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今日の出来事二題(6月30日)

今日の午前中は、「社会人学生ネットワークきらめき」(愛称:SGネットきらめき)の例会&学習会を開催しました。今日の学習会のテーマは「働きながら大学・大学院へ行くこと」で、二人の会員が話してくださいました。

一人目のKさんは、現在東証1部の上場会社の経理課長をしている48歳の男性です。彼は今日に至るまで、波乱万丈の人生の中で多種多様の学びと職業を経ながら、現在に至っています。高卒後は経理関係の仕事に携わろうと専門学校税理士科で学び、在学中に日商簿記1級を取得。卒業後は、会計事務所に就職するものの、考えるところがあり、多種多様な職業を経験しようと上京し、その後渡米し、ここでもさまざまな職業を体験しました。その後は中小企業に就職したものの、経験だけではなくマネジメントの理論を学ぶために産能大学経営学部情報学科(通信制)で4年間学んだ後、現在の会社に移りました。

しかし、IT化により間接部門の仕事方法が変化し役割、スキルだけではなく、マネジメント能力のある人材が必要だと思うようになりましたが、その一方で自己啓発だけでは限界を感じていました。そこで、彼は広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻に進学(夜間主コース)、今春3月に大学院を修了しました。 

私が彼の人柄の真面目さと正直さ、一所懸命さを感じたのは、大学院進学に際し、A4用紙7枚に「大学院進学に当たって」と言うことで、専攻の内容、メリット、専攻する動機、研究課題、進学に当たっての課題と要望を書き、必ず会社の業務に役立つことを宣言していたことです。これまでの社会人学生で就業しながら大学進学した人の大部分は、会社に内緒で通学している人でした。しかし、彼は、勇気を持って会社に大学院進学を理解してもらうように最大限の努力をしておられました。2年間、会社側も彼の勉学に理解を示し、同僚なども励ましてくださったそうです。彼は、仕事をもちながら社会人学生を目指す人の「良きモデル」となる人だと強く思いました。

もう一人は、家庭教師をしながら臨床心理士を目指して福山市から広島市まで新幹線通学をしている40歳代女性のYさんに話していただきました。彼女は理系の大卒後、いろいろな職業を経て不登校の子どもたちの家庭教師をしているうちに臨床心理学を研究し、資格取得をして心理相談と共に家庭教師をすることを目指したいと思うようになりました。彼女も今に至るまでの経緯を話してくださいましたが、放送大学、通信制大学などを経て現在にいたっています。そして、、一貫して臨床心理士を目指した学習と研究をされていました。

二人とも、学ぶ意欲だけではありません。Kさんは、自分の経験を生かした産能大学在学中の人の支援をし、Yさんはこれからも不登校の子どもたちの良き支援者と学習の指導者として人生を歩む計画だということです。二人とも、温かく爽やかなお人柄、気持ちのいい時間を過ごしました。
午後からは、7月の参議院議員に立候補を表明している産婦人科医のK先生(女性)の選挙事務所で電話かけのボランティアをしてきました。まだまだボランティアの人数は少なく、いくらでも人員が必要な状況です。

私が彼女の支援をしたいと思うには、理由があります。彼女は、[命と平和を守る」をテーマに活動していること、「さらば、悲しみの性」と言う本を初めとして、多くの著書を出版し、同時に、正しい性教育を推進していき、10代などの若い世代が、間違った知識と生活に至らないように全国で講演をしています。また、広島ならではの平和活動も展開している人です。常に「命を守る」とはどういうことかを考え、仕事と並行して全国各地で講演活動をしていらっしゃいます。

現在、日本は平和が守られない状況になりつつあります。何とかこの状況を変えていくためにも、選挙まで私ができる時間にK先生の選挙事務所でボランティア活動をしていくつもりです。
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by eastwatery | 2007-06-30 23:09  

ドレッシングいろいろ(6月29日)

先日、取材に来てくださったSさんが、手作りドレッシングを下さったので、すぐに賞味させていただきました。その美味しいこと!

