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初給料をいただきました(11月30日)

今日は10月12日からフルタイムで勤め始めて、10月分の給料をいただきました。10月12日から現在まで約1ヵ月半が過ぎましたが、私にしてみれば、激動の日々です。これからも多分、そういう日々が続くことでしょう。

1993年に母校に就職し、2002年に定年退職するまでフルタイムの勤務をし、お給料をもらっていました。その後は、大学院に進学し、再び学生になり、大学院終了後は、生涯学習に関するボランティア活動や社会人学生の大学進学に関する相談・学習支援の傍ら、有償の仕事といえば、時折依頼される講演活動をしてきました。

そして・・・・冒頭のように1ヵ月半前から再びフルタイムで働き始め,働くこと自体は好きであるものの、現在、ただ、忙しいばかりで充実感を感じられない働き方をしているので、どうも久しぶりにお給料をいただいても「給料をもらった!」という感動がありません。贅沢なのでしょうか?

つくづく、ただ働くだけでなく「働き方の質」が、いかに大事かを痛感しています。そのように思うのには、自分自身の能力のなさもあると思います。というのは、四六時中、仕事のことが頭から離れず、休日でもリラックスがなかなかできずにいます。多分、能力不足を感じるので、、楽しい仕事ができないのだと思っています。

今日も、各機関のトップやかなり地位の高い人たちが集まって、協議会会議がありました。
私どもが出した事業報告書や資料に対しては、容赦ない意見やアドバイスが出されました。
この課題を解決する方向に持っていくためには、私たち事務局のメンバーだけでなく、講座を提供するNPOなどにも、がんばってもらうように厳しい態度で接していかなければいけません。教授には「Yさんは、優しいのは良いところですが、仕事の上ではもっと厳しく接してください」といわれ、人と争うことを避けるというか、嫌いな私の短所が仕事の面でマイナスになっていることも分かりました。

結婚前にはマツダ(株)で、楽しく充実感のある仕事をし、児童英語教師としても、自分なりの教材を作ったり、手作りの修了証をだしたり、子どもと楽しく仕事をしてきました。その後、母校の大学でも学生や先生との温かな触れ合いがあり、仕事の内容が多岐にわたり、忙しくても充実感がありました。「こんなに良い仕事をさせていただいて給料をもらって良いのか」と思うほどでした。

しかし、今忙しいだけで自分がいただく給料に対して「それだけのことをしている」という実感がないので、今までにないほど「給料」に対して感動がないのです。今日の会議で出された多くの課題を私一人で解決できるとは思っていませんが、事務局みんなでがんばりたいと思っています
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by eastwatery | 2007-11-30 23:09  

ある贈り物~後編~(11月27日)

昨日の続きです。その記事の見出しは、「軽やかに余生問い掛け」です。鳥取で「野の花診療所」を営む医師の徳永進さんがガン患者と向き合い、死と老いを見つめる日々を送っていらっしゃることをNさんが優しい眼差しで取材し、記事にされたのです。Nさんは、この記事を書くために、ほとんど1日徳永さんと行動を共にしたということです。

徳永医師は、内科医として鳥取赤十字病院に23年間勤めた後、ガンなどの患者に再起のひとときを過ごしてもらう「野の花診療所」を市内の住宅地に開き、地域のお年寄りを中心に外来患者を診て、往診もしているとのこと。徳永医師は、飄々として、患者家族の様子を注意深く観察し、反応をみて大丈夫とだと踏むと「もう、十分生きたでしょう。」などときわどい冗談も飛ばすことともあります。たとえば、末期の肺がんで横たわる75歳の男性が年の瀬に「サクラが見たい」といい、徳永医師は「そりゃあ、いい。それでいこう」と賛成し、「でも、それまでに亡くなったら仕方ないなあ?」と柔らかな口調で念を押すと男性は寄添う妻と共に穏やかに頷いた、という。

