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今年(2005年)を振り返って2

 今日は、「今年を振り返って良かったこと」の2番目を書きます。
私は、今年の9月~11月まで、ラーニングネットひろしまのスタッフとして、また、社会人学生ネットワーク(SGネットひろしま)の一員として広島市女性教育センターとの主催で「女性のためのキャリアデザイン支援講座(全8回)にかかわらせて頂きました。
 企画・運営の責任者ではありましたが、私の他に男女共同参画推進員のHさん、Yさん、そしてセンターのKさんの4人で全8回を乗り切ることができました。

 講座を開催するに当たって、コンセプトは「楽しい」とし、せっかくコラボレートして活動を共にするのだから、トップダウンではなくボトムアップでいこう、ということにしました。したがって、広報に使うチラシや受講者に振り返りをしてもらうコミュニケーショカードにいたるまで、皆で話し合いながら、講座を実施していきました。

 初めは、8回という回数の多さに不安もありましたが、これら4人のチームワークがよかったことと受講者の8割を占める30代~40代の人たちの意欲と主体的に学習する姿に刺激を受け、
何とか8回を終了することが出来ました。

 それだけでなく、最終回の「自己宣言」では、それぞれの受講者が約5分間、これから自分はどのようにしてキャリアを形成していくか、また、そのためには、どうすればいいかなどを堂々とプレゼンテーションされたことは、本当に嬉しいことでした。その内容も、とても具体的で翌日からでも出来るような努力目標を挙げておられました。

 この講座は「今までの自分を振り返り、新たな自分の人生を考える」ことを主としました。そのために意識を変容していくという目的のため、「書くこと」「グループ内で対話をすること」を重視しました。初めは、その2点とも、受講者にとっては、難しい感じがありましたが、次第に自分自身を見つめる、振り返る作業がいかに重要かということに目覚め、どんどん意欲的に講座に
取り組んでいかれました。人と意見を交わすことによって、新たな価値観をえること、それを自分の価値観と統合して新たな価値観を得ることのすばらしさなど、カードにいっぱい書いてくださいました。

 だから、最後の皆さんのプレゼンテーションを聞いて、「わずか2ヶ月で、人間はこんなにも変るものなのだ。やはり、人間はいつでも自分次第で成長することが出来るのだ」ということを実感させていただきました。私にとっては、大学院で研究した「成人の学習と意識変容に関する研究」の理論を実践した講座でもあり、このチャンスをいただいたことを本当に感謝しています。

 多分、来年度からこの講座の2年目も始まる思います。(3年計画の事業)。今、2年目の企画を考えているところです。
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by eastwaterY | 2005-12-31 17:14  

今年(2005年)を振り返って

 今年は、とてもいいことが二つありました。まず一つ。
かって、2年間居住したニュージーランド(NZ)へ28年ぶりに旧友を訪ねる旅をしたことです。何度も、何人ものNZの友達を訪ねたいと思いながらも、毎年クリスマスカードだけのお付き合いになっていました。もっとも、28年の間には、NZの友人家族が我が家を訪問してくださったこともあります。でも、やはり、生活した地に行って、豊かな自然と、温かな人情にもう一度触れたいと思っていました。
 一人一人の人と感激の対面をしました。強くハグ(辞書によると、「人と人が愛情をもって両腕でしっかりと抱きしめる、抱擁する」と書いてあります)お互いの幸せを確認できました。日本もこのすてきな習慣が根付けばいいのにと、ハグするたびに思います。
 私たちの友人の中には、87歳の女性で、その年齢にかかわらずボランティア活動のスーパーバイザーとして40人のスタッフと共に活動している人もいますし、NZの男性と結婚後離婚し、一人娘を育て上げた日本人の友。そして、私が全日制の英語学校に通学していた時の恩師など。その恩師が「ユミエ、帰国したらぜひ大学へ進学しなさい」と励ましてくれ、結局とうとう大学院まで修了することになったきっかけを与えてくれた人です。
 また、夫の元の職場で共に働いた人などは、あちこちの職場にいっている人を集め、賑やかにパーティーをしてくださいました。改めて、NZの良さ、、NZ人の寛容さ、温かさを感じる旅になりました。