手作りドレッシングですが、これは家庭で作られたものではなく、ドレッシングを専門で作っている会社が発売しているものです。いわゆる商品です。これはフレッシュな野菜や果物をふんだんに使い、皮むきから梱包まで会社のスタッフの手で1本1本丁寧に作り上げてあります。また、「誰にでも安心して賞味してほしい」という気持ちから防腐剤、着色料、保存料は一切使用していません。したがって、(防腐剤を使用していないため)常温保存すると、乳酸菌が増え(菌が0の状態)発酵する恐れがあるので、開栓前後にかかわらず、冷蔵が必要になっています。

Sさんは4種類あるドレッシングのうち「あら搾り キャロット」と「和風クリーミー セサミ」を頂きましたが、その時もちゃんと保冷剤を入れてもってきてくださいました。それ以外には「和風醤油 オニオン」、「イタリアンハーブ バジル」があります。

私たちは、以前から食物もなるべく添加剤や着色料、保存料が含まれていないもの、インスタントラーメンなどのインスタント食品は一切摂らないようにしているので、このSさんからのプレゼントは嬉しいものでした。その日の夕食に温野菜のサラダをし、早速「あら搾り キャロット」ドレッシングをかけましたが、そのまろやかで上品な味、そして人参のオレンジがとても美しく、どこかの高級レストランでの食事のような気がしました。 味も、塩味が少しついているくらいで、にんじん独特の自然の甘さが他の野菜を引き立ていました。このドレッシングはカロチンがたっぷり入っています。また、にんじん嫌いな人のために玉ねぎをブレンドし、味、臭いを抑えて食べやすくしているので、にんじん嫌いの子どもなどにも良いと思いました。

私はこのドレッシングを食べてみて、とても美味しくヘルシーなドレッシングだったので、今療養中の友人に贈りたいと思い、早速、ラベルに書いてある会社に送付をお願いしました。この会社は、お客様にはなるべく作りたてを召し上がっていただきたいという意向から、製造後1週間程の新鮮なものを届けてくれるということでした。こんなにヘルシーで手間のかかった美味しいドレッシングにもかかわらず、リーズナブルな値段でした(ちょっとこの商品のPRみたいですね)。

製造会社は広島県福山市で、この地方都市にこのような良心的な会社があるということを初めて知りました。店頭で買えるところは、と探しましたが。三越デパートや高級食品店しか売っていないということでした。 常に多くの商品を冷蔵してお店に置いておくことはスペース的にも無理なのでしょう。プレゼントした友人は、とても喜んでくださり、届いたその日に賞味をしたとのことでした。人に贈り物をするのは、なかなか難しいのですが、今回は何とか自分も納得して贈ることができたし、友人も気に入ってくださったので、まずまずでした。
後は、1日も早く友人が快復されることを祈るのみです。
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by eastwatery | 2007-06-29 23:07  

マイ・ハート倶楽部コンサート(6月28日)

今日の午後は相談員の仕事をし、午後6時半から私がファンであるヴィオラ奏者沖田孝司さんが仲間と共に室内オーケストラ(弦楽四重奏)でコンサートを開催されたので、夫と共にウエルシティ広島に行きました.彼のコンサートは、いつもそうですが、ただ弦楽四重奏だけでなく、彼の心温まる、人間性溢れるトークを聞くのも一つの楽しみです。

今日は、この四重奏団の支援団体「マイ・ハート倶楽部」の総会とバイキング料理、その後弦楽四重奏団の演奏というプログラムになっていました。私は1昨年、同窓会のアトラクションやマツダOB会のアトラクションに演奏してもらって(そのときはお連れ合いの千春さんのピアノとの合奏)以来、お二人の大ファンとなり、私たちのスケジュールとあえば、演奏会に出かけています。

今日は、私たちのようなファンも含めてあらゆる年代(小学生くらいの子ども15,6人はいました)
の人たちが、今日のコンサートに駆けつけていました。今日は、演奏が主というのではなく、いわゆるファンサービスのような日でした。というのは、フリードリンク+料理(デザート含む)で3,000円ですから・・・・。 場所は、川べりの建物に沿ってうっそうとした緑の木々、芝生、など緑の風景で、すっかり癒しモードでした。

