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出生率が上がってきた(11月30日)

今日で11月も終わ。今年も残すところ、あと1ヶ月。あっという間にこの1年が過ぎていったように思う。

今週の『AERANo.56』に、昨年出生率が1.25で過去最低となり、減少傾向一色だった出生数が2月から突如アップをし始め、2月~8月まで7ヶ月間連続アップしたことが取り上げてあった。出生数が上がってきたには、それなりの理由があるのだが、それが興味深く、「ああ、そうだったのか」と納得できる記事だった。

Sさん夫婦、夫(28歳)、妻(30歳)は3年間に結婚後もお互いに忙しく、ご飯なんて一緒に食べられないような日々。当分子どもは持てないと思っていたとき、夫のSさんが「僕が育児を手伝うし、育休をとる」といい、妻も同意して出産。宣言とおり、夫は1ヶ月半の育休を取得。妻は、2ヶ月でスピード職場復帰を果たした。夫は、短期間の育休であっても、育児は一通りできると自信をつけたそうだ。子どもの泣き声1つで、オムツか、ミルクか、などと子どもの状態がわかる夫の様子から妻は「お母さんがもう1人いるよう」と思うとのこと。夫のほうは、将来も、これだともう2,3人はほしいと思っているだけでなく、夫が育児を分担するのは当然だと述べている。

「すごい夫婦だ。こういう夫婦が増えれば、将来が明るいな」と思って読んでいると、この夫婦と同じ年齢の夫婦がこのように思い、実際に行動しているのは偶然ではないとのこと。Sさん夫の年齢は28歳。そして、現在28歳といえば、「中学校で93年度から在籍者すべてが、高校では94年度の入学者らからが対象で、28歳以下が男子も女子も同じ家庭科の授業を受けたことになる。」と書いてある。 なんと、この共修導入の旗振り役が、先日文部科学省を退職した「ゆとり教育」提唱者の寺脇研さん。彼はこの家庭科共修こそが、出生数アップの鍵と自信を持っている。つまり、彼は「必須化の影響で、家事・育児も男性がして当然という意識が広がっている。ちょっと上世代でも協力的な男性は多いけど『自分は優しい夫だから協力しています』という態度。それとは根本的に違う」といっています。

一歩進んだ「28歳世代」にとって男の家事育児は「してやる」でも「してもらう」でもない、「当たり前」とのこと。家事育児を当然とする意識は、別の夫婦にもある。Iさん夫婦は、もともと家事分担は決めていなくても、出産後が大変だからと夫が家事一切を引き受けたという話もある。

その一方で、「35歳以上は高齢出産」と言われているので、キャリアウーマンを続けてきた女性は「35歳までに産みたい」と思う人が増えてきている。実際に思い切って産んだ人のなかには「育児がいかに大変かとマイナス面ばかりを見ていたが、実際に育児をしてみたら赤ちゃんができることは何かを失うことじゃないと思えた」と子どもをもつことのプラス面におおいに気付いている。 もちろん晩婚化、晩産化の流れから35歳以上の出産は年々増加しているという。そういうことで、出生数に少し上昇の兆しが見えているが、厚生労働省は、このことについて楽観視してない。というのは、今後は母親になる人口事態が減少していくことが現在の日本の状況なのだ。

とはいえ、産みたい人が産みたいと思ったときに、自然に産める、そんな空気がちょっと変わってきているということは、少子高齢化の日本に一筋の光明を与えているようにも思う。
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by eastwaterY | 2006-11-30 23:24  

一言の重み(11月29日)

第12回新聞配達に関するハガキエッセイコンテスト入選作品に「一言の重み」を感じるエッセイが掲載されていました。Nさんが不登校だった中学生の時、よく夜中の3時に家の前に出て、通り過ぎる車や空などを漠然とした孤独感に包まれながらぼんやりと眺めていたとのこと。ある日、現実から逃れるように座ったまま下を向いていたら、朝刊を配達に来たお兄さんと目が会い、その人がマスクをかけていたのでNさんは『大丈夫?』と声をかけたら「大丈夫。有難う」といった後、お兄さんは、『君も・・・大丈夫やで?』という言葉をNさんに声をかけてくれました。その一言でNさんは安心感に包まれました。今では、毎日楽しく登校する日々で、配達のバイクの音を聞くたびに、言いそびれた言葉『こちらこそ、有難う』と小さく唱えているということです。

このお兄さんは、毎日新聞を配達する中でNさんが、ちょっと元気がないことに気づいていたのでしょう。だからお兄さんはNさんに『君も・・・大丈夫やで?』といった訳ですが、この(・・・・・)の部分が戸惑いながらも、頑張ってほしいなと思いつつ、思い切って「大丈夫やで」と声をかけたのでしょうね。この・・・の部分の空白は、Sさんにとってお兄さんの気持ちが伝わって、とても大事な意味があったような気がします。

