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大晦日の「ありがとう!」(12月31日)

今年も後2時間余りで終わります。
今年は、私にとっては激動の年で、今日はその1年間の疲れがどっと出てきたみたいです。
テレビを観ていても、いつの間にか寝ているし、さっきまではちょっと風邪を引きかけたのか、寒気がしたりして・・・・・・・・でも、もう復活しました。

いつも、66歳という年齢を感じることなく活動するので、同年齢の友人から「少しは、年を考えて」といわれていましたが、今年後半で、初めて自分の年齢を感じました。肉体的にもそうですが、若い世代の人と一緒に仕事をしてみて、判断力、理解力が衰えていることを身に沁みて感じています。

10月から始まった新たな仕事は、あと2年間続くので、よほど自分自身で自己コントロールをし、「自分を知る」ことをしないと、周りに迷惑をかけるのではないかということが一番の心配です。
このお正月休みに少し頭の中を仕事から話して見ることも必要かも知れません。

こうしてブログを書き、みなさんからコメントいただくことで、この1年間どれだけ勇気をいただいたか、分かりません。ホントにホントに有難うございました。

来年も懲りずにお付き合いの程、宜しくお願いします。
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by eastwatery | 2007-12-31 21:52  

暮れの来客(12月30日)

今年は、いろいろ忙しいことがあったので、いつものように暮れのおしまいと新年への準備ができないと思っていましたが、やはり少しは新年を迎える準備をしたいと思い、午前中は、おせち料理の買い物をし、昼からは、掃除を念入りにしました。でも、まだ、台所の掃除が残っています。

というのは、午後に11月11日に結婚式をした夫の姪の娘のTちゃんが彼と共に私たちを訪れてくれたからです(台所の掃除など、明日に十分できるのですから、掃除ができなかったことは全く関係ありません)。

実は、Tちゃんは明日には広島を発って彼の新たな勤務先の大阪に行ってしまうのです。男の子一人、女の子一人の母親である姪からすれば、特に娘は手元においておきたい気持ちでしょうが、これも娘の人生ですからと思うしかありません。姪は大学卒業後、仕事の関係で我家で1年私たちと生活を共にしました。結婚後も車で10分もかからないところに住み、盆、正月には我家の先祖が祀ってある仏壇に必ずお参りに来てくれ、ご先祖をとても大切にしてくれています。

今日も大阪へ旅立つ娘を連れてご先祖に挨拶に来てくれたものと思います。このように、口で言わずしっかりとご先祖を大切にして生きていく姿勢を姪がわが子に教えることは、大事なことだと思いました。

11月に夫婦として新たな人生を歩んでいるTちゃん夫婦は、引越しが済んだばかりの忙しいときでしたが、プロが撮影した結婚式、披露宴写真のアルバムを持ってきてくれました。私たち夫婦が挙式したときと較べると問題にならないくらい華やかな結婚式だと改めて思いました。45年前私たちが挙式したのは広島県労働会館でした。この頃の広島では、パーティーができるようなホテルが一つあるくらいで、そこで挙式をするのは、かなり裕福な人たちでした。それ以外の庶民は、婦人教育会館、JRの福祉会館などで結婚式をしていました。出席者も親戚と会社の上司の一部くらいで、今でいう全く「地味婚」でした。Tちゃんたちはホテルで豪華な披露宴、友人、上司、会社の人たちなど総勢100人近い人数。披露宴では多くのイベントがあり、飽きさせないものでした。つくづく時代の流れと日本人が豊かになったことを感じています。

ただ、Tちゃん夫婦は、仕事の都合で、挙式後すぐにはハネムーンには行かず、正月開けにシンガポールに行くとのこと。挙式から1ヵ月半たった二人は、もうしっくりお似合いの、幸せな夫婦になっていました。Tちゃんは、明るく活発な女性で、はきはきしていますが、そのお婿さんは、彼について私が何か話すとぽーっと顔を赤らめて、まるで新郎新婦が逆のような感じでした。だからこそ、対照的でお互いにない魅力をもった夫婦になれるのではないかと思いました。
少し小雪の降る中、我家を出て行く彼らに「もっともっと幸福になってね」と祈りました
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by eastwatery | 2007-12-30 19:27  

最近の病院事情(12月29日)

脊柱管狭窄症の治療のため、今月13日に入院した夫が、今日久しぶりに自宅に帰ることができました。検査1週間、手術後9日後で退院することができました。当初は、3週間くらいの入院予定でしたが、非常に経過がよくお正月前に退院することができました。