コンサートは、「赤とんぼ」から始まり、その後数曲の短いクラシック音楽、そして、再び「川の流れのように」などがありました。この楽曲は私が大好きなものでもあるし、四重奏の素晴らしさに魅せられ、なんだかとても幸せな気持ちになりました。こうして、美味しいものをいただき、ステキな人々と共に(私たちの友人・知人も多く来ていました)ゆったりと好きな曲を聴くことのできる幸せを思い、思わず涙が出そうになりました。ふっと真正面を見たら、若い女性が涙を拭きつつ聴いていると思ったら、感情が湧き上がったのか、今にも声が出そうになるくらいの感動されていました。4人の人たちの心が伝わってきたのだと思いました。そして、最後は、沖田さん作曲の「伝えよう笑顔と心」を手話を交えてみんなで歌いました。

このマイ・ハート弦楽四重奏団の人たちは、CDも発売し、毎年東京や大阪でもコンサートを開催しています。また、それだけでなく、毎年クリスマスシーズンには病院や原爆養護ホームなどを慰問したり、時には妊娠中の母親や障害者をコンサートに招待するなどのボランティア活動もしておられます。

沖田さんご夫妻の活動は、自分たちの才能を発揮するコンサートだけでなく、自分たちができる限りの中で精一杯社会貢献をしようとされています。だから、小・中・高等学校へも考えられないくらいの格安の演奏料でコンサートをしています。彼はこう言います。「演奏料はいくらと僕たちは言いません。いくらでも私たちは演奏させていただきます」と言われるのです。そういうご夫妻や四重奏団を応援している人は多くいます。しかも広島の財界のトップの人たちが会員にもなって、常に彼らを支援されています。一生懸命生きている人には、一生懸命支援・応援する人がいるのだと痛感しました。

ということで、私たちもやっとファンから、今日のコンサートを機に「マイ・ハート倶楽部」に正会員として入会することに決めました。9月にはクラシックを中心とした弦楽四重奏団のコンサートがあります。

楽しみです。「忙中閑あり」の大切さを感じた日でした。
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by eastwatery | 2007-06-29 00:05  

うれしかったこと~後輩からのメール~(6月27日)

1昨日、嬉しいメールが入ってきました。私が母校の大学で勤務していた時の学生でもあり、同時に私の後輩でもあるYさんからのメールです。

今年の2月中旬、尾三(尾道市・三原市)地区の小・中・高等学校の「キャリア教育成果発表会」に参加するために瀬戸田町の会場へ行きました。すべての発表会が終了後、友人とバス停に行こうとしていたとき「Eせんせい~」といって追っかけてくる若い女性がいました。追いついてきた彼女を見ると、数年前に母校を卒業したYさんで、当時この地区の小学校で臨時採用教師をしているということでした。

「まあ、よく声をかけてくださってありがとう!元気?」と尋ねる私に「どうも、会場にいる人がE先生だと思ったので、走ってきました」と嬉しそうな表情で語りかけてくれました。彼女は、在学中から何かにつけて、よく私の研究室へ訪れ、特別心配事があるわけでもなく、いろいろな話をしてくれていました。だから、多くの学生の中でもYさんの顔と名前は、私もしっかりと憶えていて、思わぬ場所での再会を喜びました。

彼女のメールの内容は、6月21日にRCCテレビ番組「イブニング・フォー」において「日本女性会議2007ひろしま」の放映があった時に、S公民館で行われた「メディア」、「キャリア教育」の講座で、私が講義をしているところを観たこと、その後、自宅で私が実行委員として参加した意味や、傍でサポートしてきた夫の感想を聞く様子を、彼女はたまたまTVで観ていたというのです。

Yさんは、現在の教育のあり方に疑問をもって悩んだ末、最近教職から離れて、別の仕事をしようとしているときに、このテレビ番組を観てとても励まされたとのこと。そこで、1昨日頂いたメールの内容は、私が属する「分科会:キャリア教育」のボランティアとして何かお手伝いをさせてほしいということでした。

彼女が備後地区からボランティアとして大会当日参加してくださることは、私たちにとっても、とても大きな支援となります。くしくも、今大学生を初めとしてボランティアを募っているところだったのです。このボランティアに関しては、過日このブログを読んでくださっている、ある方が、友人と共にボランティアとして参加してくださることになり、、メンバーと共に感動したところでした。