 運が良かったのは、私も夫も退職後、それに同行した私の弟夫婦も同じ。4人で20間、旅行できました。ホテルばかりでは高くつくので、台所+食器、台所用品がしっかりと備えられているモーテル(日本のラブホテルとは大きな違い)で自分たちで気ままに料理をしながらの旅でした。自由なスケジュールで、気のおけない人との旅のよさも、たっぷり味わいました。 この旅は、長年働いてきた企業戦士とそれを支えた妻への、お互いからのプレゼントといえるでしょう。

 しかし、私たち夫婦の旅の一番の目的は、一人でもNZの旧友たちが元気でいるうちに逢いたい、ということでした。私たちが一番愛していたビルトンさんは、私たちとの再会をずっと心待ちにしてくださっていました。私の誕生日にはいつも長い長いレターを下さっていました。
 でも、2年前のクリスマスに彼の悲しい知らせがパートナーから届いたのです。その後も数人の愛する人たちの悲しいニュースも寄せられました。これ以上、訪問を延ばしていたら、きっと後から後悔することになると思ったのです。思い切って再びNZを訪問して良かったと思います。
私たちを初めとして、28年の間にはいろいろあり、年を取っていました。「逢えてよかった!」と
心から思いました。

 もう一つの「良かったこと」は明日にしましょう。
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by eastwaterY | 2005-12-30 17:08  

尊厳死について

 よく「人はどう生きたかが、どう死ぬかに繋がる」とか「人は生きたようにしか死ねない」といわれます。年を重ねるにしたがって、ココロは何時までも20歳前後ですが、さすがに「死」を身近に感じることもあります。

 今夏、日本ホスピスケアの会全国大会が広島で開催されました。いろいろな分科会がありましたが、私は一貫して、2日間「スピリチュアル・ケア」の分科会に参加しました。それ以前から、「尊厳死」のことが、気になっていたので、、人の意見も考えも聞きたいと思い、そうしたのでした。 そこでは、さまざま体験をされた方の話を聞き、いっそう尊厳死の協会に入りたいと思うようになりました。

 日本には「日本尊厳死協会」というのがあります。インターネットで検索すれば、すぐに出てきます。入会のための資料請求をすれば、資料や文書が送られてきます。尊厳死の宣言は、「健やかに生きる権利、安らかに死ぬ権利を自分自身で守るために」ということです。約1週間前、私たち夫婦も文書請求をしました。そして、昨日、夫と二人で自己宣言書に記入・押印して、入会手続きと会費を払いました。

 宣言書(リビング・ウィル)には、例えば、「主治医にあらかじめ宣言書を見せて、不治かつ末期になったときの自分の考えを伝えておくこと」「「徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切しない、ただし、苦痛をやわらげるための医療は最大限する」、「数ヶ月以上、意識が回復せず植物状態に陥って、回復の望みがない時、一切の生命維持装置をやめる」等が書いてあります。

 私が尊厳死を考えることになったきっかけは、私の尊敬する恩師のご母堂がくも膜下出血のため、植物人間になられたことです(恩師は、それ以前にも自宅でずっと介護をしておられました)。ご母堂は病院に入院されていましたが、植物人間状態が4年半続いた後、逝去されました。その間、90歳近いご母堂がいつ、どういう状態になられるかが分からず、親孝行の恩師は常にそのことが気がかりでした。気休めに旅行に出られても日帰り。口では、何もおっしゃいませんでしたが、多くのご苦労があったと思われます。

 翻って、わが身を考えた時、一人っ子の息子は、例えば、私がそのようになったとき、同じような状態になると思います。そうであれば、私自身が元気なうちに、「どうしてもらいたいか」をはっきり宣言することが必要ではないかと思ったのです。夫とも話し合い、同じ考えだったので、夫婦揃って入会することになったのです。

