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戦争記録画(8月31日)


お昼のTVで「戦争記録画」について放映していました。戦争記録画は、著名な画家たちが戦争中に戦争の様子を記録として残すために描いたものですが、その中には藤田嗣治画伯も含まれています。

これらの絵は、人々の戦意高揚をすることが目的で、国が画家に描かせたものです。しかし、実際には、それぞれの画家により、思いは異なっています。先日、藤田嗣治展で見た、彼の戦争記録画は、決して戦意高揚を目的として描かれたものではなく戦争の悲劇を描いていることが、分かりました。それを観る者には、そういう彼の思いがはっきり伝わり、私も戦争画の何点かの前では涙が出そうになりました。

ある高齢の女性が「これは、戦争で死んだ人達への鎮魂の絵です」といっているように、藤田画伯の優しくも信念をもった彼の人柄が表われていました。戦争記録画は、150点余ありますが、戦後61年間一度も日の目を見たこともなく、鍵のついている倉庫に入れられたままになっています。

戦後61年がたち、多くの人達は亡くなっていますが、現在生きている一人の画家は「戦争はとても悲惨なことだった。私は、自分自身が死んだとしても、描いた絵は残ると思い、画家としての魂を込めて描いた」と涙をためながら語りました。そうであるなら、今、世界のあちこちで紛争や戦争が起きているこの時に、これらの戦争記録画を人々に観てもらうことが必要ではないかと思います。しかし、日本の歴史を十分に伝えてこなかったという問題もあって、これらの絵を描いた画家の遺族の中には、公の場にこれらの絵を出すことに抵抗感を持っている人もあり、ことはスムーズには運ばれていないようです。

早稲田大学の河田先生は、「戦争記録画を人々に見せることにより、戦争のことやその悲劇を伝えていくべきで、早急に多くの人達に観てもらうようにすることが必要だ」と語っています。危険な戦場の中で、描いたであろう前述の画家の言葉「画家としての魂を込めて描いた」という言葉の意味を今一度、多くの人が分かろうとすることが求められていると思います。
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by eastwaterY | 2006-08-31 20:43  

「男も女も仕事も家庭も」(8月30日)

以前勤めていた職場の若い人から、33歳の女性の結婚相手を探してもらえないか、と電話がありました。その方は、「33歳、管理栄養士で総合病院勤務、結婚後は仕事はやめる」ということなので、それを分かってくれる人との縁談を望んでいるということでした。

私の38歳の甥が小学校教師をしており、未婚なので紹介しようとしたのですが、「これから先のことを考えると、どうしても共働きをしてくれる人でなければ・・・」という返事で、縁談をすすめることはできませんでした。確かに、日本の現状から考えると、若い世代の人達が将来を明るい方向に考えられない、というのも分かります。年金をかけても将来どうなるか?自給率の低さから考えると、国際情勢によって食べることすら危うくなってきます。老齢年金はどんどん下げられ、その一方で介護保険の掛け金、医療費の割合は高くなってきています。

では、共働きをしたらどうか?と考えたとき、現在男性は長時間労働、そのために女性は仕事・家事・育児を一手に引き受けざるをえず、辛い結婚生活になってしまいます。甥の場合は、彼の父親が小企業へ勤めたために何度も破産・失業を繰り返し、母親(私の姉)は内職やパートをしながら子ども3人の5人家族を支えてきました。その結果、母親自身も何度も入院、父親も40歳半ばで脳梗塞と、甥を初めとして後二人の兄弟も苦労をしました。したがって、大学も3人とも奨学金とアルバイトで一切親には負担をかけず、二人が小学校教師、一人が一流企業に就職しました。

そのような経過を経て成人した甥は、やはり夫婦二人で働かなければ、老後が心配と思っているようです。既に彼の弟は、結婚し夫婦で小学校教師をしており、姉もそういう結婚を甥に望んでいるようです。しかし、最近の小学校の先生は毎晩夜遅くなることも多く、二人子どもがいれば大変です。姉が隣に住んで常に支えてはいますが、誰もが、そのような環境で働けるとは限らず、少子化、未婚化が進むのも無理のないことだと思います。