このエッセイを読んで思い出したことがあります.私が、女子大学に勤務していた時、ちょっと悩みをもったり、話を聴いてもらいたい学生がよく私の研究室に来ていました。その中に、いつも元気で活発な、大柄の学生がいました。みんなが教員採用試験の受験があるからと、ちょっと暗くなっている時でも彼女はいつも明るい学生でした。当時、彼女は教員になる気はなかったからです。ところが、卒業後、彼女はオーストラリアへ日本語教師として1年間滞在しました。そのことを、私は知らなかったのですが、帰国後彼女から手紙を頂きました。「先生、オーストラリアから帰国後私はどうしても小学校の先生になりたくなって、今、教員採用受験をするために大阪の専門学校の寮に来て頑張っています。
でも、長時間机に座って勉強することができません。私はオーストラリアで子ども達が大好きになり、どうしても小学校の先生になりたいのです」というような意味の手紙が来ました。

それに対して、私がどう返信したか憶えていないのですが、それからも何度か、彼女と手紙のやり取りをしました。そのうち彼女は、本気になって受験勉強に取り組むようになりました。寮生活の中で仲良くなった人とTVは合格するまで見ない、毎日○○時までは勉強するなど自分たちで規則を決めて頑張っているようでした。その後あと1ヵ月後に教員採用試験が迫った時、不安な気持ちを伝えて来ました。その時に、「それだけ頑張ったから大丈夫よ」と伝え「私はいつもあなたの合格を念じているよ」と伝え、坂村真民さんの詩を紹介しました。

【念ずれば花ひらく】

念ずれば 花ひらく   苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを
わたしもいつのころからか となえるようになった
そうしてそのたび わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった

この詩を贈った年には彼女は、残念ながら、不合格でした。しかし、次の年に彼女は、見事に合格したと坂村真民さんの詩と絵が描かれたハガキで私に知らせてくれました。そこには最後に「この坂村さんの詩を読んで夢がかないました」と書いてありました。彼女がこの詩を大事にしてくださったからこそ、夢が叶ったのだと思うと同時に、「一言の重み」を強く感じ、今でもちょっと胸が熱くなります。

おまけで、坂村さんの詩を、もう1つ紹介します。(ちょっと長くなりますが・・・・)

【二度とない人生だから】

二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも 無心の耳を かたむけてゆこう
二度とない人生だから 一匹のこおろぎでも ふみころさないように こころしてゆこう
どんなにか よろこぶことだろう 
二度とない人生だから 一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず 書くことにしよう
二度とない人生だから まず一番身近な者たちに できるだけのことをしよう
貧しいけれど こころ豊かに接してゆこう
二度とない人生だから つゆくさのつゆにも めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう
二度とない人生だから のぼる日 しずむ日 まるい月 かけてゆく月 四季それぞれの
星々の光にふれて わがこころを あらいきよめてゆこう
二度とない人生だから 戦争のない世の 実現に努力し そういう詩を 一遍でも多く 作ってゆこう わたしが死んだら あとをついでくれる 若い人たちのために この大願を 書きつづけてゆこう
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by eastwaterY | 2006-11-29 18:16  

紅葉をみてきました(11月28日)

秋の季節に入った頃から、紅葉のシーズンになったら、三滝寺の境内に行きたいとず-っと思っていました。それが、天候の都合だったり仕事の都合だったりして、なかなか行けず、今日午前中にやっと夫と行ってきました。

お寺の境内といっても、このお寺では、尾上紫舟などの有名な歌人や原爆投下の時、学徒動員で市内の中心で作業をしていて亡くなった子どもの死を悼んだ歌碑などもあります。
また、お寺の本堂に行くまでの両側には、さまざな大きさ、表情のお地蔵様や観音像、16羅漢像などがいろいろな木々の間に建てられています。それらの木々の中では、もみじの種類が多く、「もみじの三滝寺」として隠れた広島の名所となっています。ここは、四季のうちでは、秋の景色が一番美しいのですが、三滝寺に至るまでの道の両側には大きな桜並木があり、春には「サクラの三滝寺」としても有名です。

さて、「もみじ」の紅葉は、どうだったかということですが、境内に入ったところから、さまざまな「もみじ」の木々が立ち並んでおり、木の種類や陽射しのあたり具合によって、微妙に紅葉のグランデーションが違っているのです。それだけでなく、「もみじ」の木々に混じって常緑樹の美しい緑の葉もあり、これらが、なおさら紅葉を引き立てているようにも思いました。ゆっくり、ゆっくり本堂までの道を歩きながら、時には、そっと置いてある石造りのベンチに座って、しばらくその美しさに見とれたり、しばし、ゆったりと時を過ごすことができました。

境内のあちこちでは、紅葉の美しさを水彩画で描いていたり、写真サークルの人たちが三脚と大きな望遠レンズを抱えて歩いていたり、自分の写したい場所に構えて写真を撮ったり、みんな自分なりに紅葉を楽しんでいるようでした。風流な楽しみ方としては、途中の庵で、70歳代くらいの女性3人が、抹茶を点てて、ひとときを過ごしていました。

