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学びの学校づくり~犬山の教育~(4月29日)

私が犬山市の教育に関してブログに書いたのを知り、大学時代の恩師から資料が送られて来ました。なんと「犬山の教育の重要施策2006」でした。恩師は、今年の2月中旬に出張で犬山市立北小学校での研究会で授業参観をしておられ、そのときの資料を送って下さったのです。

「犬山の学びの学校づくりの基本的な考え方」については、実際の教育現場で起きていることを検証することなく進めたことに問題点があるとし、そこから犬山の教育を考えようとしています。この資料は2月に作成されているので、もちろんこの度の全国一斉学力調査に関しても、犬山の考えが書かれています。つまり、ゆとり教育により学力低下を引き起こした対応策としての学力テストを批判的に述べています。

要するに、テストでの得点力があったとしても、将来を切り拓く自ら学ぶ力としての具体化が困難であるなど、学力調査から得られる効果よりも危惧される弊害の方が大きいと考えているのです。犬山の教育での「自ら学ぶ力」は、子どもが主体的に取り組む経験であり、そのためには少人数学級であるといいます。実際に今まで犬山市では少人数学級の基で豊かな人間関係と豊かな社会を形成し、「自ら学ぶ力」と「人格の形成」を計ることを実践してきています。

また、基礎学力については「決して教え込まれるものではなく、自ら獲得する」と考えています。教え込まれた知識は単なる知識となるが、自ら獲得した知識は知恵となって生きる力を育むというのです。それでは、学習指導要領に関してはどうなっているか、ということです。犬山では最低基準であるという国の規制緩和を受け止め、教師の手作りの副教本の作成・活用をしています。評価については、日々の授業の中で確認テストや観察などによる継続的な評価を積み重ね、子どもの自己評価や相互評価を基に指導方法を見直し、基礎的な学力の定着を図っています。

そういう犬山の教育を述べた後、「学力調査は本来子どもの学びや教師の指導方法の工夫改善に役立つものでなければならない」としています。では、犬山の「教師の自己改革による主体的に授業改善と学校の自立」については、どのように考え、実践しているか、ということです。
①学校のもっとも重要な役割である「子どもの学び」を保障するために教師は日常の授業を振り返り、継続的に授業改善をつみ重ねて「自己改革」をし、質の高い授業を子どもに提供する努力をしています。
②教師の自己改革を促すためには、教育現場に近いところに裁量を委ね、教育現場に当事者意識を持たせる事により活力と責任感を育て、これが「学校の自立」へとつながるとの事。したがって、教師の自己改革は、学校を内側から変える原動力となり学校の自立が進むとしています。③副教本作りや自主教材作りにより学校独自の教育課程作りを積極的に進めると共に教師自身も自己評価や「同僚性」に基づく相互評価により授業改善を図るとしています。これが教師の指導力向上にもっとも有効な手法だと述べています。

このような犬山の哲学と覚悟は明快で、市町村教育委員会の学校管理権を適切に行使することで、学校経営を全面的に支援し、子どもの学びを保障する責任を全うしています。
学びの環境づくりでは、①意欲を引き出す教育環境の構築、②全時間の6割が授業で、残り4割は授業以外の時間(たてえば、仲間とのコミュニケーションなど)、③学校を地域コミュニティの中心、生涯学習の拠点、としています。学びの学校建築構想の基本は木造・平屋、これらは木の持つ感触と利便性、災害時に危険性が少なくバリアフリーの実現にも適しているということです。

犬山では地域コミュニティに支えられた学びの学校づくりをしています。これは、学校、家庭、地域が一体となって「犬山の子は犬山で育てる」という共通認識を持っているとのこと。そういう考えの基では、生涯学習の観点から「子ども大学」を開催し、学校教育では学習できない体験活動を導入しています。これは私が8年前に会員となった学社融合研究会と同じ視点から子どもの教育を考え、大人と子どもが生涯学習の観点から相互学習をしていることと似ています。学社融合の先進地である千葉県の秋津小学校では、ここ6年間は不登校の子どもは一人もなく、まちぐるみで地域住民が温かな心で子どもたちを見守っているのです。核家族が多い現在、学校と地域が融合しながら教育を行うことは、必要だと思います。