夫婦が共働きをするためには、まず長時間労働、単身赴任の悪習をなくし、男女が共に
周囲に遠慮なく育児休暇が取れること、復帰したときに元の職場に戻れること(そのためには育児休暇中の研修の必要がある)などを実施しなければ、夫に、妻に、子どもに多くの負担をかけることになると思います。

甥は、今までに何度も見合いをしていますが、甥と姉たちの望みをかなえることができる
女性はなかなかおらず、難しい感じです。このような例は、他の人たちにもあるのではないでしょうか?2000年の統計で男性の未婚率(30~34歳:47.7%、50歳:15.7%)、女性の未婚率(30~34歳:32.6%、50歳:7.1%)だから、2006年の現在、さらに未婚率は増加していると考えられます。
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by eastwaterY | 2006-08-30 22:16  

キャリアママのがんばり(8月29日)

『AERA』9月4日号に霞ヶ関女性キャリアの出産をテーマとしてた記事が掲載されていました。霞ヶ関では、各省庁により育児・出産休暇をとり易いところと、とり難いところがありますが、そういうことを越えて子どもを2人~3人育てながら、キャリアを重ねている人達が取り上げてありました。

霞ヶ関の女性キャリアたちは、故郷で働く母を拝み倒し、助っ人にきてもらったり、ベビーシッター同伴で海外赴任をしたりなど、悩みながらもしなやかに、ハードワークの職場と子育ての両立を実践しています。一方、アメリカでは、みんな無理なく仕事と子育てを両立しており、週5日半日だけ働くプロフェッショナルたちも当たり前のようにいるといういことです。それと比べると、日本は女性の出産機能を考慮せず、男性と同じような働き方を求めるので、女性といえども柔軟な働き方はできないのが現状です。

しかし、そういう中でも子どもを持つ選択をした人達は強い意志と長い人生を見通した「子育て」を考えて出産しています。たとえば、「深夜まで無制限に職場にいられることも評価の一部というなら、同期とは昇進や出世で差がついても仕方がない。ただ、世の中のために役立つ仕事がしたいし、子どもの成長は自分の目で見守りたい。やめずに行けるところまで行こうと思います」という人。中には、両親と同じマンションの別の階に引っ越し、家でも出先でも仕事ができるようパソコン環境を充実させるなど仕事の仕方を変える、という発想の転換をして乗り切る人もいます。

これらの女性たちに共通している点は、夫が同じ省庁か霞ヶ関のキャリアで、結婚当初から女性がキャリアを積むことを承知し、応援していることです。文科省のYさんは二人目が生まれたとき産休だけで復帰する彼女に代わり、夫のTさんが7ヶ月の育休をとったということです。もちろん平素からも家事・育児を共に担っています。彼女いわく「あとから気づいたけれど、あたりの人と結婚しました。そうでなければ、両立なんてできていません」。このコメントからも分かるように、夫婦で助け合いながら共働きをするためには、結婚前から、結婚後二人でどう生きていくか、どういう家庭を築いていくかをしっかりと話し合っておくことが重要です。

私の姪は現在30代前半ですが、大学で社会学を専攻し、その中でジェンダーについて学び、卒業後は自分が結婚後も働き続けることを理解してくれる男性と結婚しました。現在は、4歳の双子の女児と2歳半の男児の3人の子どもを育てながら、広報課でバリバリ働いています。それだけでなく趣味がトライアスロン、マラソン(ハワイマラソンにも出場しています)ですから出勤前に早起きをしてかなり走ります。その間、パートナーのTさんは、朝ごはんを作り、子どもの世話をしています。朝の忙しいときに、それだけのことをするのは大変だと思いますが、彼からは「妻がイキイキ生きているのが嬉しいし、応援したい」と見事な返答が返ってきます。

彼は、当初は姪と同じ会社だったのですが、子どもを持ってから会社勤めをしながらファイナンシャルプランナーの勉強をし、資格を取ってもう少し柔軟に働ける会社に転職しました。ある日、姪が私に言うには「家事(特に料理)は彼女よりはるかに上手で私よりよくやってもらっているので、申し訳ないと思うときがある」と。私はこういいました「彼があなたのハッピーな顔を見るのが楽しいし、応援したいと思っているのだから、それに対してあなたがいつも感謝の気持ちを持っていればいいのよ」と。

