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最近、気になること(1月28日)

10月中旬から新たな仕事に就き、毎朝毎夕、高速道路を使って勤務先の大学へ通勤しています。幸いにもETCによって高速料金が半額になるし、通勤時間が1/4になるので、とても便利です。
高速道のインターチェンジは我家から近く、車で3分くらい。そして1区間のインターチェンジを降りると3分くらいで、大学へ到着するので、朝夕の大事な時間が有効に使えます。

しかし、そこへ向かう前に普通道の交通量の多い、大きな交差点での「あること」が、今日の「最近、気になること」なのです。私が高速道に向かうには、その大きな交差点を右折する必要があります。右折するときには直進する人たちや自転車のための横断歩道があります。

私が気になるのは、その横断歩道の人の動き、特に中学生の行動です。朝、8時前ですから車も人も通勤・通学に忙しい時間です。右折する車も多いです。しかし、横断道を人が渡っている限り
右折の車はじっと止まっていなければいけません。こういう状況で私が横断歩道を渡るときには、時には小走りをして、なるべく早く横断道を車に譲ろうと行動します。また、私くらいの年配者の中にも、やはりすばやく歩く人もいます(もっとも高齢者は敏速な行動をするのは無理なので、そういうことは望んでいません)。

ところが、元気な盛りの多くの中学生がいつも、この時間にこの道路を横断するとき、7人くらいが、話をしながら横に並んでゆっくりと歩いたり、1,2人であったとしても、ダラダラと「これは自分たちの道です」という感じで、のんびりと歩いていきます。

このように、自分のことだけしか考えず周りの状況がどうであるか、ということに全く無関心なのです。一言で言えば、「想像力がない」のです。想像力は思いやりにつながります。毎朝ラッシュアワーの時間に、交通量の多い交差点を渡る。そのとき、自分の前には何台もの右折の車が横断歩道があくのをじっと待っている。そういう時、彼らは、自分はどう行動すればいいのか、どうすれば車がスムーズに運転することができるのか、考えないのでしょうか?

それくらいのことを気にする方がおかしいと言う人がいるかもしれません。しかし、私はそうは思わないのです。この「自分以外のことに無関心である」ことが、今、さまざまな問題を生じさせているのであり、人と人との関係の中でうまく心を通い合わせることができなくなっているのではないか、と思うからです。

小学校などでは、よく交通安全教室などが開かれているのですが、横断者が反対の立場から考えるということは教えないのでしょうか?もちろん、小さな子どもは周囲の状況を理解するまでには成長していないので、私が言っていることは危険な場合もあるので、難しいと思います。

しかし、中学生ともなると、もう周りの状況や人の動き、車の状態から自分が
行動すべきことは解るのではないかと思うのです。このように考える私の考え方は、厳し過ぎるのでしょうか?
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by eastwatery | 2008-01-28 23:07  

「日本女性会議2007ひろしま」の新年会(1月27日)

昨日は、昨年10月19、20日に行われた「日本女性会議2007ひろしま」の実行委員が集まって広島プリンスホテルで新年会が行われました。まだ、大規模の全国大会が終了して3か月しかたっていないのに、ずいぶん前のような気がしています。

そのような思いは私だけでなく、この大会に深くかかわった多くの実行委員に共通する思いのようでした。2年間の準備期間を経て、その間には財政的な問題などもあり、分科会を実施するために一口1,000円の協賛金を募るなど大変なこともありました。そして、やっと開催にこぎつけ、それが成功裏に終了したことで、全ての苦労も消えてしまい大きな充実感のみが残ったからかもしれません。しかし、その充実感をいつまでも味わっているだけでなく、さらにステップアップして次の段階に発展していくことが本当の意味の「成功」につながるのだと思っています。