最後に犬山市教育委員会では、教育委員会と学校は相携えて地域の教育を作り出す関係にあると考えると共に地方分権時代における教育行政の原点は、学校の自立を支援するという市町村教育委員会の役割を自覚しているということです。一般的には、教育委員会が学校に対しては上下関係になっており、犬山市のような対等な関係にはなっていないとよく言われます。そのために学校、あるいは学校長に裁量権がないため教師側にはいろいろな悩みを抱えているということです。

このたびの学力テストに唯一犬山市が不参加したのは、今回の資料を読んでみて、犬山市の教育に自信があり、実際に教育効果も出ているからだと思いました。TVで犬山の教育現場を見ると子どもたちがのびのびとしているのが、印象的でした。
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by eastwatery | 2007-04-29 22:10  

電話相談研修(4月28日)

今日は4月最後の電話相談研修日でした。朝8時から午後6時まで、終了後の会議も含めたら、まるでサラリーマンのような1日でした。今日は、講義・ロールプレイによる実践学習など、次から次へと学ぶべきことに追いまくられ、忙しい1日でした。いささか疲れたので、今日のブログはこれだけにして、明日続きを書きます。おやすみなさ~い。
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by eastwatery | 2007-04-29 00:23  

浜田市世界こども美術館~現代美術の遊園地(4月27日)

ゴールデンウィークも近づき、行楽地のニュースがあれこれ言われています。我が家は、4月30日~5月2日までバンクーバーから親友Nさんが尋ねてくるので、彼女中心に動くことにしています。私は、NZから帰国後息子を授かるまでの間は、児童英語教師をしていました。そのときの仲間の一人がカナダ人と結婚していたのがNさんです。今回は5月1日にそのときの児童英語教師仲間が我が家でランチョンパーティーをするので、家の片付けに始まって、あれこれ準備をする必要があります。

しかし、昨日はあまりにも上天気だったので、昼前から突然島根の三隅町のつつじの名所を訪れ、その後世界こども美術館で現代美術を鑑賞する目的で我が家を出発しました。今回は、あまりにも突然だったので弁当も作らず、行き当たりばったりで、どこかで昼食を摂ることとしました。
最近は、ハイウェイもできたので、以前と比べるとかなり早く目指す浜田市に到着しました。それでも2時間はかかりました。これが山陽道のハイウェイーで倉敷市までだと、我が家からは1時間で到着するのです。 山陽と山陰では、これだけ到着時間が違うのですから、気候のこともあるとは思いますが、これが山陽と山陰の産業の繁栄に大きな影響を及ぼしていると思いました。

1時過ぎに、まず浜田の海岸沿いに立てられている日本海が一望できる道の駅の和食処で昼食を摂りました。夫は、アイナメの煮魚定食を、私はアナゴの天婦羅を注文しました。どちらも魚が新鮮で味付けも良く、その割には値段が広島の2/3 程度で大満足でした。瀬戸内海のそばで育った夫にとって、これほど新鮮な魚が食べられることは嬉しかったようです。

その後、三隅町のつつじで有名な公園へ行きましたが、まだ3分咲きで、いろいろな種類と色のつつじがあることは分かりましたが、残念でした。公園を整備している人に聴いたところによるとGW頃が一番見ごろとの事でした。そして、もう1箇所の名所の龍雲寺へ行きましたが、やはりここも早かったようです。しかし、ここでは、江戸中期に作られた日本庭園を鑑賞することができました。この2箇所とも人が少なく、ゆっくりと自分のペースで行動でき、のんびりできました。

次は、いよいよ楽しみにしていた浜田市世界こども美術館へ向かいました。この美術館では、4月から7月までは「現代美術の遊園地」がテーマとなって、今まで見たことのない、いろいろなものを鑑賞することができました。まず第一の部屋に入ったら、部屋中壁から天井に至るまで布でおじゃみのようにつくったものがひとつずつ貼り付けてあり、どこにぶつかっていっても痛くないし、そのおじゃみのようなものには、ところどころ字が書いてあるものや、顔を描いたものもあり、大人の私でさえ触りまくって楽しみました。