私は、この境内に置いてある小さな小さなお地蔵さんが、いつも気になっていたので、そこへ行ってみたら、ここ数日の内で、掘り起こされた跡がありました。そのお地蔵さんは、ほとんど人の目につきにくい大きな岩の窪みに、長く置かれていました。それだけでなく、お地蔵さんの表情が、いわゆる童顔だったり、にっこり微笑んでいるというものではなく、なんだか、ちょっと暗く、悩んでいるような表情なのです。元置かれた場所にないとなると、一層気になりはじめました。夫も私と同じように思っていたので、探してみたら、なんと16羅漢像が置かれている傍で、多くの人に見てもらえる場所に移動されていました。

お地蔵さんは、新しい真っ赤な毛糸の帽子をかむり、白地に赤の縁がついた涎掛けをかけて座っておられました。私達は、三滝寺を訪れたとき、このお地蔵さんにささやかなお賽銭あげるくらいで、涎掛けなどの進呈もしていませんでしたが、それでも、可愛い表情の多いお地蔵さんの中で、悩み多き表情の、このお地蔵さんのことは、行くたびに気になっていることでした。

でも、今日、このお地蔵さんが誰でも目に付く場所に移されていることにほっとし、もみじの紅葉を見ることだけでなく、小さな安堵感も得て帰りました
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by eastwaterY | 2006-11-28 15:10  

祖母力(11月27日)

私が「祖母力」と人に言っても、たいていの人が「それ、何?」といわれます。まだ、日本国内で定着した言葉ではありませんが、これは元大学教授であり、現在「高齢社会をよくする会」の理事長をしていらっしゃる樋口恵子さんの造語です。彼女は、かって定年退職後の男性をとらえて「大型ごみ」、「濡れ落ち葉」、「産業廃棄物」等の造語を作られた人でもあります。

11月7日、樋口さんが「高齢社会をよくする女性の会・広島」の主催で、シンポジウムが行われた時に本を販売されていました。それが、樋口恵子著『祖母力』新水社、2006年です。彼女がこの本を通して一貫して提唱しているのが「祖母力が日本の未来を救う」ということです。彼女は、1子を授かった後、しばらして夫を失いました。彼女が、一家の大黒柱として生活を支えることとなり、彼女の代わりに実母が、しっかりと「祖母力」を発揮して育児をしてくれたことに対して、感謝だけでなく,「母の人生は、それでよかったのか」と自戒を込めて書いておられます。

現在、急激な高齢化と、職業をもった女性が増加しています。祖父母世代の中心が既に団塊の世代となっている今、これからの祖母世代が働く娘や嫁を支えて家族のために孫育てをどのように果たしていけばよいかということを、実際にその年代の女性に取材をしながら書かれています。

私がこの本を読もうと思ったのは、私の周囲を見回してみても、私の姉、義妹の嫁や娘の二人が、フルタイムの仕事、特に専門職をもち、一生働く意志があるのです。そういうことから、姉は二人の孫の世話をしています。それも半端な世話ではありません。「3歳までは保育所にやりたくない」という覚悟があり、二人の孫とも自分の手で育て、保育園入園後も迎えに行き、お嫁さんが遅い時にはご飯を食べさせ、寝せるところまで世話をし、その上、孫が病気になればずっと看病をしています。お嫁さんが「自分の子どもなのに世話ができない」と涙ぐむほどの長時間労働です。姉の夫も定年退職後なので、時には共に育児をしています。だから、新居は、姉の家の隣に建てました。これは、若い世代にとっては、とても恵まれた例でしょう。

義妹の方は、娘の双子の女児と年子の男児の3人の孫の世話を、姉ほど恒常的にしている訳ではありませんが、誰か1人でも病気になれば病院へ通院し、家でずっと看病することになります。二人の祖母力は、私からみれば、大いに発揮されていると思っています。しかも、姉は既に老親を送った後なので、孫育てだけでよいのですが、「老々介護」が多い現代、孫育てと老親の介護をしている人も数人、樋口さんの取材には書かれています。子育てを終え、やっとこれから夫婦二人で、のんびりと暮らしていこうとしても、現実はなかなか厳しい状況のようです。

そういう状況でも「すごい」と思うのは、樋口さんが、取材した祖母たちは、人生の中で家族に奉仕するだけでなく、自分自身の1本の筋が取った人生を持つようになっています。「孫育てが老後の生きがい」という女性が少なくないのです。そういえば、前述の二人にしても口では「大変よ」といいながら、結構喜んで第三の人生を「孫育て」に賭け、自分の人生を注ぎ込みたいと思っているようです。しかし、孫は「何よりの喜びと希望」であっても、祖母のすべてではないでしょう。現に、孫育てに頼られることを、重荷に思う祖母もいると思います。老いと共に加わる心身の消耗の深さは、エネルギーにあふれた若い母には想像もつかないことかもしれません。だからこそ、若い父母は、また、周囲の人も祖母に気を配ることが必要なのでは? 祖母は「もう少し自分の自由になる時間をほしい」と思ったり、少し疲れているかもしれないのです。