この大会の準備を始めて1年半、一人で立ち上げたキャリア教育も良き理解者を得て、今メンバーは4人になりました。紆余曲折、協賛金へのお願いをしながら、やっと資金調達も何とかなりました。これからは、最終局面に向けて忙しくなると思いますが、このままの勢いで、多くの人に支えられながら、10月の本大会まで何とかがんばっていきたいと思います。
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by eastwatery | 2007-06-28 00:27  

女子大学生の子育て支援(6月26日)

今朝の地元紙の朝刊に、私の母校の大学が自主ゼミが「パパママ応援団ぶんこ」で活動をしている様子が取り上げてありました。これは、昨秋少子化に対応した地域貢献の柱としてHB大学が温める「子育て支援センター」の設立構想のアイディアづくりに携わった学生たちでつくったものです。

現在のメンバーは24名。7月1日には親子工作教室を開く予定とのこと。この取材をした記者にとっては、立ち上げた頃の学生に対しては不安があったということです。学生のAさんは「子どもは苦手。将来はネグレクト(育児放棄)になるかも」と思っていたと漏らした一言があったからです。彼女の母親は、保育士。苦労を聞かされて育ったこともあり、これで幼い子と接するのを敬遠していたと言います。

そういう中、未就学児童を対象に、今年2月に初めて企画した親子持ちつき大会。感想を尋ねると「子どもって、大人みたいに打ち解けるのに時間がかからない」と笑顔で語ったAさんに記者は、ほっとしたということです。

考えてみれば、この少子化の中、学生たちがきょうだいや親類の子達の世話をする場面はかなり少ないのです。私が小学生の頃、子ども好きの私は、わざわざ子どもの小さい家に行って、小さい子どもを背負わせてもらっていろいろな遊びをしていました。しかし、今は、もう子どもたちが、そのようにして遊ぶ時間も場所もありません。現在、20歳前後の学生の日常からは、幼い子どもとのふれあいは消えつつあるのです。

ある一人っ子の学生は「身近に子どもを見ていると、自分は将来こうしようかとか想像できる」と言います。この活動をし始めて刺激を受けている様子がわかる言葉です。
全国の大学・短大がまもなく直面する(もしかして、すでに直面しているかもしれません)「大学全入時代」。各大学が地域貢献や産業連携を掲げ、生き残りを図っています。その取り組みの過程で生まれた「ぶんこ」は、交流の場作りを通じて、地域での子育て支援を目指しています。と同時に、学生自身も子育て見つめるという副産物が生まれ、今実りつつあるのではないかと思います。
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by eastwatery | 2007-06-26 22:15  

カードを贈るということ(6月25日)

引き出しの整理をしているときに、今まで夫や子どもから誕生日にもらったカードを納めていることに気づき、読んでみました。 息子の場合は、成長後の言葉は、その年齢なりに整った文章ですが、小学生の頃の息子の言葉は、子どもらしく面白いものでした。

小学校低学年の頃には、画用紙にアニメの主人公を描いて、そこに「おかあさん、おたんじょうび おめでとう」というようなものでした。小学校高学年になると夫が贈ってくれたカードの半分に夫の言葉、息子の言葉が書かれています。夫の言葉は、ちょっと照れる言葉が書いてあるので、今日は省きます。

<息子が10歳のときの「言葉」>
おたん生日おめでとう  110さいまで生きてね。 病気に気をつけて元気でいてください。
(110歳まで生きていてほしいと言うのは、子どもしかいえない言葉だと思いました。彼は、腕白坊主そのものでしたが、こんなに可愛いことを言っていたのを、忘れていました)