次の部屋では、私たち夫婦だけだったので、二人の学芸員さんが私たちに付きっ切りで説明をし実際に遊具のようなものを体験するように勧めてくださいました。夫は照れてどんな遊具にも挑戦しませんでしたが、私はすべてにチャレンジしました。例えば、いろいろな形状の板が渡してある低い平均台を渡りバランス感覚を試すもの、自分が選んだ色の大小の布の上を渡り歩いて目的地にまで行くもの、コンピューターでコントロールされている大小のプラスティックボールがボール同士や壁にぶつかりながら、時には私のほうにやってくるもの、これはまるで子犬が喜んで私のほうに突進してくるようで面白かったですね。そんないろいろな体験の後、最後は滑り台を滑りました。すっかり子どもになった気分で、すっきりしました。

その後、子どもたちが仮装できるように各国の服装を揃えた、ステージのある部屋に行って見ました。さすがにここでは、体験をすることはできませんでしたが、全館を回ってみて、この美術館を訪れた子どもたちはどんなに喜ぶことだろうと思いました。連休には、これらの遊具や作品を創った現代作家の方もこの美術館に来てワークショップをする予定があるとか、なんと素敵な企画でしょう。このワークショップについては、子どもは作家さんからいろいろ教えてもらえたり話ができることでかなり刺激を受けるでしょう。また、作家さんは自分の作品で子どもたちがどのような表情で遊ぶか、子どもたちからも感想を聞くことができるし、一挙両得だと思いました。

昨日は、晴天で風もなく、本当に爽やかな1日でした。十分にゆったり時間を過ごしたので帰宅は暗くなってからになりましたが、先日までのモヤモヤ気分が一気に吹き飛んだようでした。
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by eastwatery | 2007-04-28 00:11  

アンビリーバブルな話(4月26日)

全国一斉学力テスト実施に関し、マスコミにおいても「教育」をめぐっていろいろな論議がされています。私は誰のための教育か、誰を主役とした教育なのかを考えてこのテスト実施について考えるべきだと思っています。

今日、TV番組「アンビリバボー 感動 奇跡のクラスメート」を観て、「教育とは」と考える機会を得ました。ある中学生Jくんが、体調不良のため診断を受け「筋萎縮症」と診断されましたが、両親は彼のために病名は彼に告げずにいました。そのままの状態で母親が車椅子を押し毎日学校に通学していました。もちろん、学校にもその病名は伏されていたので、時には彼がいじめを受けることもあったり、Jくん自身が病状も次第に進んでいることに気づき、母親を問い詰めたところから真実の病名を彼に告げました。

ショックを受けた彼は、もう学校に行くことはないだろうと思っていた両親の心配を他所に、自分の運命を受け入れ新学期には再び学校に行くこととしました。同時に、いつも交換日記をしてJくんを励ましてくれていた担任の先生に自分が「筋萎縮症」であることを打ち明け、中学2年まで通学することはできない、ということを日記に書きました。それを読んだ先生は悩んだ末、彼に1日欠席するように頼んだ日、クラスメート全員に彼の病状などをすべて伝え、「どうしたらいいと思うか」ということをクラスの生徒全員に問いかけました。

それを聴いた生徒たちは、みんなで彼の世話をしていこうと全員一致で決め、以前のように時としていじめをするということはなくなりました。中学の修学旅行の時期が来たとき、先生は「悪いけど、修学旅行は留守番をしてもらえないか」とJくんに頼み彼の了解を取りました。それを見ていた、クラスではグレ気味のS君が「修学旅行に一緒に行こう」と彼に告げると共にクラス全員に「Jくんと共に修学旅行に行こうよ」と呼びかけました。すると、「ボクはJくんの車椅子を押す、僕はお風呂の世話をする、ボクはトイレの世話をする・・私は・・・・」など前向きなアイディアがどんどん出て、結局彼は友人たちと修学旅行に行くことができたのです。その後も命に限りのある彼のために、みんなで手足となって世話をしたり、ある女生徒は手編みのマフラーをJくんに贈ったり、と彼の学校生活が少しでも充実するように、みんなが心がけました。

そして・・いよいよ卒業式を迎える日が来ました。なんと、総代は「筋萎縮症」でありながら、3年間通学した彼だったのです。いつも何かあれば負ぶってくれる友人の背で彼は卒業証書を受け取りました。このような卒業式を仕組んだ学校のあり方も素晴らしいと思いましたが、ここに至るまでには、毎日かかざす交換日記をJ君と交わし、励まし続けた先生の教員としての姿勢は素晴らしいものがあります。Jくんは交換日記をするうちに次第に自分自身の不安や悩み、どうしようもない病気のことなどを先生に書くようになりました。そして最後には常に「先生いつもありがとう」と書かれてていました。その後、中学2年くらいまでしか生きられないといわれていたJくんは、30歳まで生きることができました。それはまさに「奇跡」だったと思います。

