を発表しました。みんな初回の時と比べてイキイキとし、わずか10時間の講座で、ここまで、メンターのことを理解し、
これからの活動や自分の人生を前向きに考えていけたことだと感心しました。10年後に自分にかける言葉の中に数人の人は、「今の自分がいるのは、メンター養成講座のおかげです」と述べていました。

学習評価アンケートにおいても、「講座の満足度」は120%~70%とさまさまでしたが、ほとんどが90%以上で平均93%で大好評でした。自由記述の部分にも講師の素晴らしさ、参加者同士での学び合い、新たな自分の発見など、私が期待していたような記述を多く見ることができました。ありがたいことに講師だけでなく、担当者の私に対する感謝と労いの言葉まで書かれており、大感動でした。

まだ、肌寒いころから企画を練り、講師と何度も内容や学習方法を電話で、メールで、直接会ってなど、すべていかにすれば受講者にとって充実した、役立つ「メンター講座」になるかを考えてきたことが、報われました。講座は「生きもの」といわれますが、受講者、講師、主催者の3者で作り上げていくものだと痛感しました。今年もまた、講師と受講者の皆さんから学ぶことが多くあり、成長させていただきました。

キャリアドバイザー講座のことは明日、書きたいと思います。
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by eastwaterY | 2008-07-20 23:41  

愛とは?(7月15日)

私の信頼する友人が、ブログの中で「愛とは *ケアする *良い点を見つける *痛みを分かち合う *許す」という言葉を書いておられました。そして、それを自分に当てはめておられました。
    私は 私を ケアする    私は 私の良い点を見つける
私は 私の痛みを 分かち合う     私は 私を 許す
・・・・・・・・ということです。これは、まず自己肯定感がなければ、「他者を愛することは難しい」ということでしょうね。
「愛とは・・・・・」、この解釈は難しいですね。

まず、「ケアをする」、辞書で「care」をひくと「心配、気がかり、気にかけること、世話、気配り・・・など」いろいろ出てきます。これが日本語の「ケア」でひくと「介護、世話、手入れ」となっています。私が自分自身で「care、ケア」から思い浮かべるのは「気にかけること、世話、気配り」などです。「気にかけることは、愛しているから」とい言葉もあります。これは納得できます。

親が子どもに、いくらうるさがられようと子どものことを気にかけることは、よくあります。
80歳の母親が50歳代の息子に「けがをせぬよう、風邪をひかぬよう」と声をかけるのは、誰が考えても両者の役割が逆だと思いますが、やはり「親は何歳になっても子どものことを気にかけるもの」ということで「愛している」のです。しかし、最近のニュースでは、車の中に幼い子どもを残して、自分はパチンコをして、「子どものことを気にかけない親」もいます。これは極端な例ですが、日常的な風景としては、広い駐車場でヨチヨチ歩きの子どもの手を離して、子どもを一人で歩かせている親を見ること,よくあります。

いつか私がお節介おばさんになって、「このくらいの背丈の子どもは、バックする時には車の中の運転手からは見えないのだから・・・」と言いかけたら、すごい目をして睨まれてしまいました。子どもを「ペットではなく人間として」愛してほしいと思いました。

次に、「良い点を見つける」・・・このことに関しては、私は他の人の「良い点を見つける」のは得意です。だから、褒めた相手に「それで、褒められたのは初めて!」と喜んでもらえます。お世辞ではなく、良いと思うから褒めるのです。ところが自分のことになったら、すべてマイナス思考。褒める点がなく、落ち込んでしまいます。

「痛みを分かち合う」・・・このことは、割合できるほうですが、私の欠点は、相手の痛みに寄り添うのではなく、そのものになってしまうことです。相談を受けても相談者と一緒になって涙してしまうので、客観的に考えることができません。そういう考え方が、仕事にも影響していて、直さなければいけないと思いつつ難しいところです。

最後に「許す」・・・これが4つの中では一番難しいと思います。私は、何十年も、ある人の行為を許すことができなくて悩んだことがあります。しかし、ホスピスケアの全国大会の「許す」分科会に2日間参加して、「許す」ことができました。

それ以前から「許す」までのプロセスは・・・・・・
「その人のことを思うと、その人がしたいやな思い出しかないから、その人はソンな人だ」と思い、その次には「その人のことを思うと不快だから、なるべく思わないようにしよう」、そして・・・
「そのような言動を私にしたということは、私にどこか悪いところか、失礼なことがあったのかもしれない」と思うようになりました。20年以上かかって、そこまで行った時に、ホスピス大会へ参加し、みんなで「許す」ことについて話し合って「許せない」感情が氷解したのでした。

長い間、かかりましたが、「愛する」中で「許す」ということが、どれだけ重要か、ということ。
「許す」ことができた自分は解放感を感じ、人間が好きになりました。時間はかかっても、この過程を経ることが、私には必要だったのでしょう。
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by eastwaterY | 2008-07-15 17:47  