 人にはいろいろな考え方があるので、このようなことを生前考えたり、文書にすることをどうか?と疑問思う人もいるでしょう。しかし、子どもが恩師と同じ状況に置かれたとき、どうだろう?
自分が意識がハッキリしている時に事前に「自分が死をどう受け入れるか」ということを文書に残すことによって、彼自身の人生を生きることが出来るのではないかと思っています。

 10年位前から、日本尊厳死協会に連絡を取り、入会しようと思いつつ今日までに至ってしまいました。気付き、考え、行動するまでに長い年月がかかりました。

 
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by eastwaterY | 2005-12-29 23:41  

来年は戌年ですね

 今年は夫の6回目(72歳)の酉年でした。そして、来年は息子の2回目(24歳)の戌年に当たります。

 今日、私が書きたいのは「戌」ではなく「犬」のことです。私たちは、今までに5匹の犬を家族の一員として迎えてきました。5番目の犬は、昨年の3月10日に昇天しました。そして、それ以後、私たちは、6番目の犬を迎えていません。

 先日、中国新聞にペットについての記事が出ていました。調査によると50%の人がペットを持ちたいと考えているとのこと。そのトップが「癒される」であったり「夫婦のコミュニケーションを深める」など、本当にそうでしょうね。

 幸福いっぱいの顔をしてペットを抱いて熟年の夫婦が歩いておられる光景をよく見ます。
子育て終了後、そういう傾向が出てくるというのは、人間は、本来「愛したい、世話をしたい」という気持ちがあるのだろうと、ちょっと救われる気もします。

 その一方で、老犬や病気になった犬を捨てるということも現実としてはあります。人生の苦渋を経験してきた中高年に、このような気持ちがないことを望んでいます。

 夫も私も年齢を重ねた今、いくら犬が好きで飼いたいと思っても、もう飼わない方がいいだろうと思って、ときどきペット屋さんの可愛い犬を見てほほえましく思うのみで、帰宅しています。

 犬の写真や実際に犬を連れている人を見ると、「犬と一緒に暮らしたい!!」という思いは募ります。でも、なぜ飼わないのか?それは・・・・ペットロスとペットの死まで責任をもって飼えるか、ということにかかっています。
 4匹のペットの死全てを私一人で看取ったことを思うと、これ以上飼えません。(ただ、1匹のみ息子と看取りました)。本当に辛いです。
 
 犬を飼うたびに、失った時の気持ちが辛いから、「それほど、愛さずに育てよう」と思うのですが、やはり飼えば、いとおしくなります。5匹のうち、2匹は、私の望んでいたように私の腕の中でなくなりました。犬は、愛してくれている人の気持ちを汲み取ることが出来るのですね。最後の犬も腕の中ではありませんが、ちゃんと死に際を私に教え、目の前でなくなりました。

 夫72歳、私64歳の今、自分が最後までペットを責任持って世話できるかと考えた時、それも
自信がありません。もし、私たちが先に死ねば、犬好きの息子は引き取ってくれるとは思いますが、配偶者にもよるでしょう。

 そんな、こんなを考えていたら、再び犬を家族の一員として迎え入れることはできないのです。
 
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by eastwaterY | 2005-12-29 00:39  

結婚とは

 私たち夫婦は、今、結婚44年目の日々を過ごしています。ある本に結婚について「20代愛情、30代葛藤、40代怒り、50代あきらめ、60代感謝」と書いてありました。60代半ばとなった私としては、このプロセスがよく分かります。そして、これは、日本人夫婦にあてはまるのであって、他の国の夫婦には当てはまらないのではないかと思います。

 また、「60代感謝」というのが気に入りました。60代になるまで、結婚生活の中でいろいろあったとしても、お互いが努力しつつ結婚生活を作り上げていけば、最後は「感謝」になるということでしょう。

 私は、離婚が悪いと思ってはいません。どうしても上手くいかないときは、それぞれの道を選ぶのも人生です。やり直すことによって、もっと共に生きていきたいと思う人にめぐり合うかもしれないからです。