<息子が11歳のときの「言葉」>
おかあさんへ、  お誕生日おめでとう  これからも元気で大学へ行って、がんばってください  お願い、  おこづかいを600円にしてください  日本のユニホームを買ってください
おこらないでください(と書いて、500円と100円硬貨、サッカーのユニホームが描いてあります)  
(この頃、私は社会人入学をした大学を卒業後、母校に勤務していました。息子は放課後、サッカークラブに入り、毎日暗くなるまで練習をする日々でした。おそらく、全日本の青いユニホームがほしかったのだと思います。お小遣いは、当時1ヶ月500円にしていたので、多分100円の値上げを望んだのでしょう。100円アップという金額が、いかにも子どもらしいなと思います。100円アップでも、なかなか言い出せなかったのですね。息子には申し訳ないのですが、あの頃よく怒っていたのか、どうか私自身はよく憶えていません。)

<息子が12歳のときの「言葉」>
お母さんへ  ずっと元気でいてね  いつも ご飯を作ってくれてありがとう
(このとき、何か忙しかったのでしょうか? 字が乱れて、急いで書いた様子が分かります)

<息子が13歳のときの「言葉」>
母さんへ  誕生日おめでとう  いろいろ迷惑かけるけど  これからもよろしく
長生きしてね
(中学校になって、自分のことを少し客観的に見られるようになったのでしょう。親として迷惑をかけられているという認識はなかったのですが・・・・。「長生き」という言葉は、これ以後毎年書いてあります。)

彼が、高校1年の3学期~高校2年の3学期までの1年間オーストラリアへ留学したときには
英語で言葉を印刷したカードに、日本語の言葉を添えて送ってくれました。英語で書かれた言葉は、今まで贈ってくれたカードの中で一番印象に残っています。カードを開けると、左側に「あなたは、いつも私の心の中にます」、そして右側には「私はあなたのことを、ずっと思い続けています」というものでした。これは「母の日」用に作られたカードでしたが、日本の文化との違いを感じました。それよりも、多くのカードの中から息子がこのカードを選んでくれたことが嬉しかったのを憶えています。

欧米では、何かの機会を利用して家族だけでなく、友人などにも自分の気持ちを伝えるものとして、様々なカードが店頭に並んでします。今では、日本でも多種多様なカードがお店のラックに並べられています。 私も何かにつけてよく人にカードを贈ります。 その時、贈る人のことを想いながら「その人のための1枚」を選ぶことは、ある意味、至福のときだと思います。
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by eastwatery | 2007-06-25 23:01  

赤ちゃんポスト論議(6月24日)

先日の新聞によると、熊本の「赤ちゃんポスト」へ3人目の子どもが入っていたとのこと。
「赤ちゃんポスト」が開設されると決定した時、何の処罰もなく親が匿名で赤ちゃんを養子にするやり方は捨て子を認め、いいかげんな親を増やすからダメだという意見が多く噴出しました。親がわが子を育てるのは、当然のことであり、それには異論はありません。しかし、親の気持ちとして自分自身で育てたい気持ちがあっても、時にはそれができない事情があることも考えられます。

このことについて、イーデス・ハンソンさんは「先の大戦末期に中国に置き去りになった残留孤児の苦労は知られているが、彼らの親たちは同情しても、誰もとがめない」といっています。もちろん、戦時中のことだからです。だから、平和な時代の今は違うと言う意見もあるでしょう。しかし、日本が現在戦争をしていないから「平和」であるといえるでしょうか?

一見平和そうな現代でも、思わぬ病気や事故により、職業や住まい、家族など失い事実上は個人的な戦争状態を経験することもある可能性はないとはいえません。また、(本人や相手に不備があったために)子どもができた時には、その是非を言う前にコインロッカーやごみ捨て場に変わる安全な預け場所があった方がいいと思うのです。「無責任な親」もそれを利用することもあるでしょう。これまで「赤ちゃんポスト」に入っていた3人の乳幼児(一人は3~4歳くらいだった)には、それなりの理由があったと思うのです。その理由をいろいろ憶測していう前に、親自身の道徳的な責任追及と切り離してあくまで、赤ちゃんの命を助けるための対策として「赤ちゃんポスト」の存在を考えることが必要だと思うのです。

確かに、親が姿勢を正すことに重点を置くことも必要でしょう。また、学校教育において「正しい性教育」をし、「命が生まれる」ことの荘厳さや神秘性、決して偶然に命が誕生するのではないことなどを学ぶ機会も必要だと思います。