徳永医師は「人は年を重ねても世話をしてもらった時に『ありがとう』『ごめんね』となかなか伝えられないもの。命を震わせるような、それなりの生き方をしないと、その境地にたどりつけないんじゃないかなあ」という。彼は診療所の看護師16人と時折、ネパールを訪ね老人ホームなどで医療や介護の支援をしているとのこと。そして・・・今、彼は野の花診療所を地域で病人を支える「治療共同体」の中心に据えたいと考えているという。なぜ、そのように考えるのか、といえば、「学生時代に『こんな社会でいいのか』と声を上げた私の責任」といい、一人住まいのお年寄りのために、ボランティア組織が格安弁当を配るシステムつくりを検討しているとのこと。

これは、その記事を私が概要として書いたもので、実際には、もっと心に響く言葉や事柄が書いてあるのです。この記事を読んだ読者は、「悲惨な事件が多くて心痛めることも多いが、徳永先生のような優しいお医者さんもいらっしゃると思うと、なんだかふわっと勇気がわいてくる。・・・(略)そして確実に老いを迎えている自分の現実と向き合うとき「余生と死いついて」こんなにも軽やかにして謙虚に患者と向き合う徳永先生の姿に、もし自分がガン患者になったとしたら『野の花診療所』で最期のひと時を過ごせたら幸せだろうなあと思うのだ」と書いています。

私も、この記事を読んだときに、この読者と同じ気持ちなりました。患者と医師というと、上下関係の中で話をするのが普通のような感じがあります。私は、このことにいつも「人間としては対等なのに、それはおかしい」と思っていました。だから、徳永さんのように、そうではなく、患者と冗談が言い合える仲の医師がいるということで温かな気持ちになりました。

この記事を書いた新聞記者のNさんが、徳永医師を取材しようと思われたのは、彼自身が常に優しい視点で記事を書き、謙虚な人柄だからだと思いました。私は、この記事を再び読んで、Nさんが、また元の職場に帰ることができて、このような心に響くような取材記事を書いて欲しいと思っています。Nさんいわく「なんとか、もう一度、読む人の心を揺り動かせるような記事を書きたいと思っています。それには、今から感性を磨いておかなければならないですね。」と彼らしい謙虚な人柄を表わした返信だと思いました。

ちなみに、彼が自分の取材した記事がこの本に掲載されているの知ったのは、インターネットをチェックしているときだったそうです。このことも、彼らしいエピソードだと思います。
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by eastwatery | 2007-11-27 22:22  

ある贈り物(11月26日)

3日前、地元の新聞「中国新聞」備後本社の記者のNさんから2冊の本が送られてきました。
Nさんとは、約2年前に彼が取材をしてくださったことが縁となって今でもお付き合いをさせていただいています。

なぜ、私が記者のNさんと縁を結びたいと思ったかは、彼の繊細な感覚や人を含めて全ての生き物に対してかける目(視点)の、限りない優しさのある彼の人柄からでした。えてしてマスコミ関係の人は、傲慢であるいう印象があるし、そのようにも人から聞いていたのですが、彼は全く通説とは真逆の人でした。取材したことを、そのまま伝えようという気持ちがあり、常に謙虚な姿勢で取材をし、記事を書いている人でした。

彼と知り合った頃は、生活・文化欄の担当であったので、彼自身が取材対象を決め、記事を書いておられました。彼が書かれた記事は、記事の大小にかかわらす、いつも、どこか心の中が温かくなるようなものでした。いつのまにか、私は彼の記事に短文で感想を書き、メールで送るようになりました。

このブログの冒頭で書いている本2冊は、『心がぽかぽかするニュース』といい、内容は全国から届いたハッピーニュースの集大成の本なのです。すなわち「新聞を読んでしあわせになる」ということです。全国から募集した「ハッピーニュース」の応募総数は8,262通で、その中から厳選した73のニュースが収録されています。その73の中に、Nさんの書かれた記事があるのです。
この記事は、彼が書かれた中でも私が一番感動し、好きな記事だったので、73の中に入っても当然の内容でした。

明日も朝早く起きて出勤ですから、今日はここまでとし、明日の夜続きを書きます。どんな内容かはお楽しみに!おやすみなさ~い。
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by eastwatery | 2007-11-26 23:45  