昨日は、私が属している分科会をはじめとして総務部会、全体部会、広報部な
どの実行委員の代表一人ずつが約1分間の大会の報告、その後の動向などを発表しました。私が属していた分科会「キャリア教育」では、意図的に若い実行委員を募り、大会当日のボランティアも大学生3名に入ってもらうようにしました。どうしても、このような大会というのは、50歳代以上の実行委員が多く、この大会を先につなげ、発展させていくためにも若い人の参加は絶対に必要だと思ったからです。しかも私たちがテーマとしているのは「キャリア教育」。現在は知名度も低いのですが、人生においては幼いときから考えていく必要のあることだからです。

当日ボランティアとして参加してくれた学生には、受付を担当してもらいました。各地から来た参加者の人たちは他の分科会と異なり、若い人たちが活発に活動していることに目を見張り、喜んでくださいました。学生たちにはできるだけ基調講演・シンポには早く参加してもらいたく開会して、暫くしてからは他の実行委員に受付をお願いし、学生たちには分科会会場に入ってもらいました。

その結果、学生たちの感想は、「このような大会に参加できることは一生に一度あるかないかです。参加させてくださってありがとうございました。これから就職活動が始まります。今回の『キャリア教育』シンポのお話を参考にしつつ、自分の未来を決めていこうかなと思います。」でした。
大学生に入っていただいたのは、私は彼女たちがこの「キャリア教育」でボランティアをして、得ることがあるのは間違いないことだから、活動しながら学んで欲しいと思っていたので、嬉しい感想でした。また、彼女たちのこれからの人生に重要な意味を持つ「キャリア教育」だということがある程度理解できたことは素晴らしいことだと思いました。

もう一人の乳児を抱えて実行委員となり活動してくださった若い女性は、最後に報告書作成に取り組んでくださり、大変な作業をこなし臨場感溢れる報告書を書き上げてくださいました。
子育て真っ最中に、これらのことをやっていくには、時間の調整や子どもの健康状態により作業が進まないこともあったようですが、地域活動を少しずつ始め、リーダーとして将来活動していくであろう彼女には、役立つ経験であったと思っていただきたいと、これからの彼女の成長を密かに期待しています。

昨日の新年会では、次のステップに進むために公民館で昨秋の大会報告をし、今大会に参加していない地域住民に男女共同の意味や日本の現状、将来への展望を知っていただくための講座を企画しているグループもありました。

私たち「キャリア教育」もそのような活動を推進していきたいのですが、リーダーであった私自身が仕事のために身動きできない状態であり、他のメンバーも動けない状態なので、とりあえずお互いが情報提供しあうところから始めることとしました。
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by eastwatery | 2008-01-27 07:41  

ねんねこ半てん(1月25日)

「ねんねこ半てん」・・・・懐かしい言葉です。私が息子を育てている20年以上前には、ねんねこ半てんで息子を背負って子育てをしていました。私だけでなく周囲の子育て世代の人たちも、ごく普通にねんねんこ半てんを使って子育てをしていたように思います。その一方で丁度、前抱っこの「だっこバンド」がはやっていて、それを使って「ねんねこ半てん」にも使えるようになっていました。

今日の中国新聞の朝刊の「こだま」という投稿欄に「ねんねこ半てん」というタイトルのエッセイが掲載されていました。投稿者のSさんは70歳の女性です。彼女は若い頃のウールの着物でねんねこ半てんを縫って、3人の孫をよく背負っていたそうです。

今では、3人の孫たちも中学生~5歳となり、ねんねこ半てんを仕立て変えようと考えていて、洗おうと思っていたら、5歳の孫が懐かしそうに「おんぶして」と言うので、背負ってみたということです。

そうすると孫はちょっとは恥ずかしそうに顔をうずめて「お月さん何ぼ、12,9つ、そりゃまだ若い・・・・」と歌い始めました。この歌は、当時Sさんが、孫を背負って夜空を見ながら歌ってやった歌とのこと。今、孫は体重が18kg。重く、足が出ているので寒いというが、これが孫の背負い納めと思いながら孫を背負ったということです。そうして、孫を背負うことでSさんは病弱だった自分を背負って母親が、よく病院に行っていたことから、「さぞ、母は重かっただろう」と、しみじみと母のぬくもりを思い出したという。そして・・・時は流れたけれど孫たちには「ねんねこ半てん」のぬくもりを覚えていてほしい、と最後の言葉を結んでいました。

