川瀬啓子さんを祝う会(8月21日)

昨日は、お盆休み明けの会議の後、次の仕事の打ち合わせを済ませて、「男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰」を受賞された川瀬啓子さんの祝賀会に行ってきました。川瀬さんは、30年以上にわたって広島の女子大学の教員として(現在は教授)多くの学生の指導にあたりつつ、就職に苦労し、家庭と仕事の両立に悩む教え子たちの実情を見てこられました。
 
 1995年には広島市女性指導者海外派遣団団長として、北京での第4回国連世界女性会議のNGOフォーラムに参加され、平和都市広島の市民として市の平和宣言や原爆被害の実態など訴えてこられました。その一方で乳がんの早期発見、治療を呼びかける「ピンクリボンキャンペーン」にも力を入れ、広島での実行委員長を務めておられます。

 その他、広島市の男女共同参画条例を作成するときの委員長などを務め「女性が意欲的に、生きやすい社会になる」ことを目指して様々な活動をエネルギッシュに進めてこられました。
その集大成の活動が昨年10月2日間にわたって、広島市で開催された「日本女性会議2007ひろしま」で共同実行委員長であり、市民主導で大会を成功に導かれました。

広島は長年わたって赤字財政なので、他の県や市のように、この全国大会に多額の金額を出費することもできず、日本女性会議の全国大会においては、日本初の市民主導の女性会議となりました。「市民主導」の一番の課題は、大会の運営資金を集めることでした。特に私が属した分科会では、自分たちが実施する分科会の費用は、自ら調達するということになりました。16分科会のうち私は第7分科会「キャリア教育」の責任者として他のスタッフ3人で、一人一口1,000円の協賛金を各地の人々にお願いし、約25万円を集めました。

このような方式で、資金調達をしなければいけないということは厳しいことです。このことを分科会の委員一同が集まった時に、川瀬啓子さんは、財政難の状況を話し、この大会を成功させるためには、一人ひとりがその気になって資金を調達することを考えてほしい、と厳しい表情で話されました。そのためには、資金を集めるだけでなく、全国から来ていただく講師の先生方にはボランティアに近い講師料で全国大会に参加していただかなければ・・・ということもあり、実行委員一同は、途方にくれてしまったことでした。その会議では、かなりのクレームや不満が川瀬さんにぶっつけられました。その時の川瀬さんは、平素穏やかな表情からは考えられないほどの厳しいものでした。

当日、会議の帰途、たまたま私と同じ方向に帰ることになった道すがら、川瀬さんは私に「Eさん、みんなにとって私は鬼のように思われたでしょうね」と憔悴した表情で話されました。「先生、今はそうかもしれませんが、先生の一生懸命さは、そのうち伝わりますよ」と川瀬さんに伝えたことが昨日のような気がします。実行委員は、会議の度にどれだけ協賛金を集めたかを報告しつつ、やがて一丸となって、ついに資金調達は予想以上にうまくいき、大会も全国から7,000人以上の参加者が来場し、盛大に開催されました。

川瀬さんは、富山県出身で東京で学生生活を送った後、結婚を機に広島へ来られ、大学の教員となられました。一人の女性としても子どもを3人を産み育てられました。さすが、川瀬さんのパートナーです。「女性が自立的であることは自然」という考え方の男性で、とても気持ち良い関係長年築かれてきたそうです。

昨夜は、川瀬さんを尊敬し、ともに活動している人たちなど200人を超える人たちが、内閣総理大臣表彰の祝賀会に駆けつけました。常に責任ある役割を担い、見事にひとつずつを確実にこなしてこられた川瀬さんですが、決して高ぶることもなく、常に優しい笑顔で物事を成し遂げてこられました。それだけに、分科会で厳しい表情で実行委員に話された時の川瀬さんの覚悟がどれだけのものであったかを、昨日思い返していました。

川瀬さんは、「この受賞は私一人のものではなく、広島で基礎を築き、共に活動してきた人たちに与えれたものだ」と挨拶されました。66歳の川瀬さんは、これからも臨床心理の仕事として「女性たちが人間としての尊厳を守られ、当り前の生き方ができること、子どもの貧困をもたらす発達の不平等」に対して、活動をし続けることを素敵なカードに書いて参加者一人ひとりにプレゼントしてくださいました。同年齢の私としては、これからも川瀬さんの活動を少しでもお手伝いできたらと思っています。 
川瀬さん、「男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣症受賞」、本当におめでとうございます!
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by eastwaterY | 2008-08-21 23:31  

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