夫が入院した広島市立の総合病院は、特に整形外科が有名で中国四国から多くの患者さんが来ています。だから診断の結果手術、ということになっても、実際に手術をしてもらうまでに3ヶ月かかります。夫の腰痛は、10年位前からあり、手術以外に治る手立てはない、といわれていましたが、全身麻酔で、しかも全身を司る神経が通っている部分を手術することに対しての恐れがあり、そのときは、すぐに手術という気持ちにはなれなかったのです。

しかし、そういう状態であっても大好きなゴルフは、続けることができたので、文字通り騙しだましで日を送っていましたが、最近は100メートルくらい歩くと足がしびれて歩けなくなってしまいました。そういうことから、勇気を出して手術をしたのです。

今日退院しての夫の感想は、「思い切って手術してよかった。腰痛で苦しむ人が多いが、手術して治るのであれば、1日も早い方が良い」ということでした。夫がそのように言うのには、第一に
整形外科の部長先生を初めとしてどの医師も腕がよく、それと同じくらいに人格的に優れた人が多いこと。同時に看護師さん、栄養士さんなどが細やかな気遣いをして、夫々がプロとして自分の役割を果たす人ばかりでした。

たとえば、主治医の青年医師は、手術前には、こちらが納得するまで多くの断面写真や脊椎の模型を見せながら、説明。手術直後も私と息子を呼んで手術中の患部の写真を見せながら説明。患者も家族も少しも不安を感じないようにという細やかな心遣いが感じられました。従来であれば、医師と患者は完全に上下関係だったのですが、この病院では医師が権威的でなく、全く威圧感もないので、手術前は安心して手術をまかせよう、手術後は、任せてよかったと思いました。

その上、看護師さんが「痒いところまで手が届く」という言葉どおりの対応でした。「病は気から」という言葉がありますが、そこまで至れり尽くせりの状況の中で、夫は術後も痛みも全くなく足の痺れを感じることもなく退院までを過ごすことができました。

病院全体としても、いかに入院患者を楽しく過ごせることができるようにするかが考えられていました。クリスマス近くなると生コンサートがあったり、クリスマスツリーを飾って患者さんが願いを書いたり。食事もクリスマス当日は、鳥の足の照り焼き、大きなピースのケーキがついたりなど、何とか患者さんの苦痛を和らげようとする工夫が見られました。

日々の食事にしても、熱いものはしっかりと熱いままで、患者の元に届けられ、食事の度にカローリガ表記してありました。ちょっと夫の食事をつまみ食いしてみたら、薄味の上品な味付けがしてありました。退院時のアンケート用紙に夫は、医師・看護師さん対応も含めて、ほとんど「満足」に丸をつけていました。唯一、夫がコメントを入れたのはカレーライスについてでした。

「カレーライスの味は少し物足りないものでした。私が作ったカレーライスの方が味が深く美味しいように思いました」と夫が書いていたのには、思わず笑ってしまいました。そのようなことを書けるくらい、満足な入院生活だったということでした。
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by eastwatery | 2007-12-29 22:53  

やっと休みに入ります(12月27日)

10月中旬から新たな仕事に就き、今まで経験したことがない内容の仕事で戸惑うことや休日にも自宅で仕事をすることも多く、怒涛のような日々を送ってきました。余りの自分の不甲斐なさに自己否定をする日も多く、今までの人生の中でこれほど仕事のことで悩んだこともなかったし、常に仕事のことで頭が一杯ということもありませんでした。

しかし、そういう中でも共に仕事をする人たちが、なんとか私の足らないところをカバーしようとしてくださり、ずいぶん助けられてきました。正月休みは明日28日から来年の7日まで10日あります。なるべく、その間は、余り仕事のことは考えないでいたいのですが、そうもいかないこともあります。しかし、やるべき仕事は明日中くらいで片付けて、それ以後は新年を迎える準備をしたいと思っています。

このたびのことから、私は今までどんなにいろいろな人に助けられてきたかだけでなく、人にし甘えていた自分がいたのではないか、と反省しました。同時に、自分自身を理性的にコントロールできていないことにも気づきました。仕事をしていれば、仕事、人間関係、自分との闘いと、多少なりともストレスが発生するのは当然のことです。