長寿化とはいえ、祖母の世代にとって、残りの人生は限られています。そういうことを考えて、祖母が自由な時間が取れるような配慮は、祖母の力に依存する側の責任でもあるのです。子どもにも子どもの人生があるように、祖母には祖母の人生があるのです。そのように考えたりもしますが、実際に取材を受けた祖母たちは、基本的には孫育てを喜びながら、それだけに溺れず、子ども夫婦を中心にすえ、脇役のサポーターを自覚している節度ある態度をとり続けています。

樋口さんは「『育児の主軸は父母』と思い、父母に対する信頼を孫の心に育てることは、祖父母の役割のひとつ」と提言をしています。そこには感情に流されず、溺れず、客観的に、冷静に「祖母力」を発揮することが、求められているように思います。もし私が祖母の立場になったとき、こんなに立派に「祖母力」を発揮できる自信はありません。あまりにも感情が先に出てくるからです。私が何時祖母になれるのか、息子はまだ23歳。これから、少しずつ私なりの「祖母力」をつけていきたいと思っています。
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by eastwaterY | 2006-11-28 00:15  

「日本女性会議2007ひろしま」その後(11月26日)

「日本女性会議2007ひろしま」の分科会会議が1昨日ありました。来年の10月の全国大会までにはもう、残りが1年足らずになりました。今の時点で、全部で15分科会の中で講師、コーディネーター、シンポジストなどが決定している分科会は、まだ3分科会くらいしかありません。私が担当している「キャリア教育」も、早くから取り組んでいても、紆余曲折があって時間がかかりましたが、2週間前に発表者4人すべてが決定しました。

実は、1ヶ月前「分科会:労働・働き方」の人たちが、日本で男女共同参画の視点をもってワークライフバランスのことを講演できるのは、私達の分科会で初めに講師を承諾してくださった大学教授の方しかいないと突然に言われ、私達も戸惑いました。しかし、その教授にその理由を話したら、教授自身も労働の分科会に変わりたいようなことを言われ、その時点で、私達は新たな基調講演の講演者をみつけ始めることになったのです。

しかし、人と人とのつながりは、有難いと思いました。シンポジストをお願いしていたK先生が、十年来研究仲間としてお付き合いをしているということで、ある大学のO教授を紹介してくださいました。O教授は、初めに依頼した教授が主宰している「女性と仕事研究所」の理事でもあり、私達の依頼に対して快諾してくださいました。

その後、いろいろ調べてお願いしても校長先生のところで断られていたキャリア教育を実践している高校の先生が、これもまた、ある人との縁がきっかけとなって、あっという間に決定しました。もちろん、それまでには広島県教育委員会にも相談し、紹介も受けていましたが、それにプラスして「ある人との縁」は神様が仕掛けて下さったかもしれないと思うほどでした。

ある日、仕事からの帰途、電車に乗っていて隣に座った人が本を読んでいる私の顔をたびたび覗き込まれるのです。「まぁ、いやらしい」と思いつつその人の顔を見たら、なんと、私が大学院を修了した大学のキャリアセンター長をしている人でした。その方は、以前、マツダに勤めていて、家族ぐるみでお付き合いをしているTさんだったのです。彼と話す中で、私が高校のキャリア教育の担当者が決まらないと悩みを言い、「『キャリア教育』は『生きる力を育てること』だと思うのですが・・・」と言ったら、「そうなんですよ。僕のキャリア教育の考え方と同じだ」と、とても感動して同意してくださったのです。そして、「僕はS高校でこの2年間キャリア教育にかかわっているし、僕の名前を出して依頼されてもいいよ」とまで言ってくださったのです。

それからの私は、まず、その高校へ電話をした後、いろいろな文書を作成したり、資料を集めたりしながら、その高校のキャリア担当の先生とメールと電話でやり取りをしながら、校長先生に依頼状と共に文書や資料を送りました。私が嬉しかったのは、キャリア担当の先生が、非常に意欲的で、「ぜひ自分が発表したい」といってくださったことです。その後、校長先生からも、柔和な声で「宜しくお願いします」と承諾の電話がありました。

私は、ここに至るまでなかなかいい話にならず、かなりがっかりしていたのですが、休日も関係なく、とにかく何とかしようとやってきたことが報われたと思いました。そして、やはりこの世に神様はいらっしゃるのだと、思いました。人は、一所懸命になって努力をしていれば、どこかでそっと見ていて、こうして2名の発表者を同時に見つけてくださったのだと思いました。ここに至るまでには、何人もの人に相談したし、支えてもらったりしました。

縁の神になってくださったTさんに「高校の先生決定!」の電話をしたら「よく、いろいろな人のネットワークを生かして頑張られましたね。敬服です」といってくださいました。これは、「これからもいろいろあるかも知れないけれど、がんばって!」という、最高の励ましの言葉だと思いました。
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by eastwaterY | 2006-11-26 23:40  