久しぶりの庭仕事(11月24日)

今日の朝夕は、冬を思わせる寒さでしたが、昼間は温かで穏やかな天気でした。今日、久しぶりに庭仕事をすることができました。

先日来から、花が咲き終わり、花がらが、そのままになっていたり、茎が伸びすぎて切り込まなければならないものがあるなど、ずっと気になっていました。それらの花々の整理が済んだ後は、鉢ごとに植えていたベコニアを冬越しのために寄せ植えをしました。しかし、まだ蘭の鉢を室内に入れていないので、明日は室内に入れるようにしたいと思っています。

ある程度、庭が整ったところで、車で5分くらいのところの小さな園芸店がバーゲンセールをしていたので、ガーデンシクラメン、ビオラなどを買ってきました。ガーデンシクラメンは、一株一株がしっかりしており、冬中、私たちを楽しませてくれる予感がします。ビオラは門扉へつけるハンギングの鉢へ植え込みました。

そうそう、時々寄るこの小さな園芸では、今日と明日セール中はお客様に粗品を贈呈すると言うことで、柔らかな黄色の花がついた薔薇1株をプレゼントしてくださいました。

こうして、一つひとつの花の世話をしていると、このところの忙しさで溜まっていたストレスが少しずつ解消されていきました。先日、久しぶりに我が家の近くを通る単線のJRに乗ったら、長い間お会いしなかった知人と席が隣同士になりました。その方は、1年前にご主人をなくされ、悲しみのために1年間、家から出る気がせず、いわゆる『閉じこもり』をしていたといわれました。余りにも悲しく、寂しかったので外出する気にもなれなかったとのこと。唯一、外へ出るといえば、庭の花々の世話をするときだったと言われました。

そういえば以前、彼女がお庭でご主人と二人でガーデニングをしておられる姿を時々見ていました。 私がガーデニングの話をするとその方は、ちょっと明るい表情になって、「ガーデニングをすると、ずいぶん気持ちが癒されました。今日は、やっと友人と高梁市の美術館へ出かける気分になったの」と話されました。

「自然との共生」とよく言われます。人間が花などの世話をしているように思えますが、私たちは、花の世話をすることによって、花たちから大きなエネルギーと癒しをもらっているのだと、つくづく感じた1日でした。

明日は、まだ植えていないガーデンシクラメンを丸い大きなプランターに寄せ植えしようと、楽しみにしています。
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by eastwatery | 2007-11-24 23:30  

天職(11月23日)

今日は、勤労感謝の日でしたが、私は急遽、福山市へ出張となり1日しっかり務めを果たして来ました。この務めについては、後ほど報告書を書かなければいけません。

ところで、昨日はとても残念でした。今日のタイトル「天職」について、なが~いブログをワードで書き、それをコピーしてブログの「投稿」に貼り付けようとしたときに、突然パソコンの電源が切れてしまいました。あっという間の出来事でした。昨夜は、もう一度書くことにチャレンジする気にもならず、寝てしまいました。今日は、『天職』について書きたいと思います。

日本では、まだ馴染みのない言葉で「社会起業」というのがありますが、これはNPOでもなく、ベンチャー、ビジネスでもない新しい事業形態なのです。そして、社会事業家は、社会的使命とビジネスを結びつけたことをしている人で、今日登場するジョン・ウッド氏です。この「天職」の内容は、久しぶりに読んで『アエラ』からの要約です。

ジョン・ウッド氏が、まだ35歳だった1999年末に設立した「Room to Read」(RTR:読書をするための部屋)も典型的な社会企業です。彼は、マイクロソフトのエグゼクティブとしてアジアに数年駐在していたとき、貧困のどん底にいる子どもたちを目の当たりにしました。とりわけ彼が長期旅行の最初に、ネパールに足を踏み入れた時のショックは大きかったとのこと。その様子は、図書館はあっても、ほとんど本がなかったとのこと。これでは貧困のサイクルが断ち切れない、余りにも不公平だと思ったとのこと。