日本と韓国の高齢者(7月13日)

私が勤務している事務局は、広島修道大学にあります。先日、大学内の学術交流センターの書棚に並べられている『広島修大論集』をいただいてその中にある「高齢社会と地域福祉 -日韓高齢者生活意識調査2007-」を読んでみました。

私の印象では、韓国は日本と比べて一般的に社会の中であらゆる世代の中に儒教精神が根付いて残っているので、高齢者を敬い、大切にする国というイメージがありました。また、夫が現役時代に韓国に関するプロジェクトにかかわる仕事をして、5年間くらいは韓国に出張することが多く、韓国の人々について聴くことも多かったので、私なりに韓国のイメージを作り上げていたこともあります。

この調査は、人文学部社会学の、ある研究室で1999年6月から継続的に行われているものです。
日韓を比較するためには、調査地域は、いずれも農村を対象とし、調査方式は調査票を用いた聞き取り調査、直接訪問聞き取り調査です。

基本的属性では、日本の場合、65歳~74歳(前期高齢者)41.7%、75歳以上の「後期高齢者」は57.6%。韓国の場合は、前期高齢者は52.5%、75歳以上の後期高齢者は、47.5%。

まず「一人暮らし」  日本:一人暮らし18.3%、夫婦のみ35.7%、同居世帯40.2%、
             韓国:一人暮らし23.8%、夫婦のみ58.4%、同居世帯16.8%、

「健康状態」     日本:日本:健康29.6%、気になる52.7%、健康でない15.2%、
             韓国:健康23.8%、気になる33.7%、健康でない42.6%、

「年金受給」     日本:もらっている99.4%、 
           韓国:もらっている48.5%、もらっていない49.5%

「気をかけてくれる人の存在」  両国とも約80%でほぼ同等
「介護が必要になったとき施設に入るかどうか」  日本:40.1%、 韓国:30.2% 
                               (子供への依存心が少ない)
「今の自分に不安・不満」 日本:53.1%  韓国:51.5%   両国ともほぼ同じ
「不安・不満の内容」
 日本:身体46% 生活17.4% 家族身体15.5% 家族の生活12.2% 地域のこと6.1%
 韓国:身体42.6% 生活17.8% 家族身体22.8% 家族の生活13.9% 

このほか、いろいろな調査がされていますが、長くなるので、項目別の比較はこれで終わります。介護保険については、日本は腕にじっしされていますが、韓国は「老人長期療養保険」という名称で間もなく実施されることになっています。

私が気付いたことでいえば、儒教の思想が日本より残っている韓国は、子どもとの同居世帯が日本より多いと思っていました。しかし、韓国の方が自立度が高いというか、私にとっては意外なことでした。また、年金受給について、日本と比べると大きな差があり、韓国の場合は高齢者にとって経済的には不安が多いのではないかと思いました。

日本と韓国には文化的・社会的・経済的な環境の違いがあるため、単純に比較することは多少無理があるかも知れません。しかし、高齢者の「自己満足度」を支えており「積極性」の高さと「精神的支え」の充実度は、日韓ともに家族関係、地域環境が大きく影響していることが分かりました。

今朝のTVで、関東地区では30~40年前に当時では先進的な団地が作られたが、そこに入居した住民のうち、男性高齢者の「孤独死」が急激にふえている、と報道していました。子どもたちは、ほとんど親とは遠くに離れた所に住んでいるので、これからは地域福祉をいかしていく、あるいは地域の人との人間関係をどのようにつくりあげていくか、が重要であると思いました。
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by eastwaterY | 2008-07-13 17:49  

60歳からのラブレター~夫から妻へ 妻から夫へ~(7月10日)

昨年、ある人から60歳からのラブレター」へ応募してみたら、と言って応募要領の書かれた
パンフをいただきました。「ありがとう!」と言ったものの多忙を理由に書かずじまいでした。
そして・・・・・昨日。ある金融機関へ行ったら、行員さんが「60歳からのラブレター」の受賞ラブレター集をくださいました。今年で8回目を迎えたこの試みは年々応募者が増え、今年は10,824通もの応募があったとのこと。

この冊子に登場している人たちの年代は、60代が一番多いものの、50~80代と年齢層は幅広いものです。一つ一つの作品には、それぞれの夫婦の深い絆や感謝の気持ちが込められていました。欧米人に比べて言動で気持を表すことが少ない日本人夫婦にとって、このラブレターを書くことによって口に出しては言えなかった伴侶への深い想いや感謝の気持ちを伝えるには、このプロジェクトへの応募は良い機会だったのでは、ないかと思いました。

この受賞作品の中には、天国の伴侶に届けたいメッセージも含まれていました。どのラブレターも夫婦の歴史の中での、忘れられない思い出の1シーンや心に沁みるエピソードの数々で、一話一話を読むにつれ、しだいに心温まるものを感じ、感動しました。

