映画「太平洋の軌跡~フォックスと呼ばれた男」

1週間前に、今話題になっている映画「太平洋の軌跡~フォックスと呼ばれた男」を夫とともに観てきました。私は終戦の時に3歳ですから、第二次世界大戦のことは、疎開した以外はほとんど知らないのですが、夫は中学1年の時に終戦を迎えています。そういう年齢ですから、当時、夫は中学校を卒業後は「お国のために兵隊になる」と心に誓っていたといいます。終戦の時の昭和天皇の終戦を報じる放送には相当のショックを受けたそうです。そういうことから、この映画は絶対に見逃せないと思っていました。

あらすじとしては・・・・・

1944年、サイパン島を統治していた日本軍でしたが、戦況の悪化により、守備隊の幹部たちは特攻命令を出すだけだして自決してしまいました。そのために、民間人も次々と自決をしてしまうという悲惨さ。しかし、生き残った大場隊(47名)は、隊の皆とサイパンの森のや林の中に逃げながら、孤独な戦いを続けていました。隊の中には自決を考える人たちもいましたが、大場大尉は「最後まで生きることを考えるのだ、生きて日本に帰ろう!」と何度も全員に語りかけていました。時には、アメリカ兵と戦わないために知恵を出して森の中に罠を張るなどして逃げているうちに、生き残りの民間人の団体数十人と出会い、彼らをも守りながら戦う事になりました。民間人の中には、攻撃的な性格の一団もありました。彼らは「米軍と戦い、日本が勝利するのだ」という思いで、すぐに銃を打つなど、大場大尉の思いをなかなか理解できない人たちでした。

その一方で、アメリカ軍は、絶望的な状況でも投降しない日本軍にいら立ちを覚え、殲滅を試みますが、先述のような大場大尉の巧みな戦略に翻弄されることになりました。そうはいっても、日本側は、日に日に食料や弾丸もなくなり、生きていくのも難しい状況になった頃でした。
「日本は降伏したので投降するように」というビラがヘリコプターによって避難していた洞窟の辺りにばらまかれました。このビラを信じるか、信じないか、「このビラをどう判断するか」大尉としては大きな決断を迫られます。いろいろな意見が出る中、大尉は、まず「全員が生きて日本に帰る」という思いを変えることなく、ビラを信じアメリカが投降した日本人を収容している収容所に行き、アメリカ軍のサイパンを支配しているトップの考えを伝える収容所長と話し合いました。

結果的には投降し大尉の軍だけでなく民間人も含めて自決した軍人一人を除いて無事日本に帰ることができました。ここまでに至るプロセスは涙なしでは見られない事が多くありました。アメリカ人が大場大尉を「フォックス」としたののは「狐のように賢い」という意味で、大尉に敬意を表してそう呼んでいたということでした。

大場大尉は最後まで日本人のプライドを捨てることなく、アメリカに対しても礼を尽くし、人々の命を守り抜きました。その陰には「人の命がいかに大事か、これを守り抜く」とする一貫した彼の哲学と人類愛があったのです。

この物語は、原作は、ドン・ジョーンズ著タッポーチョ 『敵ながら天晴』 大場隊の勇戦512日(81年刊行、現在は絶版)。著者がアメリカ人だということには、驚きました。この方が、この本を出さなければ、大場大尉の勇気ある行動は、日本では知られなかったであろうと思いました。そういう意味でも、原作者のドン・ジョーンズ氏に感謝の念をもつと共に彼自身も大場大尉に対して尊敬の念をもっていたことが伺われます。

この映画は、決して悲劇的な話ではないし、「お涙頂戴」な演出もなく、お国のために死ぬことに対する美談としてもいません。この映画で私が感じたことは、どんな団体(政治、企業、活動)においても、いかにトップの人格と判断が重要かということです。

さらに、「戦争について」、「日本の歴史教育について」は戦後の学校教育の中では近代史が詳しく教えられていません。 そういう意味からも世代を問わず、一人でも多くの日本人にこの映画を見て欲しいし、見るべきだと思っています。そこから「戦争することの愚かさ」と「いかに平和であることが大切か」、そして「第二次大戦で戦死したり戦った人たち、ヒロシマ・ナガサキで被爆死した人たちの犠牲の上にある自分の命」を考えてほしいと思いました。
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by eastwatery | 2011-02-23 22:16  

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