イーデス・ハンソンさんは、近年発見の化石から、ある種の恐竜の大人の骨と一緒に多数の子どもの恐竜の骨がまとまって出たことで、恐竜たちは、協力をして子育てをしたらしい、巣を守る習性があったとされていた、ということを書いています。また、ゾウはみんなで群れの子どもたちの面倒をみること、狼の社会では、親が狩に出ている最中、巣穴付近でチビたちの子守役を引き受けるのは群れの若者たちだということも書いています。そして、「自分の群れしか視野に入らない動物と較べて、人間には広く深く、より複雑に物事を考える力があるはず。」と書いています。

日本人は、古来から農耕民族として村全体で、みんなが協力し、助け合いながら自給自足に近い生活をして命をつないできました。しかし、特に第二次大戦以後、アメリカ式の民主主義を、都合がいいような日本式民主主義を作り上げ、自由と権利だけを主張し、責任と義務を果たさない人が増えてきました。それに加えて、経済格差、教育格差が広がり、勝者と敗者と人々が分けられ、各々の人が自分のごく近い人たちだけを大切にし、それ以外の人たちへの関心をなくしています。

そうではなく、今求められていることは身内、地域、(大きく言えば)民族の枠を超えて、素直に人が人を支えて、つながって、お互いに守る余裕をもつことではないか、と思います。
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by eastwatery | 2007-06-24 15:24  

中国・四国地区社会教育研究集会(6月23日)

今日は「自治体改革と社会教育再編をめぐって」をテーマに研究集会が行われました。
基調講演は、H大学准教授による「自治体行政改革とパートナーシップ―アメリカの動向から―」をテーマに基調講演があり、その後、公民館長、児童会館長による現場からの報告がありました。

基調講演では、1999年代のクリントン政権における行政改革とブッシュ政権下の行政改革の比較によって、最終的には日本への問題提起が行われました。
①日本における行政改革では、指定管理者制度から市場化テスト(官民競争入札)へという動向が生じているが、果たしてアメリカ型行政改革は日本に有効であるか、どうか?
②NPOの行政への参画については、アメリカの動向にならい事業型によるコミュニティ・ビジネスの可能性は期待できるが、NPOの使命と事業の関係を再考するべき。つまり、行政の事業を請け負う型になりやすいということ。
③社会教育関係能力の力量をどのように保証するか
これには、活動分野に関する専門的技術、知識、 社会的ニーズの把握、 多様な人材をコーディネートする力など合わせて11の能力が求められます。しかし、社会教育先進国のアメリカにならって日本の社会教育を考えた場合、多くの問題はあるようです。

現在、広島では社会教育施設に指定管理制度が導入されつつあります。その場合に求められるのは、職員が自らの力量形成をめざして学習・研究活動をしながら、事業の取り組みをどのようにしていくかということです。そのことについては、現役の公民館長がその現状を話されました。その内容は、課題学習会実施、自主研究グループによる研究発表や指定管理を得るための提案書の作成などを学習しているということです。その一方で親の教育力を高めるプログラム開発をするために関係機関・団体の研究活動へも参画しています。

また、研究事業としての取り組みとしては、①他の機関・地域団体などとの連携事業(川くだりフェスタ、地域人材を活用して自然を活かした活動など)、②地域を巻き込んだ館独自の事業(まちづくりCAFEプロジェクト、ふれあい健康づくり農園など)が行われています。

こうしてみると、2年半後には8公民館に指定管理制度を導入されるので、それに向かって、いかに民間や団体と競って今の公民館をそのまま残し、引き続き運営していくために努力をしているかがわかります。しかし、問題は、指定管理導入を決めるときの評価基準が経費削減というのが第一の目的であるということです。また、もう一つの問題点は、評価をする人がどういう人か、ということもあります。というのは、公民館については地域差を考慮しないと、一律に評価はできないということもあるからです。

最後に公民館長が提言されたのは、「公民館のあり方」でした。①社会的弱者(育児中の人、高齢者、若者)への取り組み、②地域経営(地域活動へのサポー)の2項目に絞られると言うことでした。 今日は、13:00~17:00まで間で15分の休憩を取っただけで多くの人が意見を出し、議論をすることもできました。この研究集会は、1年に1回しか開催されませんが、研究者と活動者・社会教育経験者が共に一同に会して「いかに人々が主体的に学習・活動をしていくか」と言うことを議論しながら考えることは充実していると思いました。