現在30歳半ばになった同級生は「命の限りがあっても一生懸命生きるJくんがいることでクラスが一つになれた」「彼との日々は一生忘れることはないだろう」「今の自分の人生は彼からの大きな影響がある」などとコメントしていました。このように、今でも「Jくんの生きることに対する真摯な姿勢や、あきらめないこと」そして、みんなでJくんを支えた「人としての優しさ」など同級生の生きる姿勢の中にJくんの生き方が大きな影響を与えているのです。

「教育とは?」ということに対するヒントがこの番組には多く含まれているように思いました。何よりも先生が「Jくんのために~しよう」と指導したのではなく、生徒と同じ位置から生徒を主役として「どうしたらいいだろう?」と問いかけたことが生徒たちの本来の優しさ、強さ、エネルギーを引き出していったのだと思います。そして、彼が亡くなった後もそれぞれの同級生に大きな影響を与えていること。このことは「教育」の効果は、すぐに数字などで表されるものではない、ということを示していると思いました
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by eastwatery | 2007-04-26 23:02  

全国学力調査(4月25日)

昨日、全国の小学校6年生、中学校3年生を対象に「全国学力テスト」が行われました。学校の参加99%との事。このような全国学力テストは43年前にも実施され、多くの問題点が出てきたために4年間で中止された経緯があるにもかかわらず、復活させたのは、なぜか?と多くの人たちが疑問視をしています。

文科省は競争激化や序列化につながらないよう、成績の公表は都道府県別にとどめ、各教育委員会にも個別の市町村名や学校名を公表しないように要請しているとの事。しかし、ここで但し書きがついているのです。それは「首長や校長が住民や保護者への説明として、成績を公表することは容認」としているのです。これでは前述のことは何になるのでしょうか?また、児童生徒の個人成績は文科省が各学校に提示し、学校から本人に通知されるとの事です。

全国レベルいうこともあるでしょう。教育委員会や学校がそれぞれの実態に即して具体的な対策を立てる意義も大きいかもしれません。しかし、それは学校の序列化につながるという危惧あります。

文科省はテストへは全員参加を原則としてきましたが、犬山市教育委員会が不参加を決めたのは、過剰な競争を教育現場に持ち込むとの懸念があるからとの事。犬山市の教育の取り組みについては1昨日、TVで犬山市のある小学校を取材していました。それによると授業の主役は児童であり、グループ学習をしていました。例えば、グループの中で学習内容を理解できない子どもがいれば、教師が教えるのではなく、それを理解している同じグループの子どもが教えるのです。その様子は、上下関係もなく、分かりやすく丁寧に教えていました。「教えてくれて有難う、分かってくれて有難う」という関係が二人の仲にはあるのです。教える方も、もう一度学習できるし、それを確認できるのですから倍学習したことになると思いました。

その一方で広島県の三次市では、数年前から今回のような一斉学力テストしているのです。
授業の様子では、子どもたちの表情が非常に堅い感じでした。私の大学の同級生が三次市で小学校教師をしていますが、教育委員会の締め付けがひどく教員は追い詰められ、疲れ果てていると言いました。

60年代の学力テストを実施した背景には、教員の勤務評定の導入があったといいます。政府の教育再生会議も教員の給与に差をつけることを検討中。その当時のテスト時には、成績の振るわない生徒を休ませる学校、テストの半年前から予想問題を作って模擬テストを繰り返したり、生徒の成績順位まで校内に張り出した学校もあったと新聞は報じています。
それらのことは、本当に子どものためになったのでしょうか?ならなかったから、中止のなったのではないかと思うのです。『教育』は何よりもまず「子どものため」を最優先する必要があると思うのです。