霞ヶ関のキャリア女性の一人もこういっています。「娘はこういいます。『ママが働いているの、悪くない』と。家庭という大事なものができて仕事でつまずいてもへこたれないようになりました。娘たちにも、力を入れてつくった資料を見せたりして、私には、家庭以外にも大事な世界があると伝えています」

ここまで堂々といえるまでには、強い意志と夫の協力でさまざまな峠を乗り越えてきたプロセスがあると思います。子どもは小さいときから、しっかりと親の姿を見ているからこそ、母親の生き方を嬉しく思っているのですね。
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by eastwaterY | 2006-08-29 21:37  

日本人も、さまざま(8月28日)

今日のニュースで、徳島県の那珂川で住民に人気のあったアザラシの「なかちゃん」が
頭から血を流し遺体で見つかったそうだ。それが分かって、住民たちが集まり、遺体の収容作業を見ながら涙を流したり、痛々しい表情で静かにその作業を見守っていた。その様子からも、TVへのコメントからも、どれだけ、「なかちゃん」によって住民が癒されてきたのかというのが分かるし、毎日「なかちゃん」の姿を見ることで頑張る力を与えられた人もいるようであった。

欧米では、人間以外の動物は、人間がコントロールし、人間が上、動物が下の関係であるが、日本の場合、昔から日本人は動物のみならず自然と共生して来た。しかし、最近は、日本でも鳥に矢を放ったり、嘴を縛ってみたりなどして自分のストレスを、それらの動物を虐待することで解消するような人も出現するようになって来た。そして・・・・男性の女性への虐待、親からの、先生からの虐待と弱い者への連鎖の暴力も増えてきた。

しかし、そういう人ばかりではないことは、先の徳島の住民の人達の例でも分かる。また、昨日の「24時間テレビ・・・」でも、捨て猫が瀕死の重傷をおって、ある人が道端で死を待つ状態であったのを、24時間救急動物病院に連絡し、治療を受け、とりあえず命は助かり、その後の猫のことを放映していた。この動物病院の獣医は、その職業を越えて、捨て猫・捨て犬の治療を無料でしている人である。前述の猫も手術をしても生存率20%であったが、その獣医の努力により、命が助かった。しかし、次の問題は、捨て猫生活を長くしていたために人間に対する不信感が強く、絶対に人の与える餌を食べないということ。

なんとか不信感を拭おうとタレントのビッキーが毎日時間をかけて、猫の顔を見ながら
ずっと人に話しかけるように、その猫に語りかけていた。やがて、何日かたって猫は少しずつ彼女の手から餌を食べるようになり、抱かれるまでになった。次の問題は、猫を引き取って育ててくれる人を探すこと。獣医の努力もあって、猫の飼い主になる若い男性も現れ引き取られていった。

その後、猫はどうなったか? 猫は初め若い男性になつきにくかったが、今では男性の膝にもたれて安心して眠るようになっていた。そうなってくると猫の目は、当初の敵を見るような鋭い目つきから、穏やかな優しい目に変わっていた。同じ猫とは思えないほどの変わりようであった。

この猫は、瀕死の状態の猫を見つけた人→獣医へ→手術→ビッキーによる語りかけ→獣医の飼い主探し→飼い主出現というプロセスを経て、「生」を受け、これからは幸せな日々を過ごすであろう。このプロセスにかかわった人が、一人でもいなければ猫の命は失われたかも知れない。それを守っていこうとした人達との連鎖を見ると、日本人の心の中にはまだまだ「動物との共生」の心が失われていないことを物語っているように思えた。
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by eastwaterY | 2006-08-28 22:21  

絆とは(8月27日)

私のブログ名は「人とつながる”結“日記」といい、「いろいろな人とつながりながら、生きていきたい」というのが、このブログの趣旨です。人と人がつながることによって、そこには「絆」ができます。結ぶ絆の太さや長さは、人によってそれぞれ違うと思いますが、人は「一人では生きていけない」ことを考えると「絆」は生きていく上で欠かせないものだと思います。

日本テレビ系で、毎年この時期に放映されている「24時間テレビ29・愛は地球を救う」では、「絆」が今年のテーマです。この番組では、さまざまな人々に「絆とは?」と質問をしていますが、その答えの中で一番多いのが「家族」でした。面白いのは年配の男性が「おかあちゃん、奥さん」と、自分のパートナーのことを「絆」と捉えていることです。「今まで、ワシが何でもやってきたと思っていたが、今、そのように尋ねられてみれば、おかあちゃんがいたから、ここまで自分は、やってこれたのだ。今まで、アリガトウと言ったことはないが、○○子、これまでいろいろ有難う」と涙ぐみながら話す71歳の男性もいました。