「生きているのではなく、生かされている」ということ(11月25日)

今日は土曜日ですが、午後から生涯学習相談会と個人的な学習相談をし、帰宅したら午後8時を過ぎていました。明日は電話相談の日でもあり、今週は土・日の休みはありません。でも、これは、私が少しでも人のためになるように「生かされている」ということだと思っています。

今日の中国新聞に阪神大震災を題材とした映画『ありがとう』のプロデューサーの仙頭武則さんの取材記事が出ておりました。彼は「忘れたいことだが、やはり忘れてはいけない。阪神大震災から1年。10年の節目も過ぎて風化しそうな今だからこそ、映画化に踏み切ろう」と思い、映画『ありがとう』の制作に思い立ったいうことです。この映画は、大震災で家も友達も失いながら、59歳でプロテストに合格した男性の実話を軸に描かれています。

仙頭さんは、地震の前日、宝塚市の実家に帰っていましたが、翌朝に東京の自宅に戻る予定にしていた彼に、母親から早く帰るように促されたとのこと。そして・・・2ヵ月後、東京で起きた地下鉄サリンの事件の日、寝過ごしていつもの電車に乗り遅れ、再び難を逃れたということ。こういう二つの体験から、だからこそ、「生かされている」と強く感じ、「何かしなければ」という思いも強いと、仙頭さんは、語っています。そういうことから、彼はこの映画に震災直後、知らない者同士が助け合った優しさや思いやりも、映画にこめて制作したとのことです。

仙頭さんの記事を読み、広島の原爆が落ちた8月6日、その日だけ、たまたま広島市に入った人、その日だけ、たまたま広島市を出た人、それぞれの運命があったと聴いています。また、学徒動員で広島市内に出る予定が、たまたま体調を崩していて行けなかったことで、命拾いをした人。しかし、学徒動員に出なくて生き残った人は、その後、子どもをなくした親から「どうして、あなたが生き残っているのか?」と言われ、辛い日々を過ごしたそうです。私の近所にも、そういう方がおられ、彼女は教員をしていましたが、早めに辞めて子ども向けの本を書き、原爆の悲惨さと平和の大切さを若い世代に伝えておられます。

彼女は、仙頭さんと同じように「生かされた思い」を抱えて原爆投下後を生き抜いてこられたのだと、思います。「生かされる」という言葉から、私が考えるのは、人の「命」というものは、自分のものだけでなく、多くの人に支えられて「命」があるのだということです。また、自分で自分の命はコントロールできるものではなく、人間の力や能力を越えた、どこか遠いところにいらっしゃる創造主のようなものに左右されているのかも知れないと、私は思っています。

ということは、生まれた時から、自分の命の期限は決まっているのかもしれません。でも、それを知らないから、みんな暢気に生きて行くことができるのであり、これは有難いことだと思っています。

そう思うと、私達一人ひとりは、自分のために生きていると共に他者のためにも『生かされている』と思っています。
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by eastwaterY | 2006-11-25 23:42  

ワークライフバランス(個人が主役の働き方)社会へ(11月24日)

格差の拡大について、あちこちで論議がされています。朝日新聞が2005年12月から2006年1月にかけて行った全国世論調査の結果によると74%の人が「所得の格差が広がっている」と思っており、そのうちに7割がこの格差の広がりを問題だと思っているということです。これまでは、1億層中流社会といわれ、誰もが努力をすれば今より良い生活が手に入ると考えていた日本の社会が、今大きく変わろうとしています。

今日は、大沢真知子著『ワークライフワークライフバランス社会へ~個人が主役の働き方』(岩波書店、2006)から、ワークライフバランスという最近脚光を浴びていることを考えていきたいと思います。この「ワークライフバランス」とは仕事もプライベートも共に充実させる働き方や生き方を意味しています。その双方があって人生は初めて充実するのです。つまり、働くことに対する報酬はお金だけではありません。家族を抱え、お金を優先したい人も要れば、家族の世話や第二の人生を充実させるために仕事を少し減らしたい人もいるでしょう。

そういう考え方は欧米やオーストラリア、NZでは既に自分なりに選択できる社会となっており、より多くの人が社会に参加する体制になっています。たとえば、私が2年間居住したNZでは、30年前でも仕事も家族もほとんど同率で大切にし、「どちらが優先か」というのは、その時その時で変わります。どちらかと言えば家族が優先される度合いが多いかもしれませんが、日本のように「仕事と家族のどちらが大切か、優先か」と問われることはないと思います。だから、権利として獲得している有給休暇は遠慮することなく、みんな堂々と取っています。当時Mazda Motors of New Zealandに勤務していた夫は、NZ人のスタッフに「なぜ、休暇をとって旅行をしないのか」と不思議がられていましたが、日本にいるときと同じように一切、有給休暇をとりませんでした。夫の考えは「仕事があって、家庭がある」ですから、「ワークライフバランス」の考え方は相容れないのです。この例は30年前ですが、現在でも日本では「自分なりに選択できる社会」にはなっていないのではないでしょうか?