先進国では、貧しくても教育を受ける機会がありますが、彼が見た貧困は、勉強したくてもその手段さえない状態でした。ウッド氏は、一念発起、マイクロソフト時代に培った詳細を活かし、RTRを立ち上げただけでなく、図書館を作り、さらに学校まで建てるようになりました。そういうことですから、彼が蓄えていた貯金はあっという間になくなったのですが、シリコン場レーンなのある投資家らが大金を寄付してくれ、それがされに信用につながったのです。

今では世界の主要都市に30ほどの支部をもつネットワークがあります。今、RTRは20020年までに1千万人の子どもたちに教育の場を提供することを目指しているということです。ジョン・ウッド氏はこういっています。「経済的に成功した日本は、自国のことだけを考えずに本当に貧しい他国の子どもを救済する道徳的課題があると思います。」と。さらに、彼が日本人へのメッセージとして「たくさんのお金を銀行に預けていても誰も幸せにならない。ますます貪欲になるだけ。お金は世界を帰るために有効に使って初めて価値があるのです」と。

RTRの日本支部は今年4月に立ち上がったばかりです。日本支部で活動する日本人の中島さんは、こう意気込みを持って「日本人は、貢献したいと思っても方法がわからない人が多い。でも、私たちが方法を知っているので、心配いりません」

私もそうだとも思います。その良い例が、どこかで誰かが心臓の手術をする必要があるときマスコミでその件を訴え、寄付をお願いするやいなや、全国各地から寄付金が寄せれます。現に、私自身が、尾道市に居住している子どもの心臓移植のときに寄付金を送ったことがあります。

日本人は、感覚が鋭く、本来は自然と共生し、相手を思いやることができる民族だと思っています。だから、RTRの趣旨やその活動などを知ることによりジョン・ウッド氏の仲間になることができると思います。彼が訴えたかったことは、人間がつながって生きることの大切さ、地球上の人たちが助け合って自分の蓄えを、少しでも他の人のために有効に使うという考え方を知ること。いくら「モノ、カネ」に恵まれても幸せにはつながらないこと、お金が有効に使われることによってはじめて「紙幣」や「コイン」が「心あるお金に変えられるということ」。その価値観を地球上の人たちと共有して平和に生きていこうと呼びかけているのだと思いました。

そして、そのような考え方をして、生きがいのある活動をしている彼は、そのことについて『マイクロソフトでは出会えなかった天職』という本を書いたということです。
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by eastwatery | 2007-11-23 22:36  

11月22日は「いい夫婦」の日(11月21日)

明日は、その読み方で「いい夫婦の日」といわれています。。11月3日に産経新聞社の系列が発行しているフリーペーパーの「リビングふくやま」から、私たち二人を取材したいと言われ、自宅でインタビューをしていただきました。そして11月22日より少し早い月17日前後に、このフリーペーパーが配布されたようです。

実は、このフリーペーパーは、今回は特別に倉敷市、岡山市、福山市、東広島市、広島市へ配布されるということで、その地域により配布する日が異なるということでした。だから、数日間の間に配布された各地から、電話やハガキ、手紙をいただき、その掲載を喜んでいただきました。

このフリーペーパーの掲載内容では、私たちが今年結婚45周年を迎え、いろいろなことがありながらもNZでの2年間の居住により人生観を変え、夫々が自分の生き方を変えたこと、お互いに中高年になって社会人入学制度を利用して、大学・大学院に進学し・卒業したことなど、お互いが同じような体験をすることにより、コミュニケーションがよりよく取れるようになったことなどを、私たちが話した以上にドラマティックに書かれていました。さすがに、プロの人は達筆でした。

このたびフリーペーパーに私たちが登場したことで、いただいた手紙や電話の中で一番嬉しかったのが、私が25年前に自宅で小学館の「子ども英語教室」をしていたときの受講生の一人がお手紙を下さったことです。彼女は既に37歳で、二人の子どもの母親になっている人です。手紙の最初に自分がどういう子どもであって、私との関係や、そのエピソードが書いてありました。その頃、私たちは、まだ子どもに恵まれていなかったので、英語教室に来ていた、40人の子どもたちは、みんな私の子どものような気がして、英語を子どもに教えることは楽しく天職と思えるほどでした。