 また、結婚については、「卒婚」「続婚」というのもあります。「卒婚」は、ある程度、子どもが自立した後、これまでの夫婦の関係から離れて、新たな二人の夫婦関係を創っていこうという意味です。新たな夫婦関係とは、夫と妻もぞれぞれの人生を大切に生きていくということです。相手の「その人らしさ」を大切にするということでしょう。縛りのない人生と言えるかも知れません。

 「続婚」というのは、お互いがコミュニケーションを取り合いながら、ともかく結婚生活を続けて
いくということ。この言葉を作った人は、ある結婚相談センターの所長さんです。離婚後再婚した中高年を調査をしてみたら、7割の人がうまくいっていないということが分かったそうです。そして、その人たちは、「意地を張って離婚を選ばなければよかった」と思っているそうです。

 離婚経験者に聞いても、離婚は結婚の10倍くらいのエネルギーがいるとのこと。これらのことから考えると、何とか二人で作り上げていく日本型の結婚生活もいいのではないかと思うのです。
 「60代感謝」というのは、残り少ない二人の人生を、手を取り合って歩んで生きたいという意味を含んだ「感謝」ではないでしょうか。
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by eastwaterY | 2005-12-28 01:39  

今年の棚卸

「毎日書きます」といいながら、時間がちょっとずれてしまいました。
New23を観ていたら、今年の重大ニュースを取り上げていました。その羅列された項目を見ると、いかに世の中が物騒になってきたかが、よく分かります。

 私が感じるに、ここ1年間で日本は急速に安全が脅かされる社会になってきたということです。例えば、福知山の事故や昨日の山形県の事故など、「基本の基」が忘れられているということ。勿論、姉歯に始まるマンションやホテル建設にかかわる構造計算等の問題。これは、基本的なものだけでなく「金さえ儲かればよい」から発進しており、全く道徳心がなくなっており、「自分の良心に恥じる」ということさえなくなっています。

 それがもっと凶悪になってしまったのが、広島や栃木の小学校1年生事件や京都の学習塾講師の事件。これはもう、完全に「自分が人間であることを」忘れてしまっています。心の病もあるかもしれませんが、そんな簡単な事ではないと思います。栃木はまだ犯人が捕まっていないので、何ともいえませんが、他の2件に関しては、格差社会の中で格差社会の中で負けたものと、
ひたすら上を求めてつっぱしてきたために、人間らしさが失われたと思わざるを得ません。

 人と人の間で生きていくうちに、人間らしさが形作られてくると思うのですが、もうそのプロセスが正常に働いていないのですね。それは、環境、人間、時代の流れもあるでしょうが、もう一度「何が大事か」を考えるときに来ています。そう思いませんか?

 
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by eastwaterY | 2005-12-27 00:17  

中国新聞「現論」を読んで考えたこと

今日の中国新聞の朝刊「現論」に新進の研究者である東洋大学助教授白石真澄さんの評論が掲載されていました。「小さな政府への覚悟」というタイトルです。その中で奥田碩・日本経団連会長が記者会見で「日本全体が金目当ての国になりつつある」といわれた言葉を取り上げて、論を展開しておられました。

 これは、まさに私が日頃から不安感を持ち、あちこちで人と話していたことです。白石さんは、PTA活動を通じて地域とかかわってきて、「家庭がやたらと忙しい」、要するに夫婦とも「社会の生産活動に」携わる時間がすさまじく増えていることに対して危惧しておられます。

 そうなってくると、地域の連帯感が薄れるだけでなく、もっと重要なことは「効率」や「競争」を強く意識するようになるということ、教育の中に「効率」が入ってくると、どうなるのでしょう。人間は時には、人生の回り道をしてみたり、躓いてみたり、そういう中で人の温かさや自分のいけないところを振り返ってみたり・・・・・ということがあって、ジグザグしながら自分の進む方向を見つけていくのではないでしょうか?