最近は、子どもをおんぶした母親をほとんど見かけなくなりました。子どもをおんぶすると両手があくので家事もしやすいし、子どもと親は肌が密着し、子ども自身に安心感を与えます。それだけでなく、ほかほかとした温かさを感じながら、子どもは、ぐっすりと眠ることができるのです。こうして子どもを背負っているときは、「早く歩いて欲しい、走るようになってほしい」と思うし、自分の背中があくのが待ち遠しいと思ったりもしましたが、いざ、そこまで成長し、更に思春期の難しい子育て時期になると、本当に「ねんねこ半てん」時代が懐かしくなってくるのです。

思春期以後は子どもの成長につれ、だんだん親から離れていくのが当然の成長だと思いつつも
「ああ、あの時は幸せだった」と思うものです。投稿者のSさんは「お月さん何ぼ・・・」と歌っていたそうですが、私は、なぜか♪五つ木の子守唄♪などを歌っていました。そのことを子どもは覚えていないと思いますが、子どもを自分の肌身につけ、子どものことを思って体を揺らしながら、子守唄をうたった時期があったというのは、幸せな時を過ごしたと、つくづく思います。

このような経験は、子どもに恵まれたからこそです。20年も子どもを授からなかった私からして
みれば、憧れた夢のような体験でした。
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by eastwatery | 2008-01-25 22:35  

元気がもらえるシンポジウム(1月21日)

私が勤めている協議会で2月にシンポジウムを開催します。このシンポジウムを企画したプロジェクトチームのK教授がモダーンなチラシを作成されました。テーマは「もう一度学んでみる。もう一度自分の力を活かしてみる」であり、「私の新しいワーク&ライフスタイルづくり」です。

では、「新しいワーク&ライフスタイルづくり」とは、どのようなものなのか、それを実際に実践している人は・・・・・

「働く」だけじゃない。 学んだり、ボランティア活動に参加したりと
これからのワーク&ライフバランススタイルは多様化しています。
このシンポジウムでは、生涯学習やキャリア形成からみた
「再チャレンジ」を考えるとともに、社会との新しいかかわり方をする
パネリストのみなさんに、そのバイタリティあふれる活動を
語っていただきます。

シンポジウムの前には、「生涯学習から見たキャリア教育」、「キャリア教育から見た生涯学習」という話もありますが、当日の目玉はなんと言ってもパネリストの4人の元気のいい女性たちの実践発表です。

一人は、専業主婦からSOHOを立ち上げ、その経験を基にSOHOのネットワークを構築している起業家、次の人は、在宅ワーカーグループをまとめて在宅就業、3人目は長年、難病の子どもたちのための支援活動をしている人、最後に、社会人学生グループ「社会人学生ネットワークきらめき」の会員の3人の母親であり将来臨床心理士を目指して研究に励む大学院生学生。あわせてこの4人が、それぞれの思いを持って再チャレンジの経験を話します。

コーディネーターがパネリストの人たちの話をうまくコーディネートしながら、会場の参加者からの質問を受けつつ、会場全体で「再チャレンジ」を考えていきます。4人のパネリストのユニークなものの考え方や意欲的な生き方から、きっとたくさんの「元気」をもらうことができると思っています。
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by eastwatery | 2008-01-21 22:45  

大雪注意報が出ています(1月20日)