また、「絆と言うのは、あって当然と思うもので意識していないものなのかもしれない。たとえば、両親、家内、子どもとの絆が、そういうものだと思う。」といい「俺って、学があるなあ」と本人自身が悦にいっていました。でも、本当に「絆」の本質を言いえているようで、ある意味哲学的だなと思いました。

私の場合の「絆」を考えてみると、私には一本だけの絆ではなく、多くの絆があると思います。まず、「家族」、「ボランティア活動の仲間」、「中学、高校、大学、大学院での友人や先生」、「NZの友人」、「NZで出会った日本人の友人」、そして知り合った期間は短くても本音で話し合える「ブログでの仲間」。ちょっと考えただけでも、私の周りにはこんなに多くの「絆」があって、それぞれと結ばれているのだと、いまさらながら、本当に有難く、皆さんに感謝しています。その上、これから絆となりそうなものとしては「電話相談員」、「社会人学生仲間」など、人生を重ねるにしたがって絆の数は増え、その太さもだんだん太くなっていくような気がします。

これからも、私自身が誰かの「絆」の1つにになれるような生き方をしたいと思っています。
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by eastwaterY | 2006-08-27 20:19  

働きやすい企業を応援する男女共同参画的投資のススメ(8月26日)

今日は、午後から広島県女性会議の講演会に行ってきました。講座のタイトルは「働きやすい企業を応援する男女共同参画的投資のススメ」です。現在、金利が低いことなどもあって多くの人が定期預金などから投資信託に乗り換えています。

しかし、今日の投資信託は、そういう一般的な投資信託ではなく、「SRIファンド(社会的責任投資)」のことです。M&Aのプロ岩崎日出俊氏は、「『株主民主主義』こそが日本よくし、経営者を変えていく」といっています。そして「株主の力で悪質経営者を退場させられる」と強調しています。これをもう少し詳しく言うと次のようになります。「株式市場は直接民主制であり、投資家になることで一票を投じられる。より多くの人々が投資家となり、よい企業に票を投じれば、良い企業に資金が集まり、悪い企業の資金が枯渇する。悪い企業、悪い経営者を市場から退場させられる」ということです。

話をSRI(Socially Response Investment :社会的責任投資)に移します。これは、①経済的指標と同時に社会的指標も考慮して投資すること、②金融機関やファンドが社会的な
課題の解決にかかわっている事業体に出資すること、です。これまでの企業は、「効率的にものをつくることによって利益をあげ、その利益を株主に配当として支払って」いました。しかし、これからの企業は「自己の価値観や倫理観を投資行動において一貫させる姿勢を持つことにより、自己の倫理観を満足させるだけでなく、積極的に社会変革を促すための道具としてSRIがある」ということです。これは、小口資金しかもたない一般投資家も投資信託を通じてSPIに参加できるのです。要するに、社会的に責任ある企業を積極的に評価し、責任を果たしていない企業は評価しないのです。最近、日本においてもSPIは人々に知られるようになってきましたが、人々のSPIに対する個人投資家の意識はどういうものでしょうか?

多くの人が、環境問題、顧客の健康・安全性配慮、消費者保護への配慮に多くの人が投資をしています。しかし、差別・機会均等への配慮に関する男女共同参画を目指す「仕事と生活の両立・社会支援」などに対してはまだまだ意識が低いのです。21世紀に入って、「男女が共に家庭も仕事も」の社会になりつつあることは確実で、そのためには「仕事と生活の両立・社会支援」を企業の社会的指標に入れていくことが必要です。今回の「日本女性会議2007ひろしま」の分科会「労働」においてこのテーマを取り上げて、男女が家庭・仕事・地域で共生していくために、人々にSPIを知ってもらい、「仕事と生活の両立・社会支援」を指標としている会社に投資信託をしてもらおうとしているのです。統計的にはSRIファンドは、長期的にみると一般的なものよりは収益が上がっているということを分かってもらうことも男女共同参画社会の形成に役立つ
ことを知ってもらうことが、この分科会でSRIファンドを取り上げる大きな理由です。