今日の集会では、最後にアメリカでは「住民を顧客と捉えている」が、そうではなく、社会教育である以上、住民のみが主体的という言葉のもとに活動をしていては、レベルアップにはつながらない。そこには、必ず指導者が必要であるという提言がなされました。公民館が貸し館状態であったり、カルチャセンター化している現在、いかに充実した社会教育をしていくかというのは、大きな課題だと思いました。
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by eastwatery | 2007-06-23 22:44  

穏やかな日々(6月22日)

やっと自分の時間が取れるようになり、とても豊かな日々を過ごせることを喜んでいます。そういいながらも、明日は社会教育学研究会、明後日は「日本女性会議2007ひろしま」の総会と土、日曜日はなくなりますが、今週はウィークディの何日かが休日になったので、心身ともに安息の日々です。

休みが取れることによって、何が良いかといえば、まず「何にもとらわれないで、過ごす時間が多くあること」、「自分で時間をコントロールできること」。これは、本当に豊かなことだと思います。当分の間、日常必要とするものの買い物などは、ほとんど夫に依頼していました。庭の花々の様子が気になっても見過ごすしかなかったのです。でも、今は花たちをゆっくり見ることも、世話をすることもできます。

忙しい時でも私は、短時間で料理をするのが好きなで、この部分だけは楽しんでいました。振り返ってみると、大学院生時代、今より時間に追われているときでも料理をすることは好きで、逆にストレス解消になっていたし、それが健康維持ができた一つメリットだったと思います。

よく、夫が定年後1日中家にいると、妻は食事を3回作らなければいけないので、多くの妻が「夫在宅ストレス症候群」になるといいます。これは、おかしいと思います。自分も3回食事をするのですから、夫がいようと、いまいと関係ない気がするのです。

思い当たることは、夫が3回の食事について、いろいろと文句をつけるということ。たとえば、前日の夕食で残った味噌汁を翌日の昼食に出したり、煮物が重なっていたり、と言うこと。また、昼食を焼き飯にしたり、そうめんなどにした時に文句が出るなどです。そう考えてみると、わが夫は、そういうことには文句を言ったことはありません。しかし、こういうことはあります。

つい栄養のバランスを考えて、あれもこれもと作っていると品数が増えることがある時です。「品数が多すぎる、もったいない」と夫が言うことがあります。私は「多ければ残しておいて、明日食べようね」と言います。それで終わりです。夫は昭和一桁生まれで、ちょうど成長期の食欲旺盛なときに戦争前後を過ごしているので、食に対する思いがいろいろあるのです。先日、近所の方と話している時、夫と同年齢の彼女のお連れ合いが、同じことを言われるということで、二人とも「やっぱりね!」と妙に納得しました。

熟年世代の夫婦が、子育てを終えて二人きりになった時、二人が快適に過ごす一つのヒントとして、「週に1回は外食を」と提唱している作家がいました。 生きている限り「食」を切り離すことはできないのですから年を重ねようと、それをいかに楽しくするかが、大事なことだと思いました。ただし、私の場合は、「1週間に1回外食」というのは、贅沢としか映らないので、実行する気持ちはありません。

実行していることは、講演をした日は、自分にご褒美を上げる意味で「握り寿司」の折を近くのデパートで買うことです。これは夫との間では暗黙の了解になっており、私が講演で夜遅いときには夫が買って私の帰宅を待っています。それに澄まし汁を作って食べるのが楽しみです。

本当にささやかな楽しみと喜びですが、これが日々の生活の中に一味添えてくれています。どうも戦中戦後に成長期を過ごし私たち夫婦は、白飯とちょっとした副食があれば、それで十分ご馳走だと思うように、刷り込まれているようです。
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by eastwatery | 2007-06-22 17:58  

お話ししたいこと二題(6月21日)