ずっと割合暖かな日々が続いていましたが、どうやら明日は広島地方は雪になりそうで、大雪注意報が出ています。これが、本当の「冬」だとは思っても、勝手なものでやはり「寒い」のはイヤですね。もう一つ心配なのは、明日の通勤です。私が今、勤めている協議会は大学内にあるのですが、山を開拓してキャンパスがつくられており、自然環境がとてもよく、緑一杯で四季を感じることができるのは素晴らしいのです。山だった当時に茂っていた大木もそのまま残してあり、秋など木々の紅葉が楽しめるキャンパスです。

ところが、私が勤めている事務局がある校舎は、高さから言えば、キャンパスでも一番上の方で、さらにその先に駐車場があるのです。そこまでに到る道が急な坂なので、明日の朝は、とても心配です。急な坂だけでなく、その辺りは大木が茂っており、おそらくその道は凍結していると思われるからです(ついでに言うと、駐車場の先には大木などが茂っていて、そこには「猪の出没あり、ちゅうい!」と書いた立て札が猪の写真と共に立ててあります)。

以前、勤めていた大学は、平地なのですが、途中に狭い橋があり往来がそれぞれ1車線ずつしか
ないので、ちょっとスリップすると非常に危険で、雪の朝は相当神経を使って通勤していました。
しかし、そんなことは北海道の帯広市のー33度の気温を考えれば、なんでもないことです。
テレビで帯広市の様子を放映していました。牛舎には牛がつながれていますが、その背中に雪が積もっており、いかにも寒いという感じです。よく生きていられると思うくらいです。

人間の場合、寒ければ着衣を重ね着したり、暖房器具を使って部屋を暖めればすむことです。でも、牛の場合は当然のことながらつながれているので、どうすることもできずそこにいて、生きていくしかないのです。

牛だけでなく、もっと心配なのは、雪国の孤老の人たちだと思って心配でした。しかし、ある地域では、屈強な高校生がボランティアで屋根の雪下ろしを毎日やっているとのこと。安心しました。こういう環境が厳しいところでは人間の善意が自然に出てくるし、助け合いの心も育っているのだと思うと「人間ってまんざらでもない」と思います。もし、雪かきのために人を雇うとすると、僅かな年金で日々の生活を営んでいるお年寄りにとっては、それだけで生きていけなくなります。寒冷地には少しでも人々が快適に過ごせるように、政府は寒冷手当のようなものを出すことを考えるべきだと思います。
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by eastwatery | 2008-01-20 22:38  

ある小学校の給食の試み(1月18日)

広島のローカル局の取材番組で、ある小学校の給食の様子を放映していました。

一番初めに出てきた画面は給食の時間に、ある女の子が女性から手作りのバースディカード
をプレゼントしているものでした。その子は満面の笑みでカードを受け取り、クラスのみんなに見せていました。それを見て、みんな拍手をし、その子のバースディを祝っていました。単に「手作り」といっても簡単なカードではなく、仕掛けが入った複雑なカードでした。

このカードを作ったのは、給食調理室の調理師さんや栄養士さんたちです。全部で8人くらいの人たちが休憩時間を利用して毎日、バースディを迎える、その小学校の子どもたちにプレセントをしているのですが、その数が年間で280枚になるそうです。バースディカードは、季節的なもの、おもちゃになりそうな複雑な仕掛けなどカラフルで、1枚1枚が見ているだけでも楽しいものでした。

調理師さんたちは、子どもたちに何とか美味しく、喜んで給食を食べてもらいたいという気持ちから作り始めたそうです。カードを作っている調理師さんたちも、子どもと同じようにニコニコしながら、みんなで睦まじくカード作りをしていました。その小学校の校長先生は、「長い間、教育の場にいてもこのようなことは聴いたこともないし、見たこともないし、したこともない」といっておられました。

数年間、このように一人ひとりの子どもに手作りのバースディカードを作っているうちに、その学校の残菜率は0%になったそうです。調理師さんたちの「何とか、喜んでおいしく給食を食べてもらいたい」という気持ちがバースディカードを通して子どもたちの心に届いたのだと思います。同時に、心込めて料理してくださったことが伝わり、給食を無駄にしないということが分かったのだと思います。「食べ物を残していけません、残さないように」といわなくても、子どもたちは自然に残さないようになったのだと思います。さらに、調理師さんたちは、カードを贈るだけでなく、給食時間に子どもたちのクラスにいき、その日の献立について話すなどをしている様子も放映されていました。