それに対して、自分がいかに自分の感情をコントロールして、うまく自分自身、他人と付き合っていくかということが、これまでできていなかったように思います。常に誰からも優しく支えてもらってきたのだと、気づいたことは、改めて自分が恵まれてきたこと、幸せだったことを確認することができました。

来年の仕事始め早々、期限付きの仕事が多く忙しくなることは既にわかっています。しかし、今までのように仕事に押しつぶされるのではなく、自分をコントロールしながら前向きに仕事に向かって生きたいと思っています。
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by eastwatery | 2007-12-28 00:24  

クリスマスに必要なもの(12月26日)

1昨日(24日)だったと思いますが、あるテレビ番組で「クリスマスに必要なもの」というアンケートの順番を発表していました。司会者は、ベスト5のうちの下から発表していきました。
ワイン、サンタ、プレゼントなどが出てきて2位はケーキでした。

さあ、1位は何だったでしょう?
「家族、恋人」でした。これを聴いて、私はほっとしました。一時期バブルのときなどは、男性はクラブで時を過ごしたり、カップルは一流のレストランでとびきりのご馳走を食べる・・・・ということがはやりました。

バブルがはじけた後は、家庭に帰る人も増えてきましたが、いつもクリスマスが近づくと新聞の折込や新聞の広告にブランドのバッグや時計、服などが登場することに、ちょっと疑問を感じていた私は、「クリスマスに必要なもの」の1位が「家族、恋人」で本当に良かったと思いました。

まだ、家族がいなかったり、恋人がいない人から言えば、ピンと来ないかも知れませんが、ケーキを買って、ちょっと豪華な家庭料理やケーキをつくって団欒を楽しむ。宗教に関係なくても、クリスマスを季節のイベントの一つと捉え、「楽しい時間を過ごす日」と考えてもいいと思います。

今年のクリスマスには、夫は入院中でしたから、先日書いたように夫の病室で息子と3人でケーキとコーヒーでクリスマス・イブを過ごしました。そして、昨日のクリスマス・・・・夫は、いつものように、ちゃんとプレゼントを用意してくれていました。いつもだと、朝起きてみると枕元に小さなプレゼントが置いてあり、その中には大抵イヤリングかネックレスが入っています。でも、今年はとても変わったプレゼントでした。ちゃんと昨日のクリスマスに夫から贈られたプレゼント。

夫は、病院から外出できなくてもプレゼントを買っていたのです。「今年は何も買いにいけなかったので、病院の売店で買ったんだ」といって、ちょっと恥ずかしそうに差し出しました。
それは・・・・・可愛い花模様のついたソックス2足。しかも唐辛子のカプサイシンが入った温かなソックスでした。

つくづくプレゼントは、ブランドでもない、高価なものではない、「その人にプレゼントしたい」と思う心だと思いました。余りに可愛すぎるソックスなので「家で、履こうと思う」といったら、
息子に叱られました。「せっかくお父さんからプレゼントしてもらったんだから、履いて職場に行ったら?」・・・・・・・そうですね。それが「優しい心」ですね。
「負うた子に教えられ」とは、このことでしょう。
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by eastwatery | 2007-12-26 21:28  

クリスマス・イブの誕生日(12月24日)

今日は、クリスマス・イブ。あちこちでクリスマス・イブを楽しむ催事が行われています。
我家では、この日はスペシャルディとなります。記念すべき日です。

「おめでとうございます。元気な男の子さんですよ」。私が長男を出産したのは、今からちょうど25年前のクリスマス・イブの日の午後7時7分でした。私、41歳、夫49歳にして授かった初めての子どもでした。

私たちが結婚したのは1962年。子ども好きの二人でしたが、なかなか子宝には恵まれず、あちこちの病院を転々としたり、不妊に効くという指圧に通っても効果なし。その間、ニュージーランドへ居住すること2年。 NZの豊かな自然の中でおおらかな人々と交流する中で「もう、自然に任せよう」と思うようになりました。とはいえ、そう簡単に諦め切れず「これが最後のチャンス」と思って病院を訪ねたのは結婚19年目の春。それから数ヶ月後に妊娠し、結婚20年目にして長男を授かりました。

息子は、当初2月中旬に出産する予定でした。が、陣痛は予想外に早く、しかも夫がヨーロッパへ出張中に息子が誕生することになってしまいました。息子の体重は1,850グラム、43センチ。
体こそ小さくて保育器へ移されたものの、主治医いわく「今日生まれた7人の中で一番元気な子」。
私が退院するときには、息子はまだ保育器の中。息子が保育器を出るまでの毎朝、私の母乳を凍結したものを病院へ運んだのは夫。