もうひとつの問題点は、テストの科目は国語と算数・数学に限られ、ほかの教科を軽視する風潮が広がらないかも案じられます。生きていくための力をつけて行くための家庭科、情緒を育て心を育てる美術、音楽が軽視される方向に行くのではないかと不安です。子どもたちを「一人の人間」として考えた場合、目に見える教育だけに重点を置くのは不完全な教育だと思います。
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by eastwatery | 2007-04-25 22:45  

北原照久さん(4月24日)

時々、TV番組「開運!何でも鑑定団」を観ています。さまざまな専門家が鑑定士として登場します。その中で、私の好きな人の一人がブリキのおもちゃのコレクターであり、「横浜ブリキのおもちゃ博物館」館長の北原照久さんです。以前、横浜に行ったときに友人が「横浜ブリキのおもちゃ博物館」へ連れて行ってくれました。思ったより小さな博物館でしたが、小さな空間にびっしりといろいろなおもちゃがあり、館全体が温かな雰囲気に包まれていました。

ある小雑誌に評論家の大宅映子さんと北原照久さんとの対談が出ていました。それを読んで博物館の温かな雰囲気が分かるような対談内容でした。北原さんは、上二人の兄弟が優秀であり、いい子だったために中学校の段階でグレってしまって退学になったということです。義務教育である中学校で退学になるとは、普通のグレ方ではなかったのでしょう。しかし、退学になったときお母様が「お前の人生は、これからのほうがずーっと長いんだから」といわれ、彼自身は救われたと思ったそうです。そのようにおおらかな両親が、そんな自分でも認めてくれる、と思ってとても幸せだったとの事。

彼はその後高校へ進学し、そこで褒め上手の先生に出会い、褒められるとがんばる、という循環をくり返し、とうとう卒業時には総代になり、「自分のことは自分で信じる」大切さに目覚めたそうです。平原綾香の「JUPITER」の中に『夢を失うことより悲しいことは、自分を信じてあげられないこと』という歌詞の通りだと、北原さんは言っておられます。

なぜか? 自分を信じられない人は波動が下がってしまい、周りの人も同じレベルの人ばかりになってしまうのです。しかし、自分を信じて波動が上がってくると、高い人たちと引き合うようになり、向上心が湧いてくるようになるのです。これは、俗にいう「類は類をもって集まる」と言うことでしょうが、実際に人生の中で北原さんが経験しているだけに説得力があります。パワーをもち、テンションの高い人と付き合うことが、自分の人生を好転させる鍵とのこと。

その話を受けて、対談相手の大宅映子さんにより父親である評論家の大宅壮一さんがよく言っておられた3つのことを紹介されていました。「本を読め」、「旅をしろ」、「ボルテージの高い人と会え」ということです。「本を読む」ということは誰でも、どこでも言われていることだし、「旅をする」ということも、国内国外にかかわらず自分の知らない土地へ行き、別の世界を見て、全く知らない人に会うことで、人生観まで変わる人もあると思います。「ボルテージの高い人」と言うのは、私の解釈では、「常に前向きで、エネルギーがあり、失敗を恐れない人」ではないかと思います。

話を元に戻すと、北原さんはその後大学入学後、学園紛争の真っ只中、父親から勧められてヨーロッパへ行き、ヨーロッパ文化と伝統に触れ、大きな人生観の変化を経験します。それまでは、日本全体がアメリカ文化を受け入れて、大量消費を良しとしていました。しかし、ヨーロッパの文化は物を大事にし、愛して長く使う、そして、ヨーロッパの人々は暮らしを楽しんでいました。そういう経験をして以来、北原さんは人生を180度変え、古いものを集めるようになったのです。しかし、それを商売につなげ、利益を出すようになるまでには10年間、1日も休まず働いたそうですが、なんともなかったとのこと。

彼は、常に夢を語り、その夢を実現するためだったら何でもできたといい、そういう経験から出てきた彼の言葉は「夢は言葉にして発した方がいい。言葉にすれば実現する」ということでした。「不言実行」ではなく「有言実行」ということでしょう。この考え方の根幹にあるのは、中学校を退学になった時、ご両親が寛容な心で北原さんのありのままを受容してくれたからだと思います。彼が、商売を始めた時でも、ひたすら夢を語って実現をしようと思った楽観主義と前向きな姿勢は、彼を丸ごと受け入れたご両親の気持ちというより哲学ア(?)から生まれたものだと思いました。
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by eastwatery | 2007-04-24 22:34  