この取材番組を観て、「心に響く、心を打つ」ことが、生きていく中でとても大事であり、貴重なことだと思いました。心と体は連動しているいい例ですね。この小学校を卒業した子どもたちは、大人になっても何かにつけてその学校での「給食」を思い出し、ポッと心の中が温かくなることでしょう。
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by eastwatery | 2008-01-18 20:48  

「生きててええやろか」(1月13日)

哲学者であり、大阪大学学長の鷲田清一さんが「老いの哲学」という一文で、「老いを問うということは、肉体的、精神的にある意味で破綻する、消えていくプロセス」と言っておられます。そういう状態になった人にそれでも、「あなたは居るほうがいい」といいきれるか、どうか・・・・。しかもこのことは、近代社会が一番大切にしてきた福祉という理念の根底にある問いだ、といっておられます。

そこで、彼は「老人問題」を人が語るときに世話をする側からばっかり考えるからか問題であるのであって、本人から見れば「どう生きるか」という課題であるのだと述べておられます。

昔の人は「老い」にものすごい寛容で「ほけたらダメ」じゃなくて「半分あの世にいってはるから」とむしろそこに神性を見たとのこと。そこには「われわれ」の理解を超えたものも社会の一部として包含するという、それが成熟した文化ではないか、と鷲田さんは投げかけています。

上述の文章は鷲田さんが「老いの哲学」の中の一部を書いていますが、これからますます高齢社会になっていく日本においては、鷲田さんの「問いかけ」は、人としてみんなが考えていかなければいけないことだと思います。

私の母は、92歳で亡くなりましたが、亡くなる数年前から認知症状が徐々に進みました。初期の頃は、まだ自分がそういう状態になりつつあることに対する自覚があって、不機嫌になることが多かったのですが、完全に「半分はあの世にいった」感じになったときには、もうストレスも何もないようでした。私に対するときにも「あなたは、お嫁さんですか、娘ですか?」と何のてらいもなく尋ねていました。「娘ですよ」というと「ああ、そう。私はいつもみんなに良くしていただいて幸せ者です」とニコニコ顔で言うのです。自分が、そういう状態になってしまったことは、もう苦にはならないようでした。

その頃、私は「認知症になるということ」は、神様からの贈り物ではないかと思いました。全てのいやなことは忘れ、母の場合は、ただただ感謝の思いだけが残っているようでした。だから、過去のことも皆忘れ、自分が尋ねたことも30秒すれば忘れて、10回くらいは、同じ質問をしますが、さすが10回したら安心するようでした。誰かが、「認知症になったら絶対にその人を否定してはいけない」と言っていました。認知症があっても人間としてのプライドは最後まで残っているからだということです。

それは先述で鷲田さんが行っておられる<「われわれ」の理解を超えたものも社会の一部として包含するというそれが成熟した文化>と私たちが思い、老いた「先人」に接していくことが大切だと思いました。
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by eastwatery | 2008-01-13 16:33  

今年の第1号「ほのぼの伝言板」(1月12日)

毎月1回Sさんが「ほのぼの伝言板」と言って、ちょっとしたエッセイや詩を書いた伝言板を送ってくださいます。今日は、今年初めてのNo.206が送られてきました。

その中に、坂村真民さんの短い詩が、いくつか書かれていました。坂村さんは ”念ずれば 花開く“という詩で知られた詩人です。今日の短い詩の初めは、すべて「二度とない人生だから・・・」から始まっています。たとえば・・・・・

二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を そそいでゆこう 一羽の鳥の声にも
無心の耳を かたむけてゆこう