大沢氏は、2003年のある県の県民意識調査によって家庭生活と社会生活のバランスについて、分析をしています。回答の中で「社会生活に偏っているので、家庭生活をもっと充実させたい」と答えた男性の割合は、30代で突出して高くなり、約半数がそう答えているのです.。そういう世代の男性が求めているのは「職の保障」と「労働時間の短縮」なのです。30代~40代といえば、子どもが二人くらいいて、家庭でも共働き、専業にかかわらず、妻が家事・育児を一手に引き受けている状態です。そういうことを、この年代の男性達は、それがいいとは思わないどころか、もっと妻や子どもとかかわりたいと思っているのです。

では、このようにするためには、どうすればいいか? 大沢先生は「社会の仕組みや、会社の人事管理制度や、私達の価値観を見直して行くことが必要ではないだろうか?」と考えてこの本を書いたとのこと。そういう視点から見てみると経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパーフォーマンスの良い国では、正社員の働き方を柔軟にする施策を行っています。たとえば、オランダでは、正社員からパート労働に切り替えても、同一労働同一賃金が徹底してるので、夫婦が共に働けば、各自の労働時間が短くても結果としては、夫婦のどちらか一人が働くより所得は増えるという政策をとっています。しかも、家庭生活へも二人とも同程度参加できるのです。

そうなってくると仕事と私生活のバランスが取れた社会を実現するに当たって、日本でも政府の役割が重要になってきます。そして、「ワークライフバランス」を実施するためには、政策の優先順位を見直す必要があります。もちろん、人々の「ワークライフバランス」を受け入れる意識が伴うことも重要です。

たとえば、フランスでは労働時間が短いので所得も低いということ。しかし、「なんに価値があるのか」を人々が考え選択することができる意味では、たとえば、フランスでは学校の運営が国費によってまかなわれているので、親の負担が少ないこと。また、医療保険制度も充実しており、人々の中にいざとなった時には保険がカバーしてくれるという安心感があるのです。

要するに、フランス人に限らず、ヨーロッパの人々は、家族や友人と過ごす時間を楽しむことができ、労働時間の短い国に住む人ほど幸福だと感じている人の割合も高いということです。日本もフランスを初めとするとするヨーロッパの人たちの家族観を学び、それを経済政策に反映させてみる努力をしてはどうでしょうか?
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by eastwaterY | 2006-11-25 00:24  

新亭主関白宣言(11月23日)

昨日は、11月22日で「いい夫婦の日」でしたが、今日は11月23日で「いい夫妻の日」なのだそうです。そういうことから、今日は地元のTVが夕方からのニュースで『熟年離婚の危機を乗り越える新亭主関白宣言』というタイトルで特集をしていました。

「新亭主関白宣言」は、福岡県の天野周一さんが新亭主関白宣言同盟を立ち上げ、今では、全国組織となって「全国亭主関白協会」という団体になっています。今日のTVでは、この協会が上げている「新亭主関白道段位認定基準」を中心として熟年離婚を考えていました。

「新亭主関白道段位認定基準」とは・・・・

初段 3年以上たって「妻を愛している」人
二段 家事手伝いが上手な人
三段 浮気をしたことがない人、ばれていない人
四段 レディーファーストを実践している人
五段 愛妻と手をつないで散歩ができる人
六段 愛妻の話を真剣に聞くことができる人
七段 嫁・姑問題を一夜にして解決できる人
八段 「ありがとう」をためらわずに言える人
九段 「ごめんなさい」を恐れずに言える人
十段 「愛している」を照れずに言える人
十一段ここは、あなたがかんがえてください

 となっており、なかなかユーモアもありながら、痛いころをついている部分もあり、早速
夫に十段までを質問してみました。
初段:文句なくOK,
 二段::「料理は上手ではないが・・・」と夫は遠慮してそういいますが、それ以外は私より上手なので妻の私が公認のOKを出しました。
 三段:これは夫がOKというので、信頼します。
 四段:これは私も夫は「レディファーストにしていてくれる」と思っており、もちろんOK。
 五段:長い間、手をつないで歩いていないのですが、夫いわく「以前、あなたの手をつなごうとしたら断ったでしょ」といいました。私が憶えていないけれど、夫が「手をつなぎたい」と思っているのでOK。
 六段・七段:二つとも夫本人も、妻である私もNO。まず「話を真剣に聴くか」については、真剣に私の話を聴いてくれないので、夫が1つの話を理解するまでに時間がかかります。
    また「嫁・姑問題」については、夫の母と同居の時に夫は「母が生きている間は母が一番、あなたが2番」と堂々と言い、初めから話もできず、問題解決までには至らない状態でした。妻の私は、ひたすら我慢の日々でした。(ふーっ、本当によく44年間も結婚生活が続いた!)
 では、なぜ44年間続いたのでしょうか? これは、八段~十段にその秘密があるのです。

 八段:「有難う」は、どんな時でも言うのでOK。
 九段:「ごめんなさい」は、まあまあかな?
 十段:これは、言葉はめったにないけど、カードでよく伝えてくれるのでOK。
残念ながら、7,8段がいまいちで、夫には「途中休止の十段認定」としました。

これほどの数の認定数は面倒な人には「新亭主関白『愛の三原則』」」というのがあるのです.