 しかし、企業の論理からいうと、一直線に進み、効率よい人生を歩んできた者がエリートであり、有能となります。世間もそのように見ます。もっと人生のプロセスで選択肢があってもいいのでは?

 例えば、スエーデンでは高校を卒業後、就職をし、実社会を体験した後に本当の自分の進む道を見つけて大学へ入学する人が多いそうです。だから、先日、TVを見ていたら、大学の同級生であっても、年齢の幅は様々でした。(ちょっと話がそれたかな?)

 白石さんは、「小さな政府を作るにしても、現在のような単なる競争社会ではなく、もっと包容力があって、懐の深い国をどう仕立てるか」と書いておられます。
 そして、一番最後に「小泉さんの主張や信念を闇雲に信じるのではなくその中身を真剣に議論する時がきている」と、この主張の中で一番大事なことを書いておられるように思います。

 今、日本全体に議論したり話し合ったりする風潮がなくなりつつあります。今秋、私がかかわった「キャリア形成」の事業でも、感想に「このようなまじめな話は日頃の生活の中では出来ないが、ここでは同じような目標と価値観をもった人と毎回話し合うことが出来て有意義だった」と書いた受講生がおられました。「まじめ」な話題が馬鹿にされる、無視される、という傾向があるのです。

 これは「どう生きるか」という哲学を日本全体がもたなくなったからではないでしょうか?大学教育の中でも教養教育は、どんどん削られています。でも、本当は「何を目指して、どう生きるか」ということは、人生において一番重要なことです。「お金を儲けて裕福な暮らしをする」というのが、目的では、あまりに貧しい発想だと思いますが、現実はそのような人たちが増えております。いろいろな場面で、いろいろなことで、もっとまじめに、あらゆる世代で「議論」することが必要だと思います(学校教育の中に小学校からディベートの時間を設けてもらいたい)。
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by eastwaterY | 2005-12-25 18:12  

先生のこと、教育のこと

 今日は、私が「教育」について考えるきっかけを作ってくださった人から電話をいただきました。
それは、私の小学校3年生の時の担任の先生です。先生が、小学校教師になって初めて受け持ったのが、私たちのクラスだったので、先生にも思い出深いクラスであるようです。

 先生は、4年生の1学期の時に病気になられ、長期療養をされたので、1学期の途中から別の先生の担任になりました。私を初めとして、クラスメートは、前の先生が懐かしく、自宅療養になられてからは、数人で今の広島市の十日市町から、牛田町の先生の自宅までよく行ったものです。

 私と友達はとにかく、その先生に会いたいばっかりに遠い道を歩いていっていました。勿論、帰る時のバス賃等なしでいき、夕方まで先生と一緒にいるのですから、帰りのバス賃金はいつも先生が人数分はらって下さっていました。

 今、鮮明に頭に浮かぶのは、お宮の下のバス停まで先生が送って下さって、そこから手を振って自宅に帰るときの風景です。そういうことを、何回繰り返したことでしょう。大好きな、大好きな先生でした。私だけでなく、みんなそうでした。

 だから、未だに60代半ばになっても、十数人で毎年クラス会をするのです。幸い、先生もお元気で喜んで来てくださいます。2年前、とても嬉しいことがありました。先生が、私の講演会に来てくださったのです。「自分の教え子の姿をどうしても見たい」とずっと思っておられたのだそうです。とても感激しました。私は、小、中、高校時代と、必ず私を励まし、見守ってくださる先生に出会っています。これらのことが、今「教育」について考えるきっかけになっています。

 今日も、先生と電話で日本の教育の現状をいろいろ話しました。先生が、「こうして、教育ことをいろいろ話せる人は、あまりいないの。でも、今日は、あなたといろいろ話せてよかった」といってくださいました。私が小学校3年生のときと比べると、日本は大きく変わりました。私が小学校3年生の頃の日本の教育は、歴史的に言えば、終戦後の混乱期であり「這いずり回る教育時代」というのだそうです。