こうして誕生した息子は、今日で25歳になりました。昨日は腰の手術で入院中の夫の一人部屋で
ケーキにナイフを入れ、3人でお祝いのケーキを食べました。私と夫からは、夫々にお祝いの言葉を書いたカードを贈り、3人であっという間の25年をふり返りました。私は息子へのカードに「ラッキーセブンが二つも重なっているのだから、幸運な人生が送れるね」と書きました。

なぜ、お祝いが1日早い23日になったかといえば、昨年辺りから息子はガールフレンドと誕生日を過ごすことに決めているからです。それも、広島の県北にある「備北丘陵公園」の華やかなイルミネーションの中で誕生日のお祝いをすることになっているからです。この公園は、広島ではイルミネーションでは、一番有名な場所です。午後10時過ぎ、二人はとても幸福な顔をして我が家に寄ってくれました。お土産は県北の名物菓子の「乳団子」。3人で暖めたコーヒー牛乳を飲んで息子の25歳の誕生日は、終わりました。もう、息子の自立も近いようです。
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by eastwatery | 2007-12-24 23:52  

宿命と運命(12月22日)

私の好きなテレビ番組に江原啓之さん、美輪明宏さんが出演している「オーラの泉」があります。
今日はスペシャル番組だったので、多くの人やいろいろなことについて放映されました。

その番組の最後の方で江原さんが「宿命」と「運命」について、興味深い解説をされました。
一言でいうと、「宿命は出会い」、「運命は結婚」ということでした。以前にも「宿命は自分の力では、どうしようもないこと」、「運命とは、自分の努力で変えていけるもの」ということをいわれました。この言葉には全く同感していたので、今日の出会いと結婚についても、納得できました。

つまり、「出会い」というのは、「この人と出会おう」と思って出会うのではなく、「出会うべくして出会うものである」ということでしょう。そのように考えていくと「出会い」は人との出会いだけでなく、モノ、コトとの出会いも、人の生き方や人生に大きな影響を与えると思うのです。
1冊の本、一つの映画、一つの絵や音楽との出会いは、全て宿命として出会い「出会うべくして出会ったのだ」と思うのです。

だからこそ、その一つひとつの出会いは大切にしていきたいと思うのです。私の場合、特に人との出会いは、もっとも大切なものです。現在世界の人口は(インターネットで調べてみると)66億4602万1234人とのこと。それだけの莫大な人口のうち、また、自分が生きている年月(どのくらいかわかりませんが・・・)に出会える人というのは、人口の分母からいうと、本当に少人数です。そう思うと、せめて現世で出会った人との縁は大事に保ち続けていこうと思うのです。

その一方で、「運命が結婚」「運命は自分の努力で変えられる」というのも、また、十分納得できます。結婚などは、まさにお互いの努力と忍耐で成り立っているものだと私は思います。江原さんいわく「結婚は修行です」。修行だからこそ、お互いが長年かかって作り上げていくのが、夫々の結婚であり、一律に「結婚とはこういうもの」とはいえないゆえんかも知れません。

「運命は結婚」というのは分かりますが、前向きに考えていかれるのは「運命は自分の努力で変えられる」という言葉です。人は、自分の運が悪いときに「これも自分の運命だから・・」と捉えてあきらめるのではなく、「自分の努力で変えていくことができる」と考える方が人生が明るい方向に展開していきます。

「運命」と「宿命」は、よく混在して使われ、どちらも同じような意味にとられる場合が多いのですが、江原さんがいわれる「運命」と「宿命」は大きな違いがあります。その違いを知ることは生きていく上で、その人の生き方に大きな影響を与えるだろうと思います
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by eastwatery | 2007-12-22 22:25  

夫婦であるということ(12月21日)

長年夫が腰痛を抱えて生活していましたが、思い切って8日前に入院し、手術を受けて今日は
3日目です。手術を受けた病院はさまざまな腰痛と頚椎の痛みに関しては、広島では有名な総合病院です。だから、手術前の1週間は、綿密な検査をし手術が確実にOKとなったときに、家族が呼ばれました。その後、主治医が腰痛の原因を詳しく説明した後、多くのレントゲン写真を見せながら、どういう方法で手術を行うか、それにかかわる副作用は・・・・・がある、までをきちんと説明をされました。