とりわけ、手紙を下さった人は、賢く、礼儀正しく、しかも可愛い女の子で、印象深く私の中に残っていました。彼女が25年たっても、その当時のことを良く憶えてくださっていたことが嬉しかったのです。それよりもっと嬉しかったのは、文中「英語教室以後もE先生は、相変わらず勉強をし続けられていたのを知り、私も勇気が出ました。何歳になっても、自分の心がけ一つで、いろいろなことにチャレンジできるのですよね!!」と書かれていたことです。私は、今の仕事で子育て世代の人たちを対象とした講座企画をしているので、まさに彼女のような人が、受講生にぴったりだと思いました。(常に仕事のことを考えている?)

同時に、彼女と似たような人たちが、私たちが企画した講座に参加してくれたら、いいなと思いました。私も息子を育てる中で育児を十分楽しみながらも、その一方で「このまま社会に取り残されるのか」と不安だったり、焦りを感じることもありました。以前女性教育センターで「女性のキャリア支援講座」を企画し開催したときも20代~30代の子育て中の母親が託児を利用しながら、とても意欲的に8回の講座を受講してくださいました。今回考えている講座も、ぜひ、そのときのような人たちが子育てをしながら、自分の未来を考えていけるような講座を目指しています。

手紙をくださった彼女が、「生涯学習」の意味を理解し、意欲的に生きていこうとしていることは、
私にとって、本当に嬉しいことでした。12月中旬に今年も大学で「生涯学習概論」の授業を
する予定になっています。講義を依頼してくださった教授が、「理論も大事だが、それよりも
生涯学習の具体例を挙げて授業を進めて欲しい」といわれました。

私の周囲には、社会人学生の人も含めて、しっかり生涯学習をしながら、イキイキと第二、第三の人生を過ごしている人が多いので、その中から何人かを上げて、講義をしたいと思っています。
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by eastwatery | 2007-11-21 23:38  

ある講座に出席して(11月20日)

昨日は、仕事がらみもあるのですが、ある講座に出席しました。この講座は、厚生労働省の委託事業で「ニュースタート若者自立塾」を運営しているNPO法人ニュースタート事務局が主催したものです。数日前に中国新聞にこの講座のことが掲載されているのを見てこの講座に出席することにしました。

というのは、私が勤めている「広島県再チャレンジ学習支援協議会」が、このたびニート対象の
講座をするので、その広報活動のためにチラシを持っていき、自分も(そのお返し)講座に出席しました。だから、講座時間より少し早めに会場へ行き、チラシをお願いしました。

会場へは、既に数人の若者が来ていました。どの若者も20歳前後で清潔で真面目な感じのする人たちでした。私の隣に座った人に話しかけようとしてもバリアーをはっているようで、何も声を掛けることができませんでした。その他の若者を見ても、どの人も同じような感じで、気になったのは無表情ということでした。活気が感じられない雰囲気でした。待っている間、私の心はその場の雰囲気に、なんだか悲しくなってきました。彼らの辛さが、伝ってきたのだと思います。

講座の初めには、引きこもりから脱出して、現在若者自立塾で社会力を育む力をつけている人たちが、引きこもりをテーマとした劇を行いました。年齢的には、20歳から39歳までの人6人、それにプラスして「レンタルお姉さん」(スタッフの女性で訪問活動をしている人)が、加わっての上演でした。(でも、私は「レンタルお姉さん」という言葉に良いイメージを持てません。実際に会場にいた「レンタルお姉さん」は、温かな感じのする人でしたが・・・)。
しかし、「ニュースタート」のパンフに書かれているレンタルお姉さんに関する説明によると・・・
「引きこもりなどをしている若者を訪問して社会に復帰するように働きかけ、彼らの心を彼女たちが開く秘訣としては「アナログなコミュニケーション」です、手紙を書き、若者を訪ねていって話す。お互いの顔をみて彼らの本心を探り、共感し許容する」ということです。これのレンタルお姉さんについては、テレビドラマ化もされ、それについての本も出版されています。