二度とない人生だから まず一番身近なものたちに できるだけのことをしよう
貧しいけれど こころ豊かに接してゆこう

二度とない人生だから 一ペンでも多く 便りをしよう 返事はかならず 書くことにしよう

私も含めて多くの人は、時には「二度とない人生だから・・・・」と感じることや、考えることはあります。しかし、その時は真摯に考え、二度とない人生だから大事に生きていきたいし、他の人にもやさしく接しようと思いますが、その思いをなかなか持続することができず、再び安易な生き方に戻ってしまいます。

私の人生の師は、「二度とない人生だから 一ペンでも多く 便りをしよう 返事はかならず 書くことにしよう」」を常に実行しているだけでなく、手紙をもらった場合、必ず24時間以内に返事を出すことを信条とし、すぐに返信する人です。

私もできるだけ尊敬する師に習って、24時間以内に返信するようには心がけていますが、なかなかそうは行かず、数日遅れて返信することが、よくあります。24時間と言えば、十分時間があるように思いますが、返信することは時間の問題ではなく、その先にある相手の心を、どれだけ思うかにかかっていると思いました。

年の初めに、こころに響く伝言板を送っていただいたので、今年は、24時間以内の返信を心がけたいと思っています
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by eastwatery | 2008-01-12 23:58  

睡眠について(1月12日)

10月中旬に新たな仕事に就いて以来、睡眠時間と睡眠のあり方が変わってきました。それまでは、夜12時頃寝て6時半~7時頃に起きるというのが習慣づいていました。たとえ、寝るのがそれより1~2時間遅れよう起きる時間が変わるということはありませんでした。食後のお昼寝などもできない体質でした。

ところが、現在は深夜(午前12時~1時まで)まで起きていても、必ず目覚めるのは早いときで4時半頃~5時頃になっています。そのとき寝室で本を読むのは夫に迷惑なので、リビングで本を読んだり時には仕事をすることもあります。また、6時過ぎには朝刊が配達されるので、新聞をじっくり読んだり、メールのチェック、ブログへの返信などもしています。以前だったら、それくらいの睡眠時間の日々が長く続くと昼間には眠くなるということがありましたが、仕事中或いは昼食後であっても絶対に眠くなるということはないのです。

それが、仕事のプレッシャーや緊張感によるものか、自分では、よく分かりませんが、楽観的であっけらかんとしている性格ですから、これまで生きてきた中で、このような睡眠時間・方法が変わったのは、初めてです。でも、このような睡眠方法になって変わっても、健康です。

特に最近は、夫とウォーキングができるようになったので、仕事から自宅へ帰るとすぐウォーキングの服装に変え、日によってコースを変え、30~40分は歩くようにしています。そうだからか、夕食をしたら、どっと疲れが出るのかロッキングチェヤーに座ってTVを観ていると、いつの間にか1時間くらい寝ています。時には、一番聴きたかったことや観たかったものを逃すこともありますが、それはそれでよし、としています。そのお蔭で1時間の睡眠が取れ、すっきりするからです。

ということで、毎日睡眠不足にはならないのです。以前では考えられないことですが、その年齢、そのときの生活の仕方、心身の状態で自分の体が正直に反応しているのだと思います。

今朝も、いつものように5時に目覚めましたが、そのまま1階のリビングに降り、早めのTVニュースを観たり、新聞を読んでいるうちに7時近くになったので、昨夜やるはずだった文書チェックをしました。昨日は疲れてしまって、全くやる気はなかったのですが、今朝は頭はっきりし、アンケートの項目チェック、ニーズ調査の内容・項目チェック・修正などがスムーズに進み、依頼の相手には、8時にはメール送信することができました。今日は昼から別の機関の長と15日の会議の打ち合わをすることになっていて、「休み」にはなりません。しかし、朝の仕事にしても昼から打ち合わせにしても、それらのことを「私は休日でもやるから・・・」というのではなく、そうした方が自分の気持ちが楽になり、3連休後の自分の仕事がスムーズに進むことがわかっているので、「休みなのに・・・・」とマイナスにはとらえていません。