講師の話から、これからの時代は、上述のことが重要だというのは分かったのですが、道のりは長いと思いました。まず、企業は「利益をあげる」ことが第一ですから、それを目指した経営をしていくことは当然の事です。だから、ビジネスになりそうな「環境問題、顧客の健康・安全性配慮、消費者保護」などが対象となるのです。では、私たちが理想とする「仕事と生活の両立・社会支援」によって社会的貢献をする企業を応援するためには、人々はどうしたらいいか、ということです。

それは、ひとえに人々の生きる姿勢にかかっており、生きて行く上で自分の価値基準を持つことが、重要になってくるのです。すなわち、企業を評価するときに売上高・利益・経済指標によって企業を評価するだけでなく、社会的・環境的な視点からも企業を評価することが重要だということです。要するに、投資家が適切な判断で投資ができるようになる必要があるということです。それは、「投機」ではなく、投資先の企業を比べて長期的に「投資」をすることで、株主自身が社会的責任を引き受けること、株主自身が意思表示をすることが重要だということです。

ここまでで、今日の講義は終了しましたが、その後いろいろ考えて見ると今日の話の一番重要な部分で基本的なことは「生きて行く上で自分の価値基準を持つことが、重要」ということです。現在、日本人の価値観はとにかく「お金をできるだけ多く持つこと」と経済的な部分に生き方の基本があり、子どもまで「大きくなったら、お金を一杯儲けて金持ちになる」などと言っています。これから、男女が共にその違いを乗り越えて共生・響生していくためには、社会や企業の環境が今より大きく変わることが求められます。そのためには「仕事と生活の両立・社会支援」を指標としている会社に投資をすることを通して、企業や社会を変えていくことが求められます。その鍵を握っているのは、一般の人々です。そのためには、やはり「人は何に価値をおいて生きるのか」ということを日日真摯に考えることが必要なのです。
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by eastwaterY | 2006-08-26 22:35  

やさしさとは(8月25日)

今朝、遅い朝食をとりながらTVを観ていたら、74歳になる女性監督が、知的障害の子どもたちを役者として公募し、映画制作をしている様子が放映されていました。TVでの取材では、ある一人のダウン症のAくん(11歳)に焦点を当てて、レポートしていました。

ダウン症の子どもは、一般的には「天使の子」といわれるくらい、優しく笑顔がすばらしいといわれていますが、まさにそうでした。あるシーンで一人の少年をみんなでいじめる場面を撮ろうとしたとき、どうしてもAくんだけ泣いてその場面に参加しようとしないのです。何度、促しても泣いて嫌がるので、仕方なく監督のそばに座らせていました。彼の母親が「いじめられている子どもの身になっていて、可哀想であの子は皆と一緒に参加できないのです。」とコメントしていました。

やっと、その場面の撮影が済んだときに、Aくんは急いでいじめられ役の少年の所に行って抱きつき、しばらくそのままの姿勢でいました。その後、一言、二言演じていた少年に何か言い、やっと安心したようでした。レポーターがいじめられ役の少年に、A君が言った言葉をたずねたところ、Aくんはこう言ったそうです。

「悲しかった?ごめんね」と。Aくん自身は、演技としては、いじめ側にはいなかったのですが、そのいじめる場面を見て、いじめられる子どもの気持ちを理解することができ、それが悲しくて、可哀想で泣いていたのです。相手の身になって考えるというイメージ力=思いやりから、いじめ役を演じることができなかったのです。

ここ数日、放火や刺殺など青少年による事件が相次いで起こっています。「弟は、すばやいから逃げると思った」といったり「死ぬとは思わなかった」という、貧困なイメージ力。
Aくんは「天使の子」といわれるダウン症の少年ですが、それだけでなく、成長する中で、みんなに可愛がられ、抱かれ、慰められてきたのだと思います。十分受容されて成長してきたのでしょう。Aくんの心の中に気持ちの中に余裕があるように思いました。「やさしさ」の本質をAくんから教えていただきました。
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by eastwaterY | 2006-08-25 22:36  

花に癒される(8月24日)