手術には4時間を要しましたが、(全身麻酔を打つところから、麻酔が覚める時まで)その間は、私の弟夫婦、姉夫婦、息子も学校を休んで来てくれたので、私としては、心細いという感情は全くありませんでした。内臓の手術やガンなどの疾病ではないので、「息子と二人で大丈夫」といいましたが、やはり気を許せるきょうだいが来てくれるのは、やはり心強いものでした。

手術の3日目、さすがに有名な病院です。夫は、2日目から何事もなかったようにスタスタと歩き、足の痺れもなく順調な快復を見せています。内臓が悪いわけではないので、栄養のバランスのとれた食事が毎回出て、好き嫌いのない夫は、病院食を楽しんでいるようで、入院後少し体重が増したと言っています。

その一方で、私は、毎日フルタイムで勤めているので、勤務後暗くなって夫の病室を訪れています。私を待っていたかのようにその日のことを饒舌に話す夫。私もその日1日のことを話します。そのうち、ふっと気がつきました。自宅で毎日一緒にいるより、よほど二人が良く話をしているのです。帰宅後、一人で自宅に帰ると後は翌朝大学へ行くまで私一人の時間になります。全て、私の時間だから、いいようなものですが、それがそうでもないのです。

以前、離婚して父子家庭になった友人が、「一人になって何が一番むなしく、困ってしまうかというと、なんでもない話であっても、隣に話すパートナーがいないことだ」といったことがありますが、今私はそういう状態です。別に取り上げて話すほどのことでなくても「~よね」と言ったときに「そうだね」とか「ボクはそう思わないけど・・・こうなのでは?」と答えてくれることが、いかに安心感が得られるか、ということです。

私たち夫婦も日頃は、考え方の違いがあったり、相手の言葉を誤解して受け取ったり、二人の関係は、決していつも穏やかではありませんが、それでも遠慮なく、ごく普通に話す相手がいることが、どれほど重要なことかということに気づきました。父子家庭の友人が言ったことが、ひしひしと伝わってきました。45年も夫婦でいるということを意識することは、日頃ほとんどないのですが、それでもやはり「共にいること」が、どんなに大事なことなのか、夫の入院によって痛感しています
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by eastwatery | 2007-12-21 23:49  

再び「生涯学習概論」を講義(12月17日)

昨年12月、母校の大学で「「生涯学習概論」を講義しましたが、再び教授からの依頼があり、今年は14日、約60人の学生に1コマ講義をしてきました。昨年、講義が終了したときには、教授より来年は「生涯学習」と「意識変容」で1コマずつ講義して欲しいと依頼されていましたが、今年は、協議会の仕事が忙しく、生涯学習を概論的に話すことしかできませんでした。

「意識変容の学習」は、学生にとってもかなり画期的な学習になり、新たな自分を発見するきっかけにもなるので、来年はぜひじっくりと講義したいと思っています。

ところで、今年のクラスは、昨年と較べると(少子化の影響か?)クラスの人数が15人くらい減って60人くらいでした。彼女たちは、社会教育主事、司書、学芸員の資格取得を目指して受講しています。昨年の講義と比較して見ると人数は少なくても、押しなべて真面目で真正面から私をしっかり見据えて受講する学生が多かったように思います。

教授から「今年は、昨年より理論的な話を少なくして、具体的な例を挙げながら、生涯学習を講義して欲しい」とのコトだったので、理論的には生涯学習のもっとも基本的な部分を話しました。生涯学習は主体的に「だれでも、いつでも、どこでも」学ぶことができるものであり、それは、「学習者中心」、「一生涯にわたる」、「全生活場面にわたる」ものであることなどです。その後「振り返りシート」により、各自のこれまでの人生をふり返ってもらいました。その後は、私自身が長い間「自分が主役の人生を送りたい」と思いつつ、そこに至るまでには長い時間を要したことや、思い切って第一歩を踏み出した後のことを語り、踏み出す勇気の大切さを話しました。

そういういことから得た事は、人生の後半は「下に向けて下がる」のではなく、自分の考え方や行動次第で「上に向いて上がる」こともあり、そのためには、今までの人生を否定せず、ありのままを受け入れ、新たな価値観を身につける重要性を話しました。