しかし、私は役職として、同じようなことを職場のメンバーに要求するという気持ちは一切ないし、あくまで自分の仕事の仕方だと捉えています(しかし、この方法を他の人に理解してもらうのは難しいかもしれません)。

要は、睡眠にしても仕事についても、あまり「普通」とか「正常」とかということにとらわれず、自分の心身の状態に耳を傾けていけばいいと考えています
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by eastwatery | 2008-01-12 12:04  

「生涯学習概論」の学生の気づき(1月10日)


昨年の12月17日に母校の大学で「生涯学習概論」を大学1,2年生60人余りに講義しました。
今日は、勤めが全休の日でした。以前から講義を依頼してくださった先生が、学生たちの感想を取りに来るように行ってくださっていたので、母校を訪れました。

昨年の講義に続いて、今年も「学習履歴」シートを一人ひとりに配布し、自宅でそれぞれの「学習履歴」を書き、それについて感想を書いてもらう宿題を出しました。「学習履歴」では、「学習」を学校や学校以外の教育施設、会社などで学んだ経験だけでなく、個人学習、スポーツ、サークル活動、ボランティア活動、資格・免許・技能審査、大会、旅行、インフォーマルな経験(対人関係、仕事、育児介護など)からの学びなど、ある程度継続したもので、結果として何かを学んだ経験(本人が学習したもの思った経験)を全て含んでいます。

その経験を、自分がもの心ついた時から、年齢、学習履歴(内容、場所、経験、年数など)、学習成果と評価、イベント・誕生などを横軸に書いていきます。大体4~5歳くらいからのことを書く人が多いようです。学習履歴をした多くの人は「過去の自分をふり返ることによって、自己肯定をすることができ、未来の自分の生き方を考えることができる」という特徴があります。

私は、「ふり返りシート」書いたA4用紙1枚に2つの設問をしました。
①「学習履歴」を作成して、自分の学びや自分自身について気づいたこと、思ったことは、どんなことですか。
②「学習履歴」により、これまでの自分をふり返ってみて、今後どのような生き方をしたいと思いましたか?

この設問に関して、それぞれの学生によって感想の書き方は様々でした。ある学生の①②の一部をご紹介しましょう。

①「書く前と比べものにならないくらい、自分に自信が持てるようになった! 以外にも様々な経験をしており、人前にも出て活動していた」

②「幼い頃から学習してきたことが今の私自身を形成しているのだなぁ、と改めて感じることができたので、日々の学習を大切にしなればいけないと感じました。それから、どんなに小さいことでも、がんばったことは誰かが見ていて認めてくれるのだということに気づいたので、些細なことでもしっかりとやっていきたいと思いました。過去にがんばってきたことが今につながっているので、今の私を未来の私がふり返った時に、情けないと思うような生き方はしたくないし、将来ふとしたときに「あの時のことが今役立っている」と感じることができるような学習をし、胸を張って生きられる生き方をしたいです。また、新しい学習をどんどんしていくことも大切ですが、これまで学習し、自分の力になったもの、ためになったものをこれからも大切にしていきたいと思います。

社会教育施設での講演でも、主に中高年の年代にしてもらっています。やはり、ふり返ることによって過去・現在の自分を肯定し、未来を考えていく、ということは同じです。しかし、今回の「学習履歴」での学生の感想を読んで、若い年齢のときに「学習履歴」を書いて「自分をふり返る」ことの方が、より未来の自分の生き方を考えていけるのではないかと思いました。

先述の感想の他に「いかに今まで自分が多くの人に支えられて生きてきたか、わかった」、「多くの人から学んできたかを自覚した」、「人に支えられてきたので、次は自分が人を支える人になりたい」と言う感想なども多かったからです。
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by eastwatery | 2008-01-10 22:24