劇が終了した後には、引きこもりなどを体験した演劇の出演者が、これまでの自分の生活や考え方など、一人ひとりが語りました。その後、参加者との質疑応答がありました。質問する側としては、会場にいた若者の一人が「あなたたちは親から肯定的な発言をしてもらえましたか?」という質問をし、その返答は人により様々でしたが、どちらかといえば、「甘やかされた」という感じの内容が多かったように思います。

次に、会場の7割は占めていると思われる保護者(両親が出席、母親だけが出席といろいろですが)が、発言しました。「自分の子どもは今、引きこもりになって6年になるが、君たちはこうして外部の人に自分をひらいて、世間に出てきたことが素晴らしいと思いました」といいました。また、「ニュースタート」が出しているパンフレットに「若者の自立塾」の3ヶ月が書かれているのですが、そのことについてある保護者が「たった3ヶ月で解決するのか?」と尋ねました。「3ヶ月では無理です。1年はかかると思います」との返答が、レンタルお姉さんから出されました。たった3ヶ月で38万円かかるのですから、1年間も若者自立塾にいると1年でゆうに100万円以上の出費が親側に求められるのです。パンフを見ると最終的には人材派遣・紹介・研修まで
受けるようになっています。でも、すべての若者が、そこまで行くかどうか。

そのような質疑応答がなされる中で、だんだん私も、悲しくなってきました。親の気持ちも良くわかるし、引きこもりをしている若者たちも好きで引きこもっているのではないということもわかるからです。レンタルお姉さんは「まず、親から離れて第3者に委ねることが、引きこもりなどを解決する第一歩です」といいました。 どうすれば良いのか、多額のも金を必要とするのですから、「ハイ、そうですか。そうしましょう」とはすぐに言えないと思います。

一つ気づいたことは、会場に来ている人たちが、父親であれば管理職についているような感じの人であり、服装も感じもしっかりしています。母親であれば、やはりしっかりした女性という感じの人でした。そこに、どういう理由があるのか、分かりません。

講座に参加し、こんなに暗く、悲しい気持ちになったことはありませんでした
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by eastwatery | 2007-11-21 00:46  

二つの講演を終えて(11月17日)

11月13日と今日17日の2日間、同じテーマで夫と共に講演会へ行きました。場所は13日岡山県との県境に近い神石高原町、今日は福山市の男女共同参画センターでした。同じテーマで、場所が違えば環境も違うので面白いところです。どちらも男女共同参画を基としたものですが、タイトルは次のように、全く異なっています。13日は「女の言い分 男の言い分 ~夫婦は「一心同体」ではなく「個人と個人のつながり」~」であり、今日は、「おしゃれな生き方を実践する夫婦で大学、社会人入学、励ましあい♪きずな深く」でした。

どちらも講座時間は2時間だったので、1時間20分くらいを夫と私が交互に話し、残りの40分で「人生のふり返りシート」に各人のこれまでの人生をふり返ってもらい、その後3~4人で話し合う形式としました。初めは、このワークショップ形式にとまどった人もいましたが、一旦書きこみ始めると、皆さんは一生懸命で、あとは書くペンの音がするのみ・・・という状態でした。
その後話し合ってもらいましたが、これも大盛り上がりになっていました。

感想には、「これまで自分の人生を返っても、シートに書き込むことはしていなかったので、よく自分のことが分かった」とか、「自分のこれからの生き方を考えることができた」、「自分がいかに幸せな人生を送ってきたかがわかった」などと書かれていました。

男女共同参画推進センターの職員さんに、帰り際に何人もの人が「ふり返りシート」をしたのが良かった職員さんに伝えて帰られたと聞き、ふり返りの必要性と自らのこれからの人生を考える意味でよかったと思っています。