1. 「ごめんなさい」を恐れずに言おう。
2. 「有難う」をためらわずに言おう。
3. 「愛している」を照れずに言おう。

大部分の日本の男性は、本来は優しく、思いやりのある人が多いのに照れて表現をしないので、その気持ちが妻に伝わらないのです。この番組を見た視聴者から感想が届いていました。若い妻「気持ちは言わなければ伝わりませんよ」、熟年男性「熟年になったら、妻がいなければ生きていけない。円満な生活を送るには、夫が妻のお尻に敷かれているフリをするのが一番。」、熟年男性「焦らず、騒がず、ちょっと待ってくれ、そうしたら奥さんに感謝の気持ちを伝えるから」などでした。

前述の天野さんは「立派なオヤジはやめた。話のわかる心かようオヤジになって家族のために
戦うオヤジを目指す。何でも相談しなさい」といい、「1つだけ確かな事は、亭主が変われば、妻
が変わり、子どもが変わる事だ」と。

男性は現役中は、文字通り「亭主関白」を通していても、どうも熟年になったら、おとなしくな
るようです。でも、もう現役ではないのだから、と夫たちは自分を卑下することもないと思いま
す。そうではなく、「男」という意識と鎧を解き放ち、自由なること。それに対して、妻は、「長
い間ご苦労様」という気持ち持って、お互いいたわりあいながら1日1日を過ごしていくことで
しょうね。
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by eastwaterY | 2006-11-23 19:06  

第5回ファシリテーター養成講座(11月22日)

今日は、午前9時に家を出て、午後10時近くに帰宅しました。普通の会社員であれば、日本では普通と思われることでしょうが、そういう働き方をしていない現在の私には、今日は、ロンゲストデイでした。電話相談定例会終了後、親睦会をかねて相談員一同で昼食を摂りました。その後、午後1時から東広島市の生涯学習推進リーダーの養成講座の第5回目に向けてと、現在所属しているNPO活動に関する会議をすませました。

その後、親しくさせていただいている電話相談員のお二人とお茶をし、その後は、まちづくり市民交流プラザへ移って東広島市の講座について、前回の受講者のふり返りシートの分析・考察。その後、午後6時30分から午後9時まで第5回ファシリテーター養成講座へ、受講者として参加しました。今日の1日の行動をふり返ってみれば、なんと細切れの時間を使って行動したことだ、と思いました。

ファシリテーター養成講座は、「アイディアをまとめる方法を学ぶ」でした。まず、企画の基本として、講師が「誰に何をしてあげれば、喜んでもらえるのか」を考えて、「人の心を動かす価値を創造して提供」する、②そのアイディアを引き出し、企画にまとめ実行する人を見つけ、育てるのが「ファシリテーター」ということを話しました。その後、KJ法を使いながら、私達「生涯学習グループ」は『広島を元気にする方法』について、およそ一人15枚~20枚ポストイットに書きました。

一人でこれだけのアイディアをすぐ出すというのは難しいのですが、前回各グループで「広島のええとこ探し(いいとこ探し)」、「広島のダメ出し」を模造紙にKJ法でポストイットによりワークショップをしていたので、案外簡単に短い時間にアイディア出しをすることができました。ところで、「アイディア出し」には原則があります。①批判厳禁、②自由奔放、③発散拡大、④便乗発展です。

そういうことを心がけながら先週出した「広島のダメ出し」を一転させれば、『広島を元気にする方法』のアイディアが次々出てきます。何しろ、この「ダメ出し」は108〔人間の煩悩にたとえて〕出したのですから、その中から、いくらでも出せます。

その後各自が出したアイディアを整理し、それを企画につなげていき、企画書を二つ作りました。まず企画名を決め、提案者、誰の喜びのために、(略)何をするか、どの強みを生かすか、だれがお金を払うか、などなど企画書に書く項目は、全部で12項目ありました。KJ法でポストイットを整理し、まとめた時点では短時間の間に二つも企画ができるとは誰も思っていませんでした。

ところが、企画書を書くときになって、メンバーからどんどん個性的なアイディアやユーモアのある企画などが出てきて、メンバーが一体となって、みんな笑顔であっという間に1枚の企画書が出来上がりました。そして、2枚目もまたもや、どんどん考えを出し合い、話し合い、これも1枚目よりもっと早く出来上がりました。他のグループは、1枚がまだ完成していないのに・・・・。何しろ、私達のグループは講師が「10分休憩を取ってください」といっても誰も休みを取らず、相変わらずワーワー言いながら、集中してワークショップをして行ったのですから。年代もさまざま、職業もさまざま、男女もさまざまでしたが、本当にチームワークの良いグループでした。