今日のお話は、2本立てです。一つは、先日取材を受けたRCCテレビ番組「イブニング・フォー」において「日本女性会議2007ひろしま」の放映があったことです。過日も書きましたが、NHKが3時間取材、30秒放映ということがあったので、ちょっと取材アレルギーになっていましたが、今回は取材の段階からディレクターやレポーターの方が誠実に対応してくださっていたので、快く取材を受けることができました。

映像は、この全国大会の意義を実行委員長が説明するところから始まり、次には開催に必要な資金を支援していただくために、各企業や団体を訪れるというところを映しました。また、多くの人に知ってもらうための手立ての、いくつかの取材がありました。そのうちの一つが、先日S公民館で行われた「メディア」、「キャリア教育」の講座の様子。これも丁寧に取材がしてありました。「キャリア教育」はまだ、一般の人々には馴染みのない分野で、講義の中だけで理解するにはは足りないので、一番レポーターの印象に残ったキャリア形成のための3要素、「能力、意欲、チャンス」の図を示しながらスタジオでレポーターの方が説明してくださいました。

自宅で取材された主な目的は、「なぜ、この会議に実行委員として参加しようと思ったのか?」などに対する私の考えを述べる、また、傍でサポートしてきた夫の感想を聞くというものでしたが、これらのことも大事なポイントは逃さず伝えてくださっていました。ディレクターは、まだ若い人でしたが、常に大事なポイントはどこか?など考えつつ、レポーターと協働しながらいい番組に仕上げてくださったと思いました。この番組を観た人たちが、一人でも10月の大会に参加してくださることを願っています。今日のテレビ放映は、参加への一つのきっかけになると思いました。

番組が終了して1時間くらいたったときに、ディレクターのAさんから「どうでしたか?」と電話が入りました。私はとても誠実に正確に大事なポイントを伝えてくださったことに感謝していると伝えました。彼女は、短い番組の中で偏らないためには、どのように伝えていくかに心を砕いたといわれました。これから、この若い世代の人が一つ一つの番組制作を通して、成長していかれることを嬉しく思うと共に期待をもって、これからもこの番組を観ていきたいと思いました。

次は、もう一つの話題です。これは上述のテレビ局とは異なるTV局の番組ですが、感動した内容だったので、お伝えしたいのです。

29歳のある青年は、3月一杯で仕事をやめ、自転車によるお好み焼きを食べる旅に出ました。働いて貯めた貯金を取り崩しながらの旅なので、あまり遠くは行けないので、広島県内のお好み焼き屋さんを巡る旅でした。彼のこのチャレンジは、1ヶ月前にテレビで見ていたのですが、この続きを今日、どうしても観たかったにのには、訳があるのです。彼は、ただお好み屋さんを巡っただけではないのです。彼は、最初から1,000枚を食べるという目標を立てていたのです。そして、今日放映される場面が1,000枚の達成を伝える日だったのです。彼は、もちろんお好み焼きが好きだったのですが、それ以外にも、もう一つ「自分さがしの旅」でもあったと言います。これまで、自分が亡き母に迷惑ばかりをかけてきたので、1,000枚達成のときに「お母さん、やったよ!」と天国の母に言い、喜んでもらいたかったということもあったのです。

1,000枚目のお好み焼きを食べる時には、日頃から彼を励まし続けてくれた人たちがいたこと、母のこと、途中で投げ出したくなったことなどを思い出し自然に涙が出た、と涙をポロポロこぼしながら食べていました。

彼は言います。こうして旅をしてみて、絶対に自分ひとりでは、この旅をなしえなかったこと、つまり、常にいろいろな人がさせてくれたこと。苦しくやめたいと思ったときに「楽しみなさい」といってくれた人がいたこと。そして、彼がお好み焼きに向かったときには、いつもまず、食べる前には必ず長い間合掌をして、すべての命に対して感謝して食べると言います。

1,000枚目を食べる時には、そのお好み屋さんに多くの友人たちが来て、祝っていました。その後、彼は、常に彼を励まし続けてくれたあるお好み屋さんのマスターのところに行って、熱くハグをしました。こうして、ハグによってお互いの思いを伝え合う場面を見るのも、つくるのも大好きな私は、人事とも思えず、熱いものがこみ上げてきました。
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by eastwatery | 2007-06-21 20:13