中には夫婦で受講した人もいましたが、ほとんどが女性一人、男性:一人でしたが、中には夫婦二人で受講した方が良かったと書いている人もいました。私たちの狙いも夫婦でさんかがベストだと思っていたので、そのように感じてくださった人には感謝です。
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by eastwatery | 2007-11-17 23:28  

結婚式に感動しました(11月15日)

11月11日には夫の姪の結婚式に家族3人で列席しました。夫の姪は一時期我が家に1年間同居していたこともあったので、結婚も我が家の近くの人と結婚し幸せな日々を送っています。姪の娘のTちゃんとも小さいときから触れ合っているので、今回の結婚式には息子も含めて3人で来て欲しいというのがTちゃんの望みだと結婚前に我が家にきて言ってくれました。

披露宴では、Tちゃんも結婚相手のKさんも友達が多いせいか、若い人たちで一杯でした。
しかも、披露宴に際しては、いろいろ趣向が凝らしてあり、若い人だけでなく年配の人にも
楽しんでもらえるように企画されていました。

まず、初めにTちゃんの地元の人々による、おめでたいお神楽があり、結婚当日の朝についた柔らかい紅白のお餅が全員に配られました。そのおもちの柔らかさにTちゃんがいかに地元の人たちに愛されたかを感じました。その後、若い人たちからの祝辞があったり、会社の同僚の人たちによるルパン3世のコントがあったり・・・・。そのうち披露宴も終わりに近づいた頃、TちゃんとKさんのきょうだいが花束を花嫁花婿に、オメデトウの言葉と共に贈りました。

そして、(これは私が初めて出会ったことでしたが)その花束を今度は両親に贈りました。
これは、多分結婚式場のホテルが企画したことだと思いますが、「家族」のつながりを感じる
ものでした。恒例の花嫁からの両親へのお礼の手紙は、両親だけでなく列席者の多くが涙しました。一番心に残ったのは「お父さんとお母さんの子どもでよかった」という言葉でした。親としてこの言葉ほど嬉しいことはありません。

最後に花婿から列席者にお礼の言葉が述べられました。彼は、初めから目を真っ赤にしてなかなか言葉が出ませんでした。「お礼の言葉を考えていたのですが、今はもう頭が真っ白です。言いたかったことは・・・ボクはこれまで多くの人に支えられ、多くの人とのつながりの中で生きてくることができたということ、そのことにとても感謝しています。それを今日はとても感じることができました。どう、お礼を言っていいか分からないくらいです。皆さん、支えてくださって有難うございます。これからも宜しくお願いします」というような挨拶だったと思います。私も他の人と同じように思わず涙してしまいました。でも、それは、もちろん爽やかな涙です。

いよいよ花嫁花婿とその両親が並び、出口で列席者にお礼の挨拶を一人ひとりにすることになりました。そのとき、男性にはポッキー、女性にはTちゃんが列席者の女性一人ひとりに手作りで作った素敵なティッシュ入れをプレゼントしてくださいました。さらに、その一つひとつに、TちゃんとKさんが自筆でお礼の言葉を書いていました。姪によると毎晩会社から帰宅した後、Tちゃんは疲れていてもポケットティッシュをせっせせっせと作っていたということでした。

私が結婚した頃には、簡素な結婚式だったし、列席者の人に感謝の気持ちを表わすものなど
考えたこともなかったので、姪の人に対する思いやりと感謝の心に感動しました。
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by eastwatery | 2007-11-15 21:46  

もう少し、忙しい感じです。

ご無沙汰しています。9日は、少し楽になったように書きましたが、それは1日だけのこと。またまた忙しくブログを書く暇がありません。

姪の娘の感動的な結婚式、神石高原町の講座の報告など、いろいろありますが、それらを書く時間がありません。何とか今の状態から抜け出したいですが、もう少しかかるでしょう。

ブログ仲間の皆さんへのコメントも入れにくくなっています。そのうち、復帰しますからお待ち願います。
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by eastwatery | 2007-11-15 07:18