我が家の庭(4月23日)

4月もあっという間に下旬に入りました。このところあまりゆっくり庭仕事をしていなかったので、今日は夕方から少し植え替えなどをしようと思っていました。しかし、やはり文書作成や送付の作業が出てきて、先ほどまでバタバタしていました。

それでも作業の合間に庭へ出てみたら、もう盛りをすぎている花々が目に付きました。カレンジュラは庭中でそのオレンジ色の花を咲かせてましたが、今は、四方八方に枝を広げすぎたので、少し摘む必要がありそうです。いろいろな花色で楽しんだチューリップもほとんど終わりました。その他お祭り金魚、普通のキンギョソウ、これらは仏前に供えるにはちょうど良い長さになりました。ノースポールは鉢物、地植えの両方で植えていましたが、大きな鉢に植えていたものは、もう散り始めました。

ところが、パンジー、ヴィオラはますますその塊が大きくなって、華やかな雰囲気の庭にしてくれています。今年の天候は特にこれらの花々にとっては、適していたのでしょう。一番嬉しいのは、ペチニアが何鉢も冬越しをして、ますます鮮やかで大きな花をたくさんつけています。これは多分「一発くん」という肥料が合っているのだと思います。今年は、ガーデニングを始めて以来、初めて7鉢のペチニアが残ってくれました。その上、隣家との境に塀があり、そこに昨夏ペチニアを6鉢をかけて楽しんだのですが、なんとそれらの鉢にそって落ちた種からたくさんのぺチニアの小さな苗が芽を出し、大きくなりつつあるのです。僅かしか土がなく、水分
は雨が降らなければ厳しい環境なのに、よくこれほどたくさん芽を出し成長していることと驚きました。

ためしに、その小さな苗をそっと引っ張ると、長い根をつけて抜けたので、今はそれらをプランターに移して育てています。本当に「ペチニアの赤ちゃん」という感じでいとおしくなります。私がそれらの苗に気づいてからは、気をつけて水をたっぷりやるようにしていたのですが、それ以前は土の量が極端に少ない場所で、よく生き抜いたと思います。自然の強靭な生命力に感心仕切りです。自然の「生きよう!」というエネルギーはすごいものですね。

ガーデニングは手間もかかり、結構重労働の場合もありますが、それよりも自然のモノたちから多くのエネルギーをもらうことで、明日へのエネルギーを蓄えることができるのだと思いました。
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by eastwatery | 2007-04-23 23:27  

社会人学生ネットワークきらめき4月例会(4月22日)

今日は「社会人学生ネットワークきらめき」(SGネットきらめき)の4月例会をしました。
この数日『合格体験記』をこの例会に間に合わせるために冊子完成を目指してがんばってきました。メールで今日の例会の案内をしたのですが、出欠の返信があった人は少なかったので、どのくらいの人が例会に出席するのか分からないまま、会場の広島市まちづくり市民交流プラザのフリースペース(無料で会場を借りられる)で出席者を待ちました。

今日は会員の3人が体験発表をしてくださる予定になっていました。一人は、59歳で公務員を退職し広島大学の人文学科英文学専攻に入学した女性、あとの女性二人は、母校の大学院で「社会人学生ネットワーク○○大学支部」を作り、大学内で新たに入学してきた社会人学生に支援をしている人です。そのうちの一人は今春無事臨床心理学専攻を修了し、あと一人は、修士2年の人です。

今日の出席者は予想以上に多く13人。その中には、初めてこの会にきた人もいらっしゃいました。一人は、60歳代の男性で今春広島大学の人文学科へ入学し中国文学を専攻している人で、中国語はすでに流暢に話すことができるようです。もう一人は、58歳の女性で司会などをしながら、放送大学と仏教中央学院で真言宗を学んでいる人でした。 他の出席者は、年代からいうと40歳代~70歳半ばの男女で、学習・研究している分野も経営学、臨床心理学、経済学、教育学と様々で、まさに「社会人学生」の集まりでした。

今日の英文学専攻で入学した女性は、入学以前にすでに準英検1級を独学で取得し、フランス語もある程度はできる人です。入学早々から、若い友人もでき、大学自体も社会人学生に対して至れり尽くせりの状態なので、とても幸せだと話しておられました。彼女の何十年来の夢が実現した喜びは、いかばかりかと思いました。彼女は社会人入学制度で受験したのですが、試験日の前に4000字の志望書を提出する必要があり、その時点で集中的に私がかかわりました。その時の、あるエピソードが今日、初めて彼女から語られました。