 でも、現在より教師と子どもの距離は近く、親は教師を信頼していました。そして、親は、食べていくことに精一杯の時ではありましたが、ちゃんと家族の団欒がありました。親と子どもがよく話すことが出来ました。

 こうしてみると、貧しい食卓ながら、心はいっぱい満たされた時だったのだと気づきました。
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by eastwaterY | 2005-12-24 21:16  

誕生日

 今日は12月23日。天皇誕生日ですね。相変わらず雪が降っています。
 実は、今日は我が家ではちょっとしたイベントがあります。長男はイブに23歳のバースディを迎えるのですが、彼の都合で23日の今日、誕生日のお祝いをするのです。

 彼は夫が49歳、私が41歳の時、結婚20年目にして授かった子どもです。長年不妊治療をしても、どうにもならず、あきらめかけた時に誕生したのです。

 そのとき、夫はブルガリアの首都ソフィアへ出張していました。私は、一人でタクシーを呼び、一人で出産しました。本当は、息子は2月中旬に生まれる予定でした。それが、12月24日になるとは、夫も思わず海外出張へ行っていたのです。

 早産のため体重は1850グラム。でも主治医は「今日生まれた7人の中で一番元気なお子さんです。心配いりません」といってくださいました。ありがたい言葉です。そのおかげで、私は何の不安感も抱かず、(私が超楽天的なためか?)すくすくと育ち、いまや身長174センチのの大男になりました。

 息子は2週間保育に入っていたので、私が一足先に退院しました。その後は、母乳を20ccの冷凍保存袋に入れて、毎朝病院へ届けるのが夫の役割となりました。これはとても大事な事なのです。届けるたびに夫は息子に声をかけ、スキンシップをします。こうして、だんだん生物学的父親から人間の親になるのです。そして・・・20cc母乳が入った冷凍袋はいまだに一つだけ我が家の冷凍庫に保存してあります。毎年、息子のバースディにはこれを出して3人で「これを飲んだのよねー」と見ています。息子はちょっと恥ずかしそうです。

 今日、イチゴとキウィーで飾ったバースディケーキを作りました。ろうそくが23本。今までは、
ろうそくが増えることに対して、「大きくなったな」と思うくらいだったのですが、今日はなんだか感激しました。「この子がいなければ、こんな素敵な思いはできなかったのだ」と思ったのです。母親として子どもを育ててきたと思っていたけれど、本当は子どもに育てられていたのだと思ったのです。

 もう少ししたら息子が帰宅するでしょう。照れ屋の私は息子に「生まれてきてくれてありがとう!」といいたいのですが、いえるでしょうか?ここはちょっと気張って、言わなくっちゃっ!!
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by eastwaterY | 2005-12-23 18:59  

大寒波襲来

 ついに、大寒波が襲来。雪は音もなく降るといいますが本当にそうですね。おまけに、いろいろな物音や人の声をかき消していくのでしょうか?淋しいくらい静かです。
 ある人が、「雪なんか降らなければいいのに・・・・」といいました。そうでしょうか?その人の側から観れば、全くそうです。でも、降らなければ困る人もいるのです。
 例えば、過疎地の人たち。冬にはスキー場などで働き、兼業農家として、少しでも収入が入る人もいます。
 かって、暖冬の時には、その人たちの冬の収入が少なく大変だったと聞いたことがあります。また、こういうことを聞いた事もあります。冬の寒さや雪にあたった野菜は一段と甘味が増すということもあります。一方で、愛媛のみかんが雪のために黒くなって出荷できない状況になったいうこともあります。また、ロングコートや暖房器具の売れ行きがいいということもあります。
 ことほど左様に、一つ「雪が降る」をとってみても、様々な方向からみるということが大事なのですね。
 このところ、雪が多いですが、毎朝、朝刊がきちんと配達されます。本当にありがたいことです。わたしは、暖房のきいた暖かい部屋の中で、この新聞が読めることのありがたさを感じます。毎朝、配達して下さった人の足跡をみながら、「どうぞ、お大事に。ありがとう」と思っています。
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by eastwaterY | 2005-12-22 18:00