今日もNPO活動とボランティア活動で忙しく帰宅したのは午後10時前でした。
どちらも私が使命感をもってしていることですから、ストレスはないのですが、会議などは、いろいろ意見の相違を超えて、話し合って行くという作業は大変です。

こうした忙しさの中で、やはり心癒されるのは我が家の花々です。以前は、これにもう1つプラスして2年前に亡くなった愛犬ハッピーちゃんのしぐさや表情が私を元気にしてくれていました。今でも帰宅したときに彼がにこやかな(?)顔で迎えてくれるような気がするときがあります。

さて、我が家の花々の近況です。昨日は驚きました。1昨日まで大きな丸いプランターにこんもりと小型のペチュニアが一杯に花開いていたのですが、昨日帰宅したときには、それらがすべて咲き終わってしましい、葉っぱだけになっているのです。こんなに、突然花が終わるということは初めてでした。しかし、よく、その葉っぱたちを見てみると、1つ1つの葉の先に小さな小さな花の蕾がついています。この蕾がどのくらいの時を経て花開くのかは分かりませんが、確実に次のステージを迎えていることが分かり、元気をもらいました。

私がビルの中で会議をしている間に集中的に雨が降ったらしく、トレニアがまっすぐ胸を張ってイキイキと咲いていました。トレニアは、十分に水遣りをしておかないと、すぐしんなりとするので、いつも水遣りには気をつけているのですが、今日はトレニアにとっては最高の日だったようです。昼間はしっかり日が照り、夕立がたっぷりの雨を運んできたので、最適の環境だったのでしょう。その一方で、ペチニュアにはちょっと辛い夕方だったようです。

降っても、照ってもとにかく元気なのはキバナコスモスです。これはどんどん育ち、どんな過酷な環境でもすくすくと成長しています。これは、雑草に近いくらいの生命力の強さをもっており、「よし!がんばるぞ!」と思うようになるくらい、励まされます。ピンクのランタナは割合小さな花ですが、元気なキバナコスモスに負けないようにキバナコスモスの足元から精一杯体を伸ばして、花を一杯つけています。これらの、個性豊かな花々を見ているとまるで、個性豊かな人間を見ているようで、面白く、癒されます。
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by eastwaterY | 2006-08-24 23:49  

嬉しいことがありました(8月23日)


このところ、ストレスのたまる出来事が次々あり、ちょっと落ち込むこともありましたが、昨晩、嬉しいニュースが入ってきました。時々ブログにも書いているように、私は「社会人学生ネットワークきらめき」(愛称:SGネットきらめき)を2年前に立ちあげ、世話人として、主に学習相談・支援をしています。それに加えて、今年は就職支援も入ってきました。

実は、嬉しいことというのは、私が学習相談・支援をして3回目の挑戦で47歳のときに大学院臨床心理学科に合格し、現在、大学院2年の女性の就職が昨日決定したのです。彼女は、若いときに大学の被服学科を卒業しているのですが、40歳代の半ばから、ある目的があってどうしても臨床心理士になりたいという思いがありました。心理学科は、専門科目を学んでいなければ、大卒といえどもストレートに大学院入学と言うのは難しいので、入試以前に科目履修生となって専門科目を学習する必要があります。そして、大学院入試できる学習ができた時点で、はじめて受験をすることになります。したがって、彼女は1年間、科目履修生として学習後受験し、3回のチャレンジの末、入学することができました。そのプロセスの中で、メールで彼女の小論文を何度も添削し、最終的には研究計画書の添削をし、彼女も努力をして、その能力をつけていきました。

3回のチャレンジにより入学を果たした彼女は、精力的に研究に励み、同時に私がかってボランティア活動をした特別養護老人ホームで実習を積み重ねながら、現在大学院2年生になり、修士論文を作成中です。そのさなか、彼女がそのホームに心理職として就職したいので、一緒についてきてサポートしてほしいとのことなので、二度園長とも話し合い、いい方向に向かっていました。しかし、その割には、途中から話が進まなくなったので、今度は、彼女がホームで現在実習している回想法のことや、それがどれほどお年寄りたちにいい影響を与えているかなどを、レポート様式で明確に文章にするようにアドヴァイスしました。さらに、その文章を2度添削し、園長に提出していたところ、昨日正式に心理職として採用する旨、園長から直々返答があったとのことでした。ここにいたるまでに、就職に関しても何度も相談にのっていたので、彼女の就職決定については、私にも嬉しいことでした。