彼女は山口県と広島県との県境にある大竹市に住んでいます。私が対面で志望書の添削をすることを約束していた、その日にJRで事故があったにもかかわらず私との約束を守るためにタクシーで広島中心街の場所まで来たというのです。そのことは、今まで彼女が私には伝えていなかったので、私は全く知らなかったことです。

彼女はそのことを話した後、「お金はかかりましたが、私はどうしても対面で添削して欲しかったので、そうしたのです。そして、そうして本当に良かったと今でも思っています」といってくださったのです。これは、私の推量ですが、彼女はおそらく2万円近くタクシー代を払っていると思うのです。

そのことを、彼女は今日の今日まで私が気を遣うと思って、一言も話していなかったのです。その彼女のやさしさと彼女がそこまでして入学したかった大学へ入学でき、今、とても幸せであることを、本当に本当に嬉しく、感動しました。
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by eastwatery | 2007-04-22 23:04  

何もしないで ただそこにいる(4月21日)

今朝も3時間、電話相談員研修を受け、昼からは「日本女性会議207ひろしま」の報告交流会へ行きました。研修会は「DV(家庭内暴力)」がテーマでしたが、今日は電話相談における「ケア-ただそばにいる」を考えてみたいと思います。

ケアの問題を考える時のひとつの核になることは、積極的なことを何もしないで「ただそばにいる」ということが、どのような力になるのか、ということです。そのためには、ふたつのことを一度はずした方がいいと哲学者の鷲田清一氏は言っておられます。

ひとつは「何かをしなければならないという意識をはずす」ということです。まず一度「何かをする」ということをはずしたケアをイメージしてみること。なぜなら、「こうしないといけない」とか「何と何をしたらよいのか」だけを考えていると、ただ聴いているだけとか、ただそばにいるだけということがとてもネガティブになってしまうからです。

私も実際にこのようなことは体験しています。話を聴いたあと、もともとのお節介な性格が災いして「何かしなれば、何かいわけなれば・・・」と答えを探そうと焦ってしまうのです。そうなってくると、ゆっくり相手の言葉や心を聴く余裕がなくなってくるのです。このことは、相談者が自分の言いたいことを十分に話すことには至らない場合があり、これでは相談者にとってはプラスにはならないのです。積極的傾聴というのはそういう意味ではないのです。ある人に「真っ白な心で相談者の心聴くように」といわれたことが分かるような気がします。

もうひとつは、「してあげる」ということを一度やめてみて「してあげる」のではなくて「する」と考えること。「する」なかで逆にする方が「してもらう」ということが起きる場面があるはずです。かって、私が特別養護老人ホームにボランティア活動に行っていたときに、同じことがありました。その頃、私は不妊で苦しんでいて、自分の存在意義を感じられないときがあったのです。
夫は仕事に忙しく、私がいてもいなくてもいいような感じでした。そういう日々を送っていたとき、老人ホームのボランティアでは、寝たきりの高齢者の方に食事の介助をしていました。私が担当していたのは、小柄でとてもきれいなお顔をした80歳をゆうに過ぎたおばあちゃんでした。

初め頃は、私が介助をしてもなかなか心を開いてくださらないことがありました。しかし、月日を重ねる中で私が行っただけで、なんともいえない顔でニコッと笑い、自分から大きく口を開けてスプーンで運ぶ食事を食べてくださるようになりました。そのとき、「あー、このおばあちゃんは私を必要としてくださっているのだ」と、自分の存在を肯定できるようになったのです。まさに、「する」なかで逆にする方が「してもらう」ということが起きる場面を経験したのです。このボランティアをはじめた頃は「してあげる」とう気持ちがあったのですが、このおばあちゃんと出会って以来、「してあげる」のではなく「させていただいているのだ」ということを実感し、とても嬉しかったのを思い出しました。

その頃からもう30年以上たっていますが、鷲田清一氏の一文を読み、その時のことが鮮やかによみがえってきました。

「人は他人に関心をもたれることによって支えられるだけでなく、自分が他人に関心を持つことで、自分を支えることができます。つまり『してもらう』事ではなく、自分が他人に関心を持つことで生きる力を感じられることがあるのです」と鷲田氏は言っておられます。