今年は、特に社会人学生の人たちの具体例を話しました。56歳で専業主婦から短大食物栄養学科へ進学し、卒業後は研究所で働きながら、その上の資格である管理栄養士を目指している人。彼女の場合は、彼女自身が変わっただけでなく、そうした彼女の生きる姿勢に刺激されたお連れ合いが、定年後彼女と机を並べて学習し、次々と資格を取得して、今では起業をしているという例を話しました。その他、結婚生活3年目の29歳の女性が、正社員でありながら幼い時からの夢の実現を目指して臨床検査学科へ進学。彼女の場合は、「学習履歴」のシートで人生と学習をふり返りながら「本当に自分はその夢を実現したいのか」を確認した後に受験勉強に入り、今では、充実した学生生活をイキイキと過ごしている様子を話しました。

その後、学習により多様な選択肢の中から自分がどのように生きい生きたいのか、選択できる能力を獲得することが必要であること、そして、自分が学習し充実した人生を送るようになった後は、自分の経験を活かした知恵を形成し、自分自身のための学習にとどまるのではなく、「自分の生をどのようにつなげていくか、が重要であることを話しました。

最後に、今年のスペシャルとしては、1年後に就職活動に入る学生のために『キャリア教育』について話しました。キャリアには「内的キャリア」「外的キャリア」があり、特に就職するに際して、「自分はどういう価値観を持って働くのか、自分はどう生きていきたいのか」が大切であるかを話しました。そして、「キャリアの三要素である意欲、能力、チャンス」の中ではチャンスが1番重要であること。そのためには、チャンスを前髪で掴むためにも、日頃から自分の生き方を考え、学習の準備をしていくことがいかに大切であるかを図を描いて話して終わりとしました。

驚いたのは、私が講義の終わりを告げた途端、後ろで目を輝かせて聴いていた3人の学生を中心として大きな拍手が起きたことでした。これは昨年にはないことでした。また、前列で終始食い入るように講義を聞いてくれた学生たちがいたことも感動しました。来年は、ぜひ2コマ連続で話したいと思いました。
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by eastwatery | 2007-12-17 22:06  

生涯学習 

今日は、月一回「広島市まちづくり市民交流プラザ」で開催される「生涯学習相談会 学びのサロン」に相談員としてきています。午後2時から4時までの仕事ですが、午後3時40分現在、まだ一人も相談を受け付けていません。

先月は、男性二人の相談があったのです。しかし、毎月そのようには行かないのです。今年の4月から依頼されて、この相談会を始めたのですが、「生涯学習」あるいは「学習」に対して、迷ったっり、悩んだりする人は、あまりいないように思えます。最近では、あちこちにカルチャーセンターのような学習施設ができ、自分が好きなことを選んで学習できるようになっています。ただ、私的学習施設では、授業料なるものがありますが、公的機関(たとえば、公民館、○○センターなど)では、無料あるいは少額のテキスト代や材料費で学習することができます。

公民館では、学習のメニューも分野が広く年間計画で行われており、仲良しグループのようなものも多くできており、昔の井戸端会議のごとく、交流の場にもなっています。
それ以外にも年代的に分けての講座など、人々に学ぶ意志と意欲さえあれば、いくらでも生涯学習はできるようになっています。

さらに、最近特に私立大学などは、少子化の影響をもろに受け、学生が減っていることもあって、広報をかねて公開講座をしている大学も多くあります。人が多く集まりそうな歴史、文学、心理、教育などの座学、実習系でいえば、パソコン、書道、ピアノ、水墨画など、カルチャーセンターと変わらないほど、多くの講座を開講しています。しかも自大学の教員が講師を務めるのですから、優秀な教員を講座の講師にすれば、それだけでも大学のPRにはなります。

先日、女性教育機関のトップの方から聴いた話では、最近は、高学歴の女性の場合、、公民館や○○センターではなく、大学の公開講座に足を運ぶ人が多いとのこと。これは男性の講座にも言えることで、聴講してみればたいしたことのない講義でも「大学の公開講座」と聴いただけで
多くの受講生が聴講に来るということです。

しかし、そのことについては少し疑問があります。「大学で行われる学習だから」ということで、学習内容よりも場所が優先され、本当の意味の学習にはなっていないと思うのです。いわゆるブランドです。最近、何でもブランドで選択していく傾向があるといっても「学び」の場所がブランドとなるとは・・・・がっかりです。
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by eastwaterY | 2007-12-15 15:55