彼女は、自分自身が就職活動と修士論文作成の最中でも、ある女性が彼女と同年齢で同じ大学院臨床心理学科へ受験したいということに対して、貴重な時間を割いて学習方法、参考文献、どの教授の科目を取得する方がいいかなど、貴重なアドヴァイスをしてくださいました。心理学科に疎い私にとっては、彼女のサポートはベストであったと思うし、サポートされた女性も、現在入試に向けて猛勉強中です。

私が「SGネットきらめき」を立ち上げた時の目標の一つは、社会人学生OB/OGが自分たちの経験を生かして、現役の社会人学生と大学進学を目指す社会人に対しての良きアドヴァイザーになってもらうことだったのです。理論だけでなく、体験からしか言えないアドヴァイスというものもあるわけですから、そういうことをボランティアとして活動してほしいと思っていたのです。しかし、現実には自分たちが受験するときにサポートを受けても現役・OB/OGとなったときに、彼女ほど積極的にサポートしてくれる人はほとんどいないのです。私が彼女の多忙を心配しても「いいえ、心配いりません。私は、何とか恩返しをさせてもらいたいと思っているのですから・・」といいながら、いざとなったらいろいろ手伝って下さるのです。

「SGネットきらめき」の活動の歩みは遅々としたものがありますが、それでも、確実に少しずつでも目指す方向に向かっているのですから、会員30名のこの団体を長い眼で見ながら、育てていきたいと思っています。
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by eastwaterY | 2006-08-23 22:25  

丸の内2足わらじ画家(8月22日)

『AERA』(’06.8.28)に政財界のファンも多い、個性的な画家が紹介されていました。
63歳の赤平浩一さん(以後Aさん)の職業は、靴磨きと画家です。彼の描く絵は、川辺などの風景画が多く、現在は丸の内の人と街の移り変わりを記す本を執筆中とのこと。

では、彼がなぜ丸の内と関係があるのかということです。彼の長年の友人には、衆議院議員馬淵澄夫さん(民主党)がいます。彼が会社員の時代、Aさんから「お客さん、靴を磨いていらっしゃい」と声をかけられ、平社員には少し贅沢な気もしたが、思い切って彼に靴を磨いてもらったことがきっかけになりました。その時Aさんはこういったそうです。「靴はその人の生き様を反映するので、常に清潔にね」。その後、馬渕さんは順調に出世して役員になった頃、久しぶりに丸の内に行った時、今度は「立派になられましたね」といい、昔より高級になったくつを見て、Aさんは微笑んだそうです。

Aさんは幼い頃から画家を志し、靴磨きで学資を稼ぎ、美術学校を卒業後、アメリカ、パリなどを行ったり来たりしながら、個展を精力的に開き、合間を縫っては丸の内に出ました。彼の靴磨きのお得意様は政財界人が多く、そのうちの一人のSさんは、靴を磨いてもらうと同時にAさんの個展にも行くようになったといいます。

SさんはAさんのことを、こう言っています。「ただ、事務的に靴を磨くのではなく、客への態度が真摯。画業にも確固たる信念がある」と。馬淵さんもAさんが描いた優しい町の田園風景に故郷の記憶を呼び起こされ、個展が開かれるたびに行っています。そして、Aさんは丸の内に座って50年あまり。その間に世の中は、景気と不景気を繰り返しました。Aさんは言います。「景気が良いときは、人々は半ば狂ったように前のめりで歩き、悪くなると気迫にかけて足取りが重くなる。多くの人と接してきて、人の本質を見る『動物的嗅覚』が身についた。それが本業の絵にも役立っているのかもしれない」

旅館などでは、お客様が脱いだ靴を見てどういう客かを判断すると、聞いたことがありますが、靴磨きの人も「靴はその人の生き様を反映する」と言っているのを見ると、普段あまり目立たない靴にどれだけ気を使うかということが、その人を表すことになるということでしょう。そういうことが大事だとわかっているからこそ、Aさんはその誠実な人柄から「事務的に靴を磨くのではなく、客への態度が真摯」ということだと思います。一見、靴磨きと画家の共通点はないように見えるが、二つともがその人の「生き方」を見事に表していると思いました
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by eastwaterY | 2006-08-23 00:14