それは、ケアする人にとっても同じで、ケアする方がケアされる人に力をもらうことが起こるのです。このことは、電話相談でも経験しています。だから、みんな「あんなしんどい仕事、何度やめようと思ったことか」いいながらも、独特の魅力があって続けているのだと思います。
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by eastwatery | 2007-04-21 23:08  

普通の日の有難さ(4月20日)


ここしばらくは、時間に追われて生活をしていたので、「普通の生活」がしてみたいと思っていました。それが、今日は実現できました。冊子「社会人のための大学・大学院合格の秘訣」が、やっと出来上がり「社会人学生ネットワークのきらめき」の例会に間に合いました。

昨日、夫が会社OBのNさんから朝、掘ったばかりの筍を2株頂いてきました。我が家だけであれば2株ですが、夫は他に14人のゴルフ仲間がいたのでNさんは、前日に合わせて30株の筍を掘ってくださったということになります。それを丁寧に包み、おまけにちゃんとゆでる時に必要な「米ぬか」の入った袋までつけててくださっていました。本当にありがたいことで、すぐに2株の筍をゆでました(おかげで、今夜の夕食は鳥の手羽と筍や他の野菜の煮物、筍ご飯を料理しました)。

我が家だけで頂くのはもったいないので、今朝、車で10~15分くらいのところに住んで
いる私の実弟へ夫と共に届けに行きました。久しぶりに弟夫婦に会うので、途中でケーキを買って、義妹の入れてくれた珈琲を飲みながら、弟夫婦と4人で1時間半くらい、取り止めのない話をしました。とてもゆったりとした贅沢な時間を過ごしたと思いました。帰宅後は、明日、開かれる「日本女性会議2007ひろしま」の報告交流会での発表の準備などをして、午後4時半過ぎには、散歩に出かけました。

久しく時間を気にしないで、散歩に出かけることをしていなかったので、どこに行こうかと決めることすらドキドキしました。我が家から徒歩で10分もかからないところに古川公園というウオーキングにぴったりの場所があるのです。息子が小学生頃まで四季を通して子どもたちと訪れた場所です。久しぶりにそこへ行ってみたら、以前よりはるかに整備され、川の水もきれいになり、子ども連れの人やウオーキングをしている人、犬と散歩している人など、思い思いに春の陽を浴びながらそれそれぞれの時間を過ごしていました。

アスファルトではなく土の感触を心地よく思いながら歩いていると、学校帰りの中学生の一団が、空中のある一定の方向を何か言いながら見ているのです。それがいかにも楽しそうなのです。それを見て、私もその方向を見たら、なんと烏ととんびが丸く輪を描いて、二匹が高く飛んだり低く飛んだりしているのです。その様子を見ていると大きなとんびが烏をいじめているのではなく、まるでじゃれているか、追っかけごっこをしているようなのです。「種類が違ってもこういうことがあるのだ」と思っていたら、この2匹は、十分遊んだのかパーッと離れて、烏の方はもう1匹の烏の元に帰り、とんびはどこか遠くへ飛んでいきました。

それは、なんでもないことかもしれません。でも、私にとって種類が違い大きさも違う鳥があのように仲良く大空で追っかけごっこを楽しむ風景は、なんとも言えず平和な風景に思え、とても幸せな気持ちになりました。忙しい時間が続き、古川公園に行きたいと思っていて、やっと実現したときにこの情景を見ることができたのは、ラッキーでした。
その情景を見て思ったことは、「なんで人間はあの烏ととんびのように仲良くなれないのだろうか」ということでした。あの情景を見ていたのは7人くらいの中学生の一団、公園にきて川べりの芝生の土手でおしゃべりしていた2組の親子、そして私でした。

それを見ていた人たちは、みんなとても幸せそうでした。ずっと笑顔で烏ととんびを見ていました。「これこそ、平和な風景だ」と思いました。自然界では、こうして違ったもの同士が何の諍いもなく、生きているのです。「人間もこうありたい!」と心から、そう思いました。

そして、こうした平常な普通の日を過ごせることが嬉しく、有難いと思いました。
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by eastwatery | 2007-04-20 23:39