私はこの冊子を読むまでは、どちらかといえば男性より女性の方が応募者が多いのではないかと思っていましたが、審査委員の方が述べておられるように、上位入賞者は男女のバランスが取れていました。その中でも、特に夫から妻へのラブレターは、どれも少年のような爽やかさとちょっとした気恥かしさがありました。何十年もの間、感謝や愛情の言葉を胸に秘めながらも伝えてこられなかったことを、素直にそのままの言葉で書いていることが印象的で、思春期の頃の純粋な心が何歳になっても残っていると感じました。

妻の場合は、すでに天国へ旅だった夫への思いを語っている人も割合のとしては多いように思いました。年代が60歳以上の人が大半ということもあって、長年の夫婦生活は「夫唱婦随」のタイプが多く、なおさら夫が妻に感謝しつつも、その言葉や気持ちを伝えにくかったことに対して申し訳ない気持ちを吐露している人が多くみられました。

欧米型の夫婦のように朝起きた時から「おはよう!今日の君は素敵だね」とか「今日の服はお洒落で君によく似合っているよ」などと、俗にいう「歯が浮くような言葉」(真実であっても)いえない日本の夫たちですが、国際結婚している友人から言わせれば、「日本人の男性はシャイかもしれないけれど、本当はとても優しいと思う。いざとなれば、頼りになるしね」という言葉を思い出しました。

私たち夫婦もすでに結婚して46年。10月の初旬には47年目を迎えます。夫は、本人にその自覚がなくても、すでに後期高齢者。この間もTVで介護のシーンを見ながら、「私たち夫婦もどちらが倒れても、老々介護になるね」といったことでした。
長岡京市が市民に募集した「一行詩 女と男」の受賞作品にこのような詩がありました。

ねたきり主人に 「今日は、お父さん 顔色とてもいいよ」
「そんなら」と 両手を差し出す
「二人でツイスト 踊っているみたいやで」と
しっかり手を取り合って 足踏みをする

二千年、 生きててよかった
あなたとわたし
支え合いつつ終りまで…・

こうありたいと思いました。私たちも3年後には金婚式。大目標を達成するまでは、生きていきたいと思っています。
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by eastwaterY | 2008-07-10 09:18  

「日曜エッセイ」が掲載されて(7月8日)


過日(6月20日)のブログで広島の地元紙「中国新聞」に依頼され、「日曜エッセイ」を書いたものが、7月6日に掲載されました。

以前、夕刊の「エッセイ」欄に書いた時には、信じられないようなサプライズがありましたが、(6月20日のブログ参照)今回は、それほどのサプライズはないものの、嬉しいことや励まされたことがありました。

56歳で短大進学を果たし、その勉学の様子に刺激されてパートナーが共に勉学に励まれた結果、
いろいろな資格を取得し、退職後起業をされた話の主人公のTさん。6日の早朝、5時半に
「自分のことをシッカリ憶えていて、あのように書いて新聞に掲載されていることは、とてもうれしい。近々60歳の誕生日を迎えるので、そのお祝いをいただいたような気がする」と喜びのメールをくださいました。

また、京都で暮らす大学の同級生は(私より30歳年下)彼女のお母様がこの記事をコピーして
ファックスで彼女に送信してくださったこと。読み聞かせや講座講師などをしている彼女は、文中の「学習支援者と学習者が相互学習をする」ことを彼女自身も経験することがあるので、同じような考えを持っていると共感をしてくださいました。その他、中・高校生時代の同級生、「日本女性会議2007ひろしま」で2年近く分科会:キャリア教育で活動してきた友人、現在実施しているメンター養成講座の受講生などから電話やメールをいただき、「年齢に関係なく、いつまでも学ぶことできることを知り、励まされた」と喜んでいただきました。

一番うれしかったことは、小学校3年生の時の担任の先生(80歳)が喜んでくださったことです。
以前、母親が生きている時には、何よりも一番に新聞掲載を知らせていたのですが、亡くなって9年の今、母親のように私のすることを喜んでくださり、講演会にも聴きに来てくださった担任のY先生に報告をしました。Y先生は、私が「国語が得意で書くことが上手」と小3の時に褒めてくださり、それを契機として年々私は駄文であっても書くことが大好きになったのです。

今回の報告でも「自分の教え子がこんなになって、私はうれしくて涙が出る。教師になって本当に良かったと思うよ」と言ってくださいました。被爆をしておられることから、先生の体調が悪い日も多く、毎年開催していたクラス会もここ数年は開かれていません。先生は「このエッセイを読んで励まされたので、クラス会ができるように元気になるからね」とおっしゃってくださいました。

マスコミの影響に驚きつつ、しばらくぶりにメールで、電話で、再会し、おしゃべりができたことを感謝しています。
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by eastwaterY | 2008-07-08 23:10