それぞれのグループの企画書を読んで、講師からは厳しい批評を頂きましたが、それでも、私達のグループはこりもせず、「よく二つも企画書が出せたね。面白かったね。講師が言われたことは、・・・すればクリヤーできるね」と、学習終了後も盛り上がり、自画自賛の時間を過ごしました。「学習」とはどういうことか、を自分で実感することができ、今後、自分が講師となったときに、「受講者の意欲をどのようにして引き出すか」ということに関して役立つ講座でした。

朝から、ちょっとハードワークの部分もありましたが、この講座が充実していて、とても楽しかったので、全然疲れませんでした。
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by eastwaterY | 2006-11-23 00:03  

団塊世代の男性用講座企画(11月21日)

現在、広島市女性教育センター(Weプラザ)からの依頼で、団塊世代男性用の講座企画をしています。これは、私が公民館用に講座企画をし、これを顔なじみの公民館主事さんに「Weプラザと共催で講座をしませんか?」といわば勧めていくということです。

2007年には、いわゆる団塊世代の人たちが大量に定年退職を迎えます。その後、彼らは、どのように生きていくのか、ということを公民館などの社会教育施設が、お手伝いをしようというものです。したがって、現在、公民館でも生涯学習センターでも、まちづくり交流プラザでも団塊世代の男性を対象とした講座は花盛りです。

たとえば、S公民館では「おじいちゃんと一緒♪今こそ出番マゴ育て!」、「地域デビュー☆がうまくいくコミュニケーション術」など、また他の社会教育施設では「定年退職後をどう生きるか」と銘打って「地域へ飛び出そう!」という講座などです。

私が今企画している講座は3回連続講座で考えています。この講座のタイトルは「男のロマンを語ろう!~人生を二度楽しむ~」としました。

第1回  講演: 「夢を実現している人が経験を交えて話す」(例:夫婦でハーレーに乗りアメリ カ横断、夫婦で田舎に移住し、ログハウスを建て、週3日かだけ蕎麦屋さんをする、 オートバイによってユーラシア大陸横断など、これらの話はすべて、新聞、TVで登場した広島の人たちです)。講演終了後は、5名くらいずつでグループを作り、自己紹介をした後、話を聴いた感想も含めて、今考えている自分の夢を語り合う。 〔宿題:自分のこれまでの人生をふり返る〕シート〕

第2回  (5人くらいで1グループとなり)宿題のシートで自分をふり返って見て、本当に自分が したいのは何だったかに気づき、もう一度自分の夢を語る。その後、「夢に踏み出すにはどうするか?」シートの質問にしたがって記入し、その結果を話し合う。

第3回  講演: ファイナンシャルプランナーの「人生の中で何を大事にしているか、これから
何を大事にしたいか」の講演を聴く。(講演の中で『人生における価値観』シートに記入する)。講演終了後、話し合い、その後、各自『自己実現シート』へ記入し、それを基として一人一人、自分のロマンを発表する。

講座時間は2時間ですから、1時間講演、残りの1時間で話し合い、シート記入をしていきま。この講座の狙いは、前述の社会教育施設のように初めから、「~しよう」と提案するのではなく、自分のこれまでの人生をふり返り、他者の話を聴きながら、刺激を受けつつ定年後の自分の夢を探すこととしました。私は3回のうち、2回目にかかわることになります。この講座を企画するについて私が思ったのは、受講者が主体となって自ずからのこれからを考えることです。主催者側が、「学ぶ」とか「定年後はこう生きよう」ということを提案するのは、いかにも「あなたの人生はこう生きるといいですよ」といっているようなので、男性側に抵抗感があるのではないかと思うからです。

2ヶ月前「男性講座の作り方」という研修を受講しました。その時の講師は、「今頃の講座は、団
塊世代の人が退職したら、地域へ出ていくのが当然のように考えて企画したり、~しよう、と決めてかかっているが、余計なお世話です」といわれました。そういえば、私の弟を見ていても退
職後1年間は、ゴルフ、釣りに、旅行にと遊びまくっていました。それは、そうだと思います。何十年も家族や社会のために働いてきたのですから、退職後は遊びたいと思うのです。それくら
い遊んだ後は、多分、「次は何をしようか」という方向に向かうと思うのです。

その時に初めてボランティア活動をしてみたい、学習をしてみたい、地域で活動したいとなって
くるのではないかと思うのです。だから、初めから「活動、学習」などを講座に入れたくないと
思ったのです。やっと会社から解放されてた男性には「夢を見てもらいたい」思うのです。第1
回の夢は、大きすぎるかも知れないけれど、ちょっと規模を小さくすればできる夢だと思います
(たとえば、オートバイで日本一周、趣味を生かして出店するなど)。

退職後の男性にはまず、夢を見てもらいたいのです。
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by eastwaterY | 